社会環境が激変する中、多くの企業はその行動規範の在り方が大きく問われている。
一時の判断の誤りが大きな損失を招きかねない一方で、商品やサービスを通じて企業のビジョンやブランドパーパスをうまく届ければ、消費者を共感・熱狂の渦に巻き込み、高いロイヤリティを獲得できるチャンスもある。
企業やブランドが自分たちの価値観やスタンスなどを主張する「ブランド・アクティビズム(戦うブランディング)」は、その一例だ。
社会的な議論に発展したナイキのブランディング広告
「ブランド・アクティビズム」の最も有名な事例としては、アメリカのスポーツ大手「NIKE(ナイキ)」による「JUST DO IT」30周年キャンペーン広告が挙げられる。
国歌斉唱中に人種差別の抗議を行ったことでNFLを事実上追放されているアメフト選手コリン・キャパニックを起用した広告で、「何かを信じろ。たとえ、それで全てが犠牲になるとしても(Believe in something, even if it means sacrificing everything)」という強力なメッセージを発信した。
保守派を中心に「ナイキ」の商品を燃やすなど過激な行動に出る人もいたが、やがてナイキを支持したミレニアル世代を中心に「買い」が優勢となり、ナイキ史上最高値の株価を記録。この広告は、マーケティング誌「アドバタイジング エイジ」の最優秀マーケティング賞にも選出された。
ブランドアクティビズムには死角も…。「声をあげる」資格はあるか?
一方で、ナイキのように「攻め」の姿勢で人権問題にアプローチするならば留意しなければいけないのが、「真正性の担保」である。
言うまでもなく、人権アクティビズムの中で企業が発信する価値観やパーパスは、短期間で変わるようなものではない。長期的なコミットメントでなければならず、企業にとっては極めて慎重で堅い意思決定が求められることになる
概して「言うは易し、行うは難し」の人権問題において、メッセージを発した企業は、「発信だけではなく、行動で示し、インパクトを生み出しているのか」「矛盾した行動はないか」など、敏感な消費者によって吟味されることになる。
もしも、何かしらの「矛盾」が発見されれば、「SDGsウォッシュ」と受け止められ、一瞬でSNSで拡散し、自滅的な状況に陥ることになる。
#BlackLivesMatter でも、こうした事態が頻発した。
「ウォッシュ」という点で言えば、企業だけでなく個人にも関係してくるのが、インスタグラムにおける「ブラックスクエア(真っ黒な四角)」問題だ。
数多くの企業、ブランド、個人が「#BlackLivesMatter」というハッシュタグと共に真っ黒の画像を投稿することでBLMへの賛同を表明したが、「本当に大切な抗議の声が真っ黒に塗りつぶされた画像の羅列によって見えなくなってしまった」「黒い画像を投稿する以外に何か行動したのか」など、意義を疑問視する声も上がった。 中には製品のボイコットに繋がったケースも存在する。
「戦わない」ブランドは選ばれなくなる
さらに、近年は、「戦わない」ブランド、つまり中立や無関心という態度を決め込むブランドが批判されるという現象も起きている。
背景には、「戦わない」ということは問題がある現状を追認しているのに等しい、という考え方がある。
例えば、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の前会長が女性軽視発言で波紋を呼んだ際に、スポンサー企業のコメントは早い段階でSNSやメディアを通じて可視化された。
他にも、海外で問題となっている人権侵害でも、直接の加担行為がない場合でも「問題をどう捉えるか」について企業の姿勢やメッセージが問われるようになってきている。
従来のブランディングは、消費者のイメージをコントロールする、もしくは可視化された既存の価値観の実現性を高めていくことに主眼を置いてきた。今後は、既存の価値観を根本から問い直し、新しい気づきを与えることで、消費者の潜在的なアスピレーション(願望)を掘り起こし、共鳴を生み出すことが求められるのではないか。
【文・加藤彰、田中遥 編集・中村かさね】
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2022年、ビジネスの新潮流となりつつある「Social Justice(ソーシャル・ジャスティス)」。
資本主義が一つの転換点に立つ中で、存在感を増してきた「Social Justice」について、デロイト トーマツ グループ モニター デロイトの執筆陣による全5回の連載で紐解きました。
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第5回 “戦わない”ブランドは選ばれなくなる。「ソーシャル・ジャスティス」のその先へ……