国際社会から「現代の奴隷制」と揶揄される日本の技能実習制度。過酷な労働環境や低賃金などを理由に失踪する実習生があとを絶たない。
そんな実習生たちが目指す場所があるという。
都内から電車を乗り継いで約3時間。2月の曇り空の下、1年前から無人駅となったJR八高線・児玉駅に降り立つと、同じ電車に乗っていた外国人らしき女性と一緒になった。手には仏花のような包み。ひょっとして目的地は同じだろうか。
埼玉県・本庄市の山あいにあるベトナム寺院・大恩寺は、ベトナム人技能実習生たちの「駆け込み寺」として知られている。
駅から4キロ西にある寺までのバスはない。ここにたどり着くまでに所持金を使い果してしまう実習生も少なくないという。一体、どんな思いでこの道のりを歩くのだろう。タクシーに揺られながら、思いをめぐらせた。
寺で私たちを迎えてくれたのは、住職のティック・タム・チーさん。行き場をなくしたベトナム人実習生や留学生を一時的に保護し、帰国やビザ申請、仕事探しなどの支援をしてきた。新型コロナ禍では、倒産や業績の悪化を理由に企業から雇い止めされた実習生なども受け入れている。2020年4月以降、1000人以上が身を寄せてきた。現在は15人ほどが生活しているという。
この日はベトナムの旧暦で「縁日」にあたる。寺にはやはり、駅で一緒だった女性がいた。チーさんとは、すっかり打ち解けた様子で笑い合っていた。県内の食品加工会社で働いているという彼女もベトナムから来日した技能実習生で、夫と離婚し、ベトナムに2人の娘を残してきたという。
筆者がメディアの人間だと知ると、はにかみながらも、来日するために120万円の借金をしていたこと、毎月の給料の手取り10万円から7、8万円ほどを返済に充てながら1年で返し終えたこと、今は同じ額を家族に仕送りしていることーーなどを話してくれた。職場に大きな不満はないが、困りごとがあったり、嫌な気持ちになったりした時には大恩寺に来るという。
この女性のように、大半のベトナム人実習生が、母国の「送り出し機関」に手数料などを支払うため高額な借金を背負って、日本にやってくる。家族への仕送りのプレッシャーも大きい。そのため、運悪く理不尽な職場にあたってしまっても、強制帰国を言い渡されることを恐れて、声をあげず我慢してしまう人も多いという。
そこに追い討ちをかけるのが、食住隣接という閉ざされた環境、そして言葉や文化の壁だ。
「便利な社会の裏側に犠牲があるのを知ってほしい」
「バカヤロウ」
建設関係の実習先企業から解雇されて寺で一時的に暮らすベトナム人の男性は、仕事で日本人の同僚から投げつけられた暴言が忘れられない。日本語が分からず仕事でミスをすると、こう怒鳴られた。
仕事は朝6時半から夜7時まで。移動時間が多く、残業代はつかない。一日の大半を同僚と過ごすが、ほとんどコミュニケーションを取ることはなかったという。唯一の心の支えは、毎晩電話で話すベトナムの家族だ。
孤立し、ストレスや過労で追い詰められていく…。寺ではそんな実習生を多く保護してきた。
そして、悲しいことに、日本で命を落としてしまう人もいる。寺ではこの2年間で、実習生や留学生など約200人の葬儀を行ってきた。
亡くなった方の情報をまとめた書類を見せてもらった。心筋梗塞、心不全、突然死…と死因が並ぶ。パスポートのコピーにふと目をやると、まだあどけない若者の顔があった。
「(実習先では)重たい仕事や危険な仕事、日本人が嫌な仕事をさせるけれども、病気になった場合、誰も補償しない。便利な社会の裏側に犠牲があるのを知ってほしい」
自殺者もこの2年で8人。「ベトナムでは自殺は少ないのに、なぜ日本で…」チーさんは声を落とす。
「私の気持ちにも時々矛盾があります。私は日本に20年以上いて、本当に日本のことが大好きです。でも、技能実習生から、職場で日本人からいじめや暴力・暴言を受けた、低賃金で働かされたなどと聞いて、びっくりしました。日本は文明を高めている国なのに、人権を尊重する国なのに、なぜそういうことが起きるのか」
「技能実習生たちが安全、安心、楽しく幸せに働いてくれることを私は願っています」
「日本のことを嫌いにならないで」手を差し伸べる日本人
一方で、苦境に陥ったベトナム実習生たちに手を差し伸べてきたのも、また日本人だ。
大恩寺では、実習生らを保護するだけではなく、生活に困窮する全国の実習生や留学生らに米などの食料を直接送ったり、日本語学校を通じて配ったりしてきた。その数は2020年4月以降、6万人にも及ぶ。
これを支えたのが、日本の企業や市民団体、個人などの寄付やボランティア活動などだ。
取材中、群馬県東吾妻市で農家を営む男性が、中トラックの荷台にさつまいもを山ほど積んでやってきた。無償で寄付するという。昨年の冬には白菜を持ってきた。
「自分のできることだからしようかなと、そのくらいの気持ちです。負担ではない」
聞けば、男性の農家でもベトナム男性が働いているという。無理をしていないかとこちらが心配になるほど真面目な青年だといい、わずかな生活費を切り崩して母国の料理を豪勢に振る舞ってくれることもあるらしい。
「地方ではどんどん人口が減っていて、外から人も集まらない。外国の方に頼るしかない」。男性はそう話す。
この日はまた、山形に住む男性から米5キロが届いた。同封されていた手紙には《ベトナムから遠く離れた日本に夢を抱いて来ていただいたのに、技能実習生のTV報道を見るたび 心を痛めておりました(中略)どうか日本を嫌いにならないで!》と綴られていた。
チーさんがベトナム語に訳して読み上げると、その場にいた実習生らはじっと耳を傾けていた。
「温かいご支援を困っている方に届ける。それが私の役割です。彼らは食糧を受け取って、自分の周りに温かい人がいるんだなと感じられるでしょう。それだけで、嫌な気持ちが緩んで幸せになると思います」
そして、地域で困っている外国人に目を向けてほしいと呼びかける。
「今、日本社会には外国人労働者が沢山います。地域のみなさんの連携があれば、すごくありがたいですね。日本の政府、国民のみなさんから手を差し伸べてほしいです。お互いに助け合うことをお願いしたいと思います」
帰り際、チーさんは凍える寒さのなか、私たちのタクシーが見えなくなるまで手を振り続けてくれた。電話やメッセージ、来客で息つく暇もないが、目の前の一人一人に丁寧に向き合う。これまで、どれほどの人が彼女に救われてきたのだろう。
そう思うと同時に、こうした草の根の善意の上に成り立つ技能実習制度の欠陥を感じざるを得ない。
「(実習生を)モノみたいにではなく人として扱ってほしい」
チーさんの言葉が耳に残り続ける。
取材:吉田遥、中村かさね、前田柊
記事:吉田遥
動画:前田柊、中村かさね
2月のハフライブでは、外国人技能実習生を入り口に、「日本で働く『外国人』と2030年の日本社会」について考えました。
私たちが今日食べた野菜や魚も、着ている洋服も、住んでいる家やオフィスの建築もーー。実は私たちの暮らしや仕事に、深く関わっている技能実習生。
日本の少子高齢化に伴う深刻な人手不足を背景に、技能実習生が欠かせない存在になっている産業もある一方、暴行や妊娠・出産の制限、賃金の未払いなどさまざまな問題が指摘され続けています。
人権の保障も、国や人種間の平等も、経済成長も、同時に目指すのがSDGs。ビジネスが、個人が、そして何より政治がやるべきことは何か。人権とビジネスのジレンマを可視化しながら、日本の未来について話し合いました。
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