「日雇い派遣」で食い繋ぐ34歳男性の壮絶半生

年収は100万円に届かないのに「配慮」ばかり

この1年、日雇派遣などで食いつないでいるというユウスケさん(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回取り上げるのは、「ブラック企業を渡り歩いてきた」「壮絶な人生で本が1冊できるのではないか」と編集部にメールをくれた34歳の男性だ。

「明日2/27(火)男性限定! 引越作業 神保町 9時~18時」「宅配便の仕分け作業 22時~30時・8160円 24時~33時・9000円」「本日欠員のため今からお仕事できる方を探してます ピッキング作業 到着~18:00まで 最低6000円保障 皆様のご応募お待ちしております!!」

この1年、日雇派遣などで食いつないでいるというユウスケさん(34歳、仮名)が、スマートフォンのアプリを開いて見せてくれた。宅配便ドライバーの助手、倉庫内での仕分け作業、居酒屋――。そこには、1日限定のさまざまな求人情報が掲載されていた。

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本記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

日雇派遣は原則禁止されているはずだが...

あり得ない――。現在、日雇派遣は原則、禁止されているはずだ。リーマンショックが起きた際、不安定な日々雇用が社会問題となったことから、2012年に労働者派遣法が改正され、派遣会社との契約が31日以上、年収500万円以上などの諸条件をクリアするか、ソフトウエア開発といった専門性の高い業務でなければ、日雇派遣は認められなくなった。

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私がそう告げると、ユウスケさんは「ええー! そうなんですか。じゃあ、この仕事、全部、違法なんですか」と驚きの表情を見せた。

ユウスケさんの話では、日雇派遣にありつくまでの流れはこうだ。まず求人情報が掲載されているインターネットから応募する。いったん仕事をした後、募集企業である派遣会社に出向き名前などを登録して、専用アプリを利用するためのコードなどを入手。あとは、そのアプリに連日情報が送られてくるので「いつでも、どこからでも」応募できるようになる。

ざっと見ただけでも、男女雇用機会均等法で禁止されている性別を限定した募集はあるわ、都内の深夜労働なのに時給が最低賃金とほぼ同額だわで、脱法・劣悪の見本のような求人ばかり。「18:00までに来てくれたら6000円」という募集などまるでオンコールワーカーである。業種にしても、専門性が高いとは到底言えず、禁止された日雇派遣そのものだ。

一方でよく見ると雇用形態は「アルバイト」となっており、「派遣」とは書かれていない。しかし、募集企業の欄に記載されているのは、派遣会社である。派遣法改正をめぐっては、日雇労働で生計を立てている人がいるとの理由で禁止に反対する声も少なくなかったが、いずれにしても不安定雇用をなくそうという当初の目的は見る影もなく骨抜きにされているということだ。

長期派遣が決まったこともあるが...

ユウスケさんによると、ある派遣会社を通して営業職での長期派遣が決まったこともあったが、派遣先会社に携帯電話代を負担してほしいと求めたところ、ろくに出社もしないうちに雇い止めになった。その後、派遣会社の登録も取り消しを余儀なくされたという。

「同じ営業の正社員には携帯電話が支給されていたので、僕も電話料金を負担してくれるよう交渉したんです。すると自宅待機を命じられ、結局クビ。たくさん仕事を紹介してくれていた派遣会社だったのに、それ以降は電話で問い合わせても"仕事はないっすね""今忙しいんで"と切られるようになってしまいました。ああ、ブラックリストに載ったんだなって......」

路上の落ち葉清掃の仕事では、現場を仕切っていた社員からユウスケさんら派遣労働者は事務所内のトイレではなく、近隣の公園の公衆トイレを使うよう命じられた。仕事中、暖を取るために設置されたストーブを囲む輪にも派遣労働者は近づくことを禁じられた。派遣労働を「多様な働き方」などと言う人もいるが、これではただの「身分差別」である。

この間、同じ仕事でもインターネットに掲載される給与のほうが、アプリに通知される給与より高いことにも気が付いたという。「たとえば、ネットだと日給1万円なのに、アプリでは7000円といった具合です」。事実なら、同一労働同一賃金の原則にも反するが、ユウスケさんが派遣会社に確認したところ、期日、内容ともに同じ仕事だと認めた。「(インターネットという)オープンサイトのほうには高い給与を提示し、できるだけたくさんの人を釣って派遣会社に登録させることが目的なんじゃないか」と推測する。

派遣労働の理不尽ばかりを経験したこの1年。年収は100万円に届かないという。

生まれも育ちも東京。物心ついたころから父親はおらず、母親は多くを語らなかったが、いわゆる非婚シングルマザーだったのではないか、という。中学生のころ、母親の再婚相手から心身ともに虐待を受けた。「飼っていたネコには刺身をあげるのに、僕にはビスケットしかくれなかったことを、よく覚えています」。

ユウスケさんは「(母親への)わだかまりは、もうないです。(継父とは)とっくに離婚してますし」と振り返るが、彼の肘には、この継父からダンベルを投げつけられて骨折したときにできた傷痕が今も残っている。

 大学は家計に余裕がない中で私大に進んだ。このため学校を1年間休学。アルバイトなどを掛け持ちしておよそ400万円を貯め、奨学金に頼らずに卒業した。

就職は、知人の紹介でイベント企画会社に入社。しかし、残業代も割増手当も付かない職場だったため、半年ほどで退職した。その後、別の会社でネットカフェ店長として複数店舗の切り盛りを任されたものの、あまりの忙しさで帰宅できたのは1カ月のうち数日だけ。自身もネットカフェに寝泊まりをしながら、アルバイトやパソコンの管理に追われた。

30歳で転職したが、ここでも一方的に業務を増やされて始発で出勤して終電で帰る日々が続く。その後に移った専門商社でも1カ月の残業時間が150時間に上ったことから、早々に辞めた。今から1年ほど前のことである。

これらの会社での雇用形態はすべて正社員だった。異常な長時間労働にもかかわらず、賃金は手取りで毎月20万円から、多くても二十数万円。「残業代は基本給に含まれていると説明されました。とにかくボーナスというものを一度ももらったことがないんです」。

「壮絶な人生で本が1冊できる」

ユウスケさんには、喫茶店で話を聞いた。不当な働かされ方にさぞ怒っているのだろうと思ったら、意外にも彼はネットカフェを訪れたさまざまな客についての話を始めた。

ブース内でアルコールランプを使って薬物をあぶっている男や、薬物の影響で下着姿で店内をうろつく女。中高年のサラリーマンと女子高生が利用した後に避妊具が放置されていたことや、寝泊まりしていた派遣労働者の「お得意さん」がいつの間にかブース内で冷たくなっていたこと。店舗によってはホームレスが多く、シャワー室の利用後は大小便が詰まるなどして掃除が大変だったことや、風営法に触れかねない実態を見逃してもらうため月1回、警察署にビール券を付け届けていたことを話してくれた。

ユウスケさんが働いていた2000年代なかば、会員制、本人確認義務などの規制が導入される前のネットカフェはたしかに社会問題の縮図のような場所だった。彼の体験談はユニークだったが、自分が売り上げを伸ばしたことや、「壮絶な人生で本が1冊できる」と話す様子はどこか武勇伝を語っているようにも見え、違和感を覚えた。だから、私は最後にこう尋ねた。

「こんな働かされ方はおかしいとは思わなかったのですか。労働組合が身近にないなら、今は若者たちによるデモもよく行われています」

これに対し、彼は「(会社の)代表には言いました。でも、変わらなかった。(それ以上訴えて)窓際に追いやられ、(クビになって)就職活動しなければならなくなるのも怖かった」と答えた。一方で若者たちによるデモについて、こう指摘した。

「ヒダリの人たちのパワーが強まっていると感じます。あの人たち、あんなふうに顔を出してますが、ちゃんと仕事をしているんですかね。背後に怪しい団体がひもづいてるんじゃないですか」

「ヒダリ」や「背後」の意味を聞くと、「中核」「韓国系」「朝鮮総連」という言葉が出てきた。若者たちによるデモとは、反原発運動を源流の1つとした若者グループ「エキタス」のことなのだが、私が取材した限り、メンバーに日本共産党の青年組織「民青」の関係者がいる一方で、政党や政治とは関係ないいわゆる普通の学生や非正規労働者も大勢いる。また、中核派や、民族団体である在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)がこうした活

動に組織的にかかわっているという事実も確認できなかった。ユウスケさんの主張は、黒を見て白と言っているに等しいのだが、彼は「そういう印象を持たれていることは事実」と譲らない。

そもそも私に言わせれば、残業代も払わないような中小企業の経営者に向かって文句を言っても、聞き流されるのがオチだ。「和を乱す」ことへの不安は理解できるが、おかしいと思ったなら、その怒りをエネルギーにして労働組合に加入するなり、法律を駆使するなりして闘わなければ、状況を変えることは難しいだろう。

子ども時代の虐待経験とうまく折り合い、過酷な社会を生き残ったユウスケさんはたくましく、賢い人だと思った。ところが、「こんな働かされ方はおかしいと思わないのか」という話になった途端、私たちの会話はかみ合わなくなった。

「自分を律して頑張るしかない」

ユウスケさんが「私がストイックに働いている間に、彼らは徒党を組んでラップとかでわちゃわちゃやっている」と言うと、私が「ストイックなのではなく、いいように搾取されただけ。徒党ではなく、会社に対して力が弱い労働者たちが連携しているのだ」と反論。彼が「中小企業では、オーナーとの距離が近いから、お互いに配慮しなくてはいけない」と言うと、私が「あなたは長時間労働に耐えて会社に『配慮』したかもしれないが、オーナーが昇給やボーナスで『配慮』してくれたことがあったのか」と問う。

同じ言語で話しているのに、言葉が通じない。明るかった店外の景色はとっくに夜景に変わっていた。もう潮時だ。

ユウスケさんはいま、正社員の仕事を探している。「次もブラック企業だったらどうしようという心配はあります。でも、自分を律して頑張るしかありません」。

今まで十分に律してきたし、頑張ってきたじゃないか。これから必要なのは......。私は言葉を飲み込んだ。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

藤田 和恵 : ジャーナリスト)

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