「多様性」は厳しい:サイボウズ㈱大槻様の講義を聞いて

多様性と自己決定に耐えられない人をどうするかは、依然として社会における大きな問題として残る。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」は、今回からゲスト講師の講義が始まった。

まずおいでいただいたのは、サイボウズ㈱コーポレートブランディング部長の大槻幸夫様である。サイボウズが販売するグループウェアは一種のメディアであろうから、今回のテーマには合っているし、少し前に話題になったCM動画の件もあるので、お呼びしたところ、ご快諾いただいた。今回から、受講したゼミ生にレポートを書いてもらっているのでまずはそちらから。

===============================

1 講義の概要

今回はサイボウズ株式会社コーポレートブランディング部長の大槻幸夫(おおつきゆきお)さんにお越しいただき、同社の「働き方改革」や企業ビジョンについて講義をしていただいた。

現在、政府は女性活躍社会の実現に向けた取り組みを行っており、社会の中でも、かつてと比べれば、女性の社会進出は進んできている。

しかし、より進んだ国々と比べるとまだまだというのが現状であろう。そんな中にあって、サイボウズの取り組みはきわめて先進的なものといえる。

サイボウズは企業向けのグループウェア(仕事を効率化するツール)を開発、販売する会社であるが、自社の「働き方改革」でも知られている。

最長6年の育児休暇、子連れ出勤など、子育て中の社員を働きやすくする制度、9種類の選択肢の中から自由に働き方を選べるしくみ、制限なしの在宅勤務、35歳以下なら退職後最長6年の間復職が出来る育"自分"休暇、副業自由...等、サイボウズは従来の働き方の枠にとらわれない数々のユニークな制度を採用している。

また、部活動や社内イベントの補助など、社内でのコミュニケーションを活性化させる方策も講じている。いずれも、「働き方を改善する」ツールであるグループウェアを売る会社らしいものといえよう。

なぜサイボウズは働く「時間」と「場所」の制約をなくせたのか?(前編)

サイボウズ式 2013年5月13日

なぜサイボウズは働く「時間」と「場所」の制約をなくせたのか?(後編) -変革のカギは社員の自立-

サイボウズ式 2013年5月16日

サイボウズ式:「会社は個人の働き方に合わせるしかない」「一律のルールで管理するのはもう無理」──金丸恭文×青野慶久

ハフポスト 2016年12月22日

「複業採用」を開始 サイボウズでの仕事を複(副)業とする方を積極募集

サイボウズ㈱プレスリリース 2017年1月17日

こうした改革は、2014年には経済産業省「ダイバーシティ経営企業100選」、2015年には日本テレワーク協会主催「第15回テレワーク推進賞優秀賞」を受賞、2016年には意識調査機関Great Place to Workが発表した日本における「働きがいのある会社」ランキング(2016年版、従業員100-999人の部)第3位となるなど、各方面から高く評価されている。

しかし、より重要な点は、これらの改革が、かつては28%だった離職率を2015年には4%以下にまで引き下げたことであろう。社員たち自身が、サイボウズの「働き方改革」を支持しているのだ。

平成25年度ダイバーシティ経営企業100選ベストプラクティス集

経済産業省 2014年3月

日本テレワーク協会主催「第15回テレワーク推進賞 優秀賞」を受賞

2015.02.19

2016年「働きがいのある会社」ランキング

Great Place to WorkR Institute Japan

サイボウズ青野社長に聞く、離職率を28%から4%に下げる方法。

CAREER HACK 2013-10-02

同社は、認知度向上及び企業ビジョンに共感してほしいという思いの下、広告にも力を入れている。

自社の製品・サービスを一切出さず、働く母親の日常を描くCMが一時期話題となった(当時の動画は権利の関係ですでに公開終了していて、イラストアニメバージョンが公開されている)。

サイボウズ ワークスタイルムービー「大丈夫」 イラストアニメバージョン

これは、仕事をしながら育児に奮闘する母親のリアルな姿をストーリー仕立てで描いたもので、SNSを中心に大きな反響があった。共感の声も多かったが、批判も少なくはない。

大槻さん曰く、このCMを製作したのはただの企業宣伝だけではなく「働く母親の問題に対して人々に考えてもらう」というねらいがあったとのことである。その点においては、このCMにおけるサイボウズの目論見は成功したといえるのではないか。

2 感想

個人的に印象に残ったのは、「100人に対して100人の働き方がある」という同社の働き方に対する考え方である。自分はそこまで企業の働き方について詳しいわけではないが、ここまで多様な働き方を許容する会社というのはあまりないのではないかと思う。

ここまで自由な働き方が許されるとなると、普通であれば「あいつは優遇されてるのに俺はそうではない」など、何かしら不公平であるといった不満が出てきそうに思われるが、上記の離職率の低さからみて、あまりそうした問題は起きていないようだ。

むしろサイボウズは、日本でも屈指の「働き甲斐のある会社」として選ばれている。

おそらく制度のよしあしだけでなく、サイボウズの社内文化があってのことなのだろう。

講義の中で大槻さんは、同社が掲げる理念として「公明正大」「自立と議論」「説明責任・質問責任」などを紹介された。いずれも立派な理念であり、日本が社会全体として女性が活躍できる社会を目指すうえで必須のものであるように思われる。

しかし、実際にそれを制度として運用し、社内に定着させるのは容易ではないだろう。組織がその中で多様性を生かすためには、社員1人1人が、多様な人々、多様な考え方、多様な働き方を受け入れなければならない。

多様性を受け入れるという点では統一されていなければならないわけだ。

そしてもう1つ、サイボウズには「主張したいことがあればどんどん主張する」という文化があるという。個人がそれぞれ自分の意見を持ち、互いにお互いの個性を尊重しながらも、積極的に議論をしていくことが求められている。

ジェンダー問題にせよ子育て支援にせよ、これが重要なのではないか。団体スポーツの試合で選手同士が声を掛け合い、助け合うのと同じように、会社も目標達成に向けて共同で作業するチームである以上、互いの意思疎通は必要不可欠だろう。多様性に配慮する制度も、それがあって初めてうまく機能するのだと思う。

==============================

講義の中では紹介されなかったが、上掲のゼミ生レポートが言及しているCM動画には「続編」があった。第2弾は第1弾の母親の夫である父親を取り上げたもので、こちらは批判の方が多かったようだ。

夫は、どうすれば良かったのか?――サイボウズのCM第二弾について考える

ハフポスト2015年01月07日

その後、今度は「子育てパパ」のワークスタイルを考える連続ドラマ「声」が公開されている。全6話だが、今はそのうち2話について、イラストアニメバージョンが公開されている。

サイボウズワークスタイルドラマ  「夫の言い分」 イラストアニメバージョン

サイボウズワークスタイルドラマ  「妻の言い分」 イラストアニメバージョン

こうしてみると、サイボウズは「働き方」に関するこれらの広告において、メッセージの方向性においてもその訴え方においても、一貫した方針を持っているように思われる。

そしてそれは、「理想的な職場や家庭像を描くこと」でも「自社製品・サービスでそれらの理想を実現できると訴えること」でもない。そのことは、最近話題になったこの広告でも明らかだろう。

「ノー残業、楽勝! 予算達成しなくていいならね」 上司に今すぐ突きつけたい広告が話題に

ねとらぼ2017年05月16日

これらの「尖った」と評すべき広告はいずれも、問題のある現状を描いている。見た人は「あるある!」と叫んで盛り上がったり、「うー耳が痛い」あるいは「何だこれは」などと顔をしかめたりしながら、働くことや働き方について、考えさせられる。意見を表明したくなる人も多いだろう。

それはおそらく、サイボウズが社員に求めている態度でもある。

多様性を尊重する組織であるためには、社員が会社に対してあらゆる事態を想定する知恵と無限の先回りした配慮を求めるのではなく、自ら考え、主張し、必要なら議論していく態度が必要なのだ。

その意味で私個人は、大槻さんのお話しを聞きながら、「厳しい会社だなあ」という印象を抱いていた。

いうまでもないが、多様な働き方を許容するということは、パフォーマンスの低い社員にもパフォーマンスの高い社員と同じ給料を払うことではない。

給与は、個々人が自ら選んだ働き方をベースとして、その人が社外で得られるであろう水準を考慮の上で決められるという。

今や少なくなったとはいえ、多くの企業でその片鱗を残している年功序列とはまったくちがった考え方だ。

多様性は、決して心地よい優しさだけで実現するのではない。多様性を尊重する企業や社会は、その構成員たる私たち自身に対しても、多様性を受け入れることを求める。

そして無限に広がりうる多様性の中で、自らにとってよりよい状況を作り出すために、自分から主張し議論することを要求する。多様性が重んじられる組織や社会において、私たちは絶えず、どれだけ多様性を受け入れ、自らのものとするかが問われているのだ。

ジェンダー問題では一般に、「力を持つ男性」と「抑えつけられた女性」という対立構図が取り上げられる。

サイボウズのCMでは、同じように働いていながら、家事や子育ての負担の多くを1人で担わされている妻と、それから逃れている夫が描かれていた。

男性はもっと家事を負担すべきだ、という主張はもっともに思われる。

しかしある夫婦が、何らかの理由で、働く妻がより多くの家事を負担することを選択したとして、それを外部から責めるのは多様性を認める考え方なのだろうか。

その夫婦が話し合ったうえでそう決めたのだとしたら、それも多様性の範囲内ではないのだろうか。

話し合っていないとするなら、なぜ話し合わないかが問題なのではないか。

件のサイボウズのCMが「解決策」を描いていないのは、この問題には夫婦の数だけ「正解」がありうると考えているからではないかと想像する。

もちろん、社会全体としてどのような制度やしくみを作るかという問題は別にある。

現在の日本社会において、女性が働くことを支援する制度や状況はまだ不足していてさらなる整備が必要だという考え方自体は適切なものと思われる。

ただしそのことと、個々の家庭がどのような選択をするかとは、切り離して考えるべきだろう。どのような選択をするにせよ、より効率的な働き方を可能にするツールを提供することでそれを支援する、というのがサイボウズの考え方なのではないだろうか。

自分が理想と考える答えが、他人にとってもそうであるとは限らない。

自分たちの答えは自分たちで考えて出す。すべてが自己責任であって社会に文句ひとつ言ってはいけないというような乱暴な話ではもとよりないが、社会の現状が自分の理想と異なるなら、それを主張すべきは自分自身であって、他人ではない。

もちろん、このような「厳しさ」に耐えられない人もいるだろう。サイボウズは私企業だから、耐えられる人だけを集めればいいが、社会全体としてはそうはいかない。

多様性と自己決定に耐えられない人をどうするかは、依然として社会における大きな問題として残る。サイボウズ的な考え方と社会との摩擦があるとすれば、CMに関して批判された「従来型の男女役割分担」にではなく、この点にあるのではないかと思う。

---------------------------

本件の講義動画はこれ。

動画:シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」第2回(講師:サイボウズ㈱大槻幸夫様)

駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」に関する記事は以下の通り。

メディア・コンテンツとジェンダー 駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義の開講にあたって(2017年05月31日)

「男女の戦い」と「忘れられた人々」(2017年6月5日)