最終回・仮想通貨は国家をゆるがすか?--野口悠紀雄

多くの人々は、仮想通貨をどう使うかでなく、短期的な価格変動を利用した投機にしか関心がない。
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Getty Images/iStockphoto

 これまで見てきた数千年の長い歴史を通じての重要な教訓は、政府はマネーを創造することによって財源を調達できるということだ。とりわけ戦費の調達には、この手段が重要な役割を果たしてきた。

 こうしたことが可能なのは、マネーの発行権が中央銀行によって独占されており、政府が中央銀行に影響を与えられるからだ。

 現代の世界では、中央銀行によるマネー発行の独占は当たり前のように考えられていて、誰も疑問を差し挟まない。しかし、歴史的に見ると、そうではない時代もあった。

 かつては、発券銀行は1国に複数あった。イングランド銀行は1694年に設立されているが、唯一の発券銀行になったのは1844年のことだ(現在でも、スコットランドには発券銀行がある。香港には、発券銀行が3行ある)。

 アメリカでは、19世紀に「フリーバンキング」の時代があった。当時の銀行は「ヤマネコ銀行」と呼ばれて、最初から胡散臭いもののような印象を与えるが、実体を見れば、必ずしもそうとは言えなかった。

 経済学者の中にも、政府によるマネー発行権の独占を廃止すべきだとの意見は、昔からある。その代表が、フリードリッヒ・フォン・ハイエクだ。彼は、1976年に刊行された『貨幣の非国有化』(Denationalisation of Money)で、貨幣発行の自由化を主張した。「政府が管理しない通貨は、単に機能するだけでなく、望ましいものだ」との主張だ。

 ハイエクは、国家による貨幣発行権独占が経済変動や政府規模拡大の原因だとしている。

 また、国家が貨幣を管理しているために、国債の貨幣化によって放漫財政が生じる。彼は言う。「現代における政府活動拡大の大部分は、貨幣発行によって財政赤字を賄ったことでもたらされた。これによって雇用が創出されるという口実に基づいて」。「政府支出の増加は、政府がマネーをコントロールできるようになったために生じた」。「政府の赤字は貨幣の創出で賄われてはならない」。

  現代の国家は、貨幣は完全に不換紙幣になってしまっているので、政府による恣意的な財源調達を阻止することが、とりわけ重要だ。そのためには、中央銀行が政府からの独立性を保ち、マネーファイナンスを阻止することが必要だ。

 しかし、現実には中央銀行は政治に隷属している。とくに日本の場合にそうだ。異次元金融緩和によって市中の国債を日銀が買い上げたため、財政規律は著しく損なわれている。

仮想通貨の登場

 ところが、コンピュータ技術の進歩によって、新しい通貨である仮想通貨が登場した(この詳細については、次の書籍を参照されたい。『仮想通貨革命』ダイヤモンド社、2014年、『ブロックチェーン革命』日本経済新聞出版社、2017年)。

 これは、政府の自由にはならないマネーだ。

 仮に仮想通貨が広く使われるようになり、政府が発行する通貨を代替することになれば、政府はマネーを発行して財源を調達することができなくなる。

 政府は、数千年にわたって享受し続けてきた重要な財源調達手段を失うことになるわけだ。

 もし、そうしたことが実現すれば、世界は基本的に異なるものとなるだろう。

 しかし、現状では、仮想通貨の規模はまだ小さすぎる。そして多くの人々は、仮想通貨をどう使うかでなく、短期的な価格変動を利用した投機にしか関心がない。

 この状況が将来どうなっていくのか、まだ見通しにくい。ただし、マネーの歴史がいま大きな転換点に差し掛かっていることは間違いない。(完)

野口悠紀雄 1940年東京生まれ。東京大学工学部卒業後、大蔵省入省。1972年エール大学Ph.D.(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授などを経て、現在、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問、一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論。1992年に『バブルの経済学』(日本経済新聞社)で吉野作造賞。ミリオンセラーとなった『「超」整理法』(中公新書)ほか『戦後日本経済史』(新潮社)、『数字は武器になる』(同)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞社)など著書多数。公式ホームページ『野口悠紀雄Online』【http://www.noguchi.co.jp】

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(2018年7月6日
より転載)