2015年に採択された歴史的な気候変動対策の国際協定である「パリ協定」を、世界各国がどのように実施していくか。そのルール(実施指針)を議論するバンコク会合が、タイのバンコクで開催されました。これは、2018年末に開催される国連の温暖化防止会議(COP24)で決定されることになっているパリ協定のルール作りのための最後の準備会合です。結果、前進は十分ではないものの、COP24における合意への道が、なんとか見えてきました。現地に入ったスタッフよりご報告します。
進むか?「パリ協定」のルール作り
2018年9月4日から9日にかけて、タイのバンコクで気候変動(地球温暖化)に関する国際会議(APA1-6及びSB48-2)が開催されました。 これは、2018年末にポーランドで開催が予定されている、国連の気候変動枠組み条約・第24回締約国会議(COP24)で決定されることになっている「パリ協定」のルール作りのための最後の準備会合です。
このバンコクでの会議のような、各国の事務方レベルで交渉される準備会合は、各国が自国の主張が反映されないことを恐れるあまり、なかなか進展しないことがよくありますが、今回は初日から中身のある議論が展開されました。 論点によって差はあるものの、12月に開催されるCOP24に向けて、ルール文書の草案となる文書が形作られるなどある程度進展することができる結果となりました。
またここまでの議論を進めてきた議長団に対する信頼度も、論点によって差はあるものの比較的高く、今回作られた各ルールのテキスト文書を基に、10月下旬に開催されるプレCOP(閣僚級非公式準備会合)までに議長団がさらに整理したテキスト案を出すことにも合意しました。
前進は十分ではないものの、COP24においてパリ協定の各ルールに合意するための道はなんとか見えてきていると言えそうです。
60以上のルール整備の必要
パリ協定は、緩和(温暖化の影響を最小限に抑えること)から適応(すでに生じている温暖化の影響への対応)、資金支援・技術移転など多岐にわたる包括的な国際協定です。 そのため、国連会議に参加する各国の政府代表が決めなければならないルールは60以上に上ります。
パリ協定は、21世紀末までに温室効果ガスを実質ゼロにするという目標を持つ画期的な協定ですが、その実効力はいかに実施していくかの詳細なルールにあるといっても過言ではありません。なるべく抜け穴の少ないルールにしなければなりませんが、パリ協定に至るまでの先進国と途上国の対立が、ルール作りのそこかしこに顔を出し、変わらず厳しい交渉は継続しています。
バンコク会合では、COP24でスムーズに交渉が始められるように、主要な論点について、ルールの決定文書の草案が形作られていくことが期待されていました。 2018年5月にドイツ・ボンで開催された補助機関会合(準備会合)では、まだ各国の言い分を掲載した非公式文書が作られたのみ。それを受けたこのバンコク会合は、まだその時の非公式文書がやや整理された状態で始まったため、交渉の進展の遅れが強く懸念されていたのです。
しかしバンコクでは、各国は初日から、プロセスについて文句を言う国もなく、中身についての議論が始まりました。論点ごとに大きな進展の差はありましたが、 たとえばパリ協定の肝である5年ごとに科学的に進捗状況をはかるグローバルストックテークの論点では、初日にすでに各国の言い分を整理した新テキストが出され、結局6日間の会期中に3回、交渉を反映した新テキストがだされたのです。この論点のテキストはすでにCOP決定文書としての形式も備えた草案に近いものまで発展しました。 結果として、一つの論点を除いてほとんどの論点で、このバンコク会合での交渉を反映した新テキストが作られました。各国は建設的に交渉に従事し、中身の進展が見られた会合となったのです。
融和を見せない対立の論点
このように重要な論点で進展がみられたものの、先進国と途上国の根深い分裂は深刻です。 その影響を最も受けた論点「国別目標の特徴・明瞭性の確保・算定」では、前進はほとんどなく、バンコク会合の前に用意されたテキストのままで、新テキストは作られることもできませんでした。
深刻な対立点はいくつもありますが、大きく分けると以下の2点になります。
1) 衡平性の考え方(二分論⇔全体論)
すべての国を対象としたパリ協定において、先進国と途上国の間でどのように釣り合いが保たれたルールにしていくか、というのは政治的に非常に難しい点です。開発の程度に大きな差がある先進国と途上国の間で、たとえすべての国を対象とするパリ協定といっても、同じルールを当てはめることはできません。ではどのような柔軟性を持ったルールにしていくのか、という点は、まさにパリ協定が成立したときからの歴史的な対立点なのです。原則的にはすべての国を同じ制度の下に置きたい先進国に対して、先進国と途上国で分けたルールにしたいという意向の強い途上国グループが激しい主張を繰り広げているのです。 これは、論点ごとに途上国の中でも意見が異なるようになっており、温暖化の悪影響に最も脆弱な島国グループやアフリカ諸国が、むしろ中国などの新興途上国に異を唱える場面もあります。さながら複雑な連立方程式を解くような交渉が、多岐にわたるルール作りのそこかしこに表出しています。
2) 資金
何より対立が見られたのが、資金を巡る議論です。パリ協定において、先進国は途上国の緩和や適応などを資金・技術支援することになっていますが、なるべくその資金支援をすべての論点に入れ込むことを強く主張しています。たとえば、上記に挙げた「国別目標」の論点における削減のガイダンスにおけるスコープ(範囲)」が挙げられます。これは端的に言えば、国別目標のうち、削減目標に何を情報として入れるべきか、という議論なのですが、その範囲を巡って、先進国と途上国が鋭く対立しているのです。その意味は、先進国の側には、削減目標のルールをなるべく世界共通でしっかりと作っていくことによって、排出量が増えつつある新興途上国にも、排出量削減の負担をもっと負って欲しいという強い意向があります。一方の途上国側には、先進国がこれまできちんとやってこなかった削減努力の責任転嫁を警戒しており、見返りとなる「資金や技術支援」をきちんと引き出したいという強い意向があるのです。そのため国別目標の議論では、削減のルールだけではなく、適応のルール、特に先進国からの資金や技術支援の議論も議論の範囲内である、という主張です。この対立は、国別目標だけではなく、ルール作りの各所に顔を出しています。
また資金額の予測可能性を高める仕組みを強固にすることを途上国は強く主張しています。一方、先進国側は、資金援助について注意深く合意されたパリ協定の定める範囲を守ることを盾にしています。これらは、パリ協定が合意されるときからの激しい対立点で、いずれにしても事務官レベルでは解決できない問題です。
COP24に向けて
これらは、バンコク会合ではもともと解決が望めるものではなかったため、COP24で政治的に大臣や首脳レベルが参加した、ハイレベル会合で最終的に交渉し、合意できるように、選択肢をなるべく整理して交渉テキストを作ることが求められていました。
実際、いくつかの論点では、選択肢が見えるところまで来ました。 そして、バンコク会合に参加した各国の政府代表は、2018年の10月中旬までに、今回の会議の議長団に、「COP24において各ルールに合意できるような方向性を示す合同リフレクションノートを作成すること」をゆだねることに合意しました。 この合同リフレクションノートには、今回のテキスト文書を基にした新しいテキスト案を付けて出すことになっています。
10月下旬には、閣僚級の非公式準備会合(プレCOP)が予定されているので、そこで各国がまたテキスト案を検討できるように、というスケジュールに合意したということになります。少なくともバンコク会合において、各国は真剣にルール作りに取り組んだと言えるでしょう。
これから12月のCOP24までに、プレCOPを含め、カリフォルニアで開催されるグローバル政府以外の自治体、企業、投資家、市民団体などの非国家アクターたちのイベントや、IPCCからの1.5度報告書発表など、COP24におけるルール作りの機運を盛り上げるイベントが目白押しです。 実効力のあるパリ協定の実施を目指して、世界は進んでいます。
日本においてもようやくパリ協定に提出する2050年の長期戦略の議論が進んでいますが、カーボンプライシングなど国内の実効力ある政策の導入が世界に比べて周回遅れであるのは否めません。パリ協定の有効なルール作りに貢献すると同時に、国内対策の強化も本格化させる必要があります。