■市場を席巻する『キュレーションメディア』
ここのところ、所謂、『キュレーションメディア』が非常に勢いがいい。
先鞭をつけたのは、アルゴリズム分析でインターネット上から各ユーザーに最適なニュースを見つけて配信するサービスを2012年に開始したグノシーだが、テレビCMであっという間に知名度を上げたと思えば、今年に入って、KDDI等より20億円を上回る資金を調達して話題を振りまいた。ほぼ同時期にサービスを開始したスマートニュースも本年の8月に、Atomicoとグリーをリードインベスターとして、36億円の資金を調達したとの報道があり、やはりテレビCMを開始している。
資金だけではなく、人材的にも話題に事欠かない。経済誌サイト「東洋経済オンライン」のPVを飛躍的に伸ばしたことで注目された、佐々木紀彦編集長が、企業の財務データ等を法人向けに提供するユーザベース社が昨年9月に提供を開始したニュース配信サービスである、ニュースピックスに本年5月に移籍するという報道に驚いたのもつかの間、今度は、ハフィントンポスト初代編集長の松浦茂樹氏がスマートニュースに移籍するというニュースが飛び込んで来た。人・物・金が集中する、このビジネスには、LINEやYahoo!等の、ネット業界のビッグネームも参加してきていて、実に驚くべき活性化ぶりだ。
■問題点
だが、光があれば、影もある。キュレーションメディアは、一部の例外を除けば、基本的にはどこかで発信されたニュースを二次的にピックアップする(あるいは一次ソースからニュースを買って来る)ことによって成り立つメディアだから、一次ニュースの質が充実し、かつ大量に存在することが前提となる。だから、キュレーションメディア興隆とともに、ユーザーが接するニュースメディアの大半がキュレーションメディアということになれば、新聞や雑誌等の一次ニュース発信者は、いわばニュース卸売り業専業の立場に追いやられ、価格設定の自由度がなくなり、ニュース単位あたりのコストを削ることを強いられ、結果的に、衰退を余儀なくされる恐れがある(多くのキュレーションメディアは、マネタイズという点ではまだ発展途上だから、一次コンテンツ提供者に配分できる原資がそれほど潤沢とは思えない。)。そして、その衰退はキュレーションメディアの衰退に直結しかねない。
■苦戦が予想される旧来メディアのデジタル戦略
長期逓減傾向にある紙の新聞の販売の歯止めとなるべく、日経新聞や朝日新聞が取り組む『デジタル版』も、当初の悲観的な予想を覆して健闘しているとはいえ、キュレーションメディアの大攻勢にこれからも対抗していけるのだろうか。キュレーションメディアの世界的な興隆の背景には、スマホの急激な普及があると言われる。そのスマホを手にするユーザーの大半は、質の高い特定のメディアにじっくり取組むというよりは、ニュースを読む事にあまり時間をかけたくないから、自分の好みの種類のニュースが効率的かつコンパクトに送られて来て、それを手早く、短時間で読めることを求めていると考えられる。今後遅れて参入してくるスマホユーザーは、現状のユーザーよりもっとそういう傾向が強くなると思われる。旧来のメディアがこの場で対抗していけるのだろうか。ここで求められるノウハウを具備しているのだろうか。正直、現段階ではキュレーションメディアの方に分があるといわざるをえないし、キュレーションメディアに資源がこれだけ集まって来ているということは、今後はもっとこの差は開くと考えるべきだろう。
■宅配制度に守られる旧来メディア
もっとも、日本の新聞は世界でも非常に特殊な『宅配制度』に支えられた巨大な部数によって成り立っており、しかも、その部数のおかげもあって、新聞記者は今でも高学歴・高給取りだ。その体制が維持できる限りにおいては、デジタルメディアでの成否が死活問題になることはない。もちろん、自分たちからその体制にヒビを入れるようなことは余程のことがないかぎりしない。如何に若年層の新聞離れが急速に進んでいるとはいえ、現在の主要な読者である50~70歳代の男性が鬼籍に入るまでにはまだかなり時間的な余裕もありそうだ。
とはいえこのままでは、日本の『一次ソース』の担い手のモラルはあがりようがない。読者数の長期的な低落に歯止めがかかるどころか、今後はつるべ落としになる恐れもある。今の10代~20代は、そもそも新聞を購読するという習慣自体がなくなりつつある。それこそ『スマホでキュレーションメディア』で充分満足している。新聞の宣伝広告費はすでにネットに抜かれている。組織は官僚的で、人事も停滞している。優秀な若手にとって辛い環境であることは明らかだ。
■組織としての新聞社の迷走
ちょうどここしばらく、朝日新聞の一連の誤報問題(従軍慰安婦の強制連行があったとする『吉田証言』や、原発事故に関連する『吉田調書』をめぐる誤報)やジャーナリストの池上彰氏の記事の掲載拒否問題等で大騒ぎになっているが、これもこの組織が危機的な状況にあることの顕現ともいえるし、ここぞとばかりに朝日新聞をバッシングする他誌もこの衰退の構図の中では五十歩百歩だろう。
真偽のほどはわからないが、現政権に批判的な朝日に対して、迎合的な読売新聞を安倍政権は『特別扱い』しようとしていて、優先的に情報を提供しているという記事もある。とある米国務省関係者は、「ここ最近の読売は、いうなれば『日本版人民日報』と化している。政府の公式見解を知りたければ読売を読めばいい、というのが各国情報関係者の一致した見方となっている』と語っているという。
これが本当なら、ジャーナリズムとしては完全に終了だし、こんな話が出て来ること自体、命脈が尽きかかっていることの証左というべきだろう。
朝日新聞も生き残るために、政府迎合に舵を切り、日本の新聞全体が翼賛体制になるとかいう、超過激な予測をする人もいるが、冗談と笑い飛ばせない空気があるから恐ろしい。確かに、戦前の朝日新聞は弾圧の後、軍部に迎合して、戦争を煽った前科がある。
■記者独立の時代
こんなことでは、旧来のメディアの待遇がいかにいいといっても、中にいる個々の優秀なジャーナリストは自らのキャリア形成に危機感を感じてしまうはずだ。衰退する組織に身を任せるままでいいのか、そういう声はさすがに外にいる私達にも伝わって来る。
ニュースピックスの佐々木紀彦氏は、じりじりと伝統メディアにいるメリットと新しいメディアにいるメリットが均衡してきて、一流の人だけでなく、準一流な人も組織外に出るような雰囲気や合理性が出てきたときに雪崩をうって流出が起きるとし、とインタビューで述べている(その記事を掲載しているのが朝日新聞なのは何の因果だろう!)。
最初にこの記事を読んだ時(本年5月)には、5年ではどうかなと感じたものだが、朝日新聞の騒動等をみていると、案外いい読みかもしれないと思えて来た。
■キュレーションメディアの競争のしのぎ方
ただ、キュレーションメディアの側から見れば、キュレーションメディア同士の競争が苛烈になる一方、日本の一次ソース提供者の側は衰退の一途、というのでは当面非常に苦戦を余儀なくされることを意味する。実際、自分でもキュレーションメディアの記事は時間のある限り読んでいるが、どこも同じような記事ばかりになっているとの印象は拭えない。この事態をどう生き延びるのか。
一つには、一次ニュースが豊富な海外に市場を求めるという策がある。すでに、グノシーは英米市場を中心に、英語版アプリもリリースしているし、スマートニュースも今年秋頃を目処に北米版の提供を開始するという。また、一方では、自分たち自身で一次ニュースコンテンツをつくるという策もある。大手新聞が『宅配=全国ニュース』にこだわらざるをえない隙をついて、個性豊かなニュースコンテンツをつくることには可能性が開けて来ていると私は思う。そしてそれはまた、既存メディアから優秀な人材を呼び込む、呼び水となる可能性もあるはずだ。ニュースピックスの佐々木氏には、そのような構想があるようなので、大変楽しみだ。
■期待してる
私自身、しばらく前に、旧来のメディアの復権をにおわすエントリーも書いたが(そして、オールドメディアの組織内個人のポテンシャルの高さは今も疑っていないが)、朝日新聞の例など、どうやら事態は意外に大きくうねり、変革に向けて動き始めているように見える。キュレーションメディアに参集している人達には、今の勢いに乗って、是非日本の旧来のメディアの常識を打破するような仕事を見せて欲しいものだ。
(2014年9月23日「風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る」より転載)