コミケの"徹夜組" いくら禁じてもなくならない理由「本当はいけないけど、来てしまった」【現地ルポ】

41年の歴史を誇る世界最大級の同人誌の祭典「コミックマーケット」では、深夜来場が禁止されているにも関わらず、会場前で夜通しで並ぶ「徹夜組」が毎回現れるとして問題視されている。
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41年の歴史を誇る世界最大級の同人誌の祭典「コミックマーケット」(コミケット、コミケ)では、深夜来場が禁止されているにも関わらず、会場前で夜通しで並ぶ「徹夜組」が毎回現れるとして問題視されている。

彼らは企業ブースが販売する限定グッズや人気サークルの頒布品を求め、開催日前日から徹夜で、会場の東京ビッグサイト周辺に列を作るという。

なぜ彼らは徹夜で並ぶのか。主催者のコミックマーケット準備会は、どう対応しているのか。ハフポスト日本版は「コミックマーケット 90」開幕前日の8月11日深夜から、会場の東京ビッグサイト周辺で「徹夜組」の様子を現地取材した。

■午後11時58分 終電はもうないが…

最寄駅の東京臨海高速鉄道りんかい線「国際展示場駅」の終電は午後11時58分。深夜に関わらず、駅にはたくさんの人がいた。駅に隣接するコンビニエンスストアにも多くの買い物客がいた。

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りんかい線のホーム

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駅に隣接するコンビニエンスストア

駅からビッグサイトの方角に向かうと、誘導灯を持った男性に声をかけられた。帰るように注意されるのかと思いきや、「東館のほうに深夜待機列があるのでそちらに回って」と言われ、戸惑った。禁止行為ではないのかと尋ねると、「並んでもいい。ここに居られると困る」という。男性はコミケのスタッフであることは否定した。ボランティアなのかという問いには「そういうことになりますね」という回答だった。コミケのスタッフの目印である緑色の帽子、腕章は身につけていなかった。

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ビッグサイト正面の大階段下。誘導灯を持った人物や警備員が数人いた

誘導灯を持った人は周辺に十数人ほどおり、深夜来場者と思われる人を東館のほうへと誘導していた。「並んではダメ」「帰れ」とは言っていなかった。周辺には警備員もいたが、こちらも並ぶこと自体を注意していなかった。スタッフ詰所が大階段近くにあったが、とくに深夜待機列を注意している様子はなかった。

■午前0時35分 「深夜来場は禁止」のはずが、敷地内に行列

大階段で誘導された通り、東館に面した歩道に向かうと、すでに長蛇の列が形成されていた。「深夜待機列はこちらです。4列に並んでください」と大きな声が聞こえた。

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ビッグサイト東館に面した歩道に形成された列

東館の北側にある門では、赤い誘導灯を手に持った人が列を整理、整列し、ビッグサイトの敷地内に人を入れていた。深夜来場は禁止とされているにもかかわらず、すでにビッグサイトの敷地内には行列ができていた。門の前で列を誘導していた男性によると、「現時点でおよそ6000人が並んでいると聞いている」という。「深夜来場は認められていないのに、すでに会場内で列が形成されている。矛盾するのでは」と尋ねたが、「ノーコメントで」とのことだった。この男性もボランティアだという。「誰かがやらないといけないから…」と話す。

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ビッグサイト東館北側の門前

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ビッグサイト東館の北側。敷地内に待機列が形成されていた

付近では腕章、帽子を着用したコミケスタッフを数人見かけたが、見る限りでは特に徹夜組の対応はしている様子はなかった。先頭を見に行こうと門内に入ったら、敷地内から誘導灯を持った男性が出てきて止められた。取材をしたいと話したが、「ダメです。朝、本部で取材申請してください」と断られた。スタッフの証である帽子や腕章はしていなかった。

●午前0時55分 正面大階段の下にも待機列が…

駅の方へと戻ると、ビッグサイト正面大階段の下に、さっきはなかった待機列が形成されていた。先頭の人に「ここが先頭ですか?」と聞いたら、「自分はただ座っているだけ。後ろに勝手に人が並んでいるだけ」と言われた。あとは無言だった。

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ビッグサイト正面大階段下に形成された待機列

列では、携帯ゲーム機などで遊んでいる人が多いようだ。並んでいる人によると、「毎年、ここ(正面大階段下)に徹夜組の待機列ができる。東側の待機列は例年なかったと思う」とのことだった。

■徹夜組からは「事実上、深夜来場を認めているのでは…」の声も

実際に並んでいる「徹夜組」の人はどのような心境なのだろうか。

東館の待機列に並ぼうとしていた18歳の男性は、「企業ブースで欲しいものがある。主催者は、カタログやTwitterで深夜来場はダメだといっているが、見て分かる通り、徹夜組を中に入れている。『事実上、深夜来場を認めているのでは』と思えてしまう。禁止するなら、ちゃんと規制するべきでは」と語る。

ビッグサイトの正面大階段に並ぼうとしていた20代の男性は、「お目当の企業ブースの商品がある。本当はいけないけど、来てしまった。未成年もいるみたい。何か事故がなければいいが…」と話す。

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ビッグサイト正面大階段下に形成された待機列

■一般参加者「徹夜組にペナルティを」

こうした徹夜組の存在について、一般の参加者はどう考えているのだろうか。

開催日の日中、会場にいた31歳の男性は「ルールを守って始発で来ている人がかわいそう。今回はあったのかどうかわからないけど、ペナルティを課すことも必要では」と話す。その上で、「ペナルティがあるならあると、主催者もはっきりと言うべきでは」と述べた。

一方でコスプレイヤーの20代男性からは、「どんなに禁止しても、徹夜組はなくならないと思う。かといって放置すれば周辺の迷惑にもなる。嫌ですけど、ある程度は黙認するのは仕方ないのでは」という声もあった。

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コミケ会場のビッグサイトに訪れた人々(2013年8月)

■コミケ準備会「カタログとサイトで深夜来場禁止を呼びかけている」

徹夜組をめぐる現状について、ハフポスト日本版は主催者のコミックマーケット準備会に取材した。マスコミ・報道担当者によると「準備会ではカタログとサイトで深夜来場禁止を呼びかけています」とのことだった。

カタログを確認すると、コミケの深夜来場をめぐっては警察より毎回厳重な注意を受けていることや、周辺住民からクレームを受けていることが記されている。また、「ビッグサイトで何千人もの規模の徹夜が行われてしまうのは、コミケットだけです」とし、当局が大きな問題として認識していると強い言葉で警鐘を鳴らしている。その上で、これらの問題点が「コミケットの開催を危うくするもの」「このままでは『表現のための場』を提供できなくなることになりかねません」と、危機感を募らせる文章が綴られていた。

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コミケ90 Webカタログより

その一方で、11日深夜に目にしたビッグサイト敷地内にすでに並んでいた「徹夜組」の存在や、整列をしていた「ボランティア」を称する人たちについては、「カタログとサイトで深夜来場禁止を呼びかけています。それ以上のお答えはできません」とのことだった。

コミックマーケット準備会の市川孝一共同代表は「徹夜組」についてMANTAN WEBの取材に対し、「各所からいろいろいわれているので、やめてほしいのが本音。事件になる可能性もあるし、徹夜をした人は熱中症、体調不良にもなりやすい。これは言い続けるしかないし、手を打っている」と語る。

具体策について市川氏は、「コミケの会場に素早く入れるようにして、徹夜をしても、始発などの早朝で来てもほとんど変わらないようにする」と述べる。現在では、午前10時の開幕から1時間後には列を入れ、午前11時半にはフリーで入場できるようになっている。徹夜をする意味を失わせることが、問題解決のカギになるという考えだ。

一方で、「18歳以上が深夜に並ぶのは法律違反でも条例違反でもないのは確か。安易に力ずくで徹夜組を排除して、トラブルや事故を起こすのも得策ではない」と、強制的な排除やペナルティは避ける意向を示している

■「コミケに『お客様』はいない」

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コミケ会場の様子

少し前までは、コミケの模様が主要ニュースで取り上げられることはあまり考えられなかったと思う。かつてはオタク文化に対する偏見、差別が厳然としてあり、「オタク」=「犯罪者予備軍」としてステレオタイプ的に論じる傾向もあった。もちろん今も、その傾向が完全になくなったとは言えない。

それでも、オタク文化も徐々にではあるが、市民権を得られるようになった。コミックマーケット準備会の市川孝一共同代表も「今では車や旅行、食べ物、いろいろなことに『オタク』という言葉が幅広く使われるようになった」と語る

出展者も一般のサークルのみならず、近年では企業ブースも設けられ、ゲーム会社やアニメーション会社、出版社、テレビ局、ラジオ局、新聞社など様々だ。過去には歌手の小林幸子さんがサークル参加しCDなどを頒布。今回は、「T.M.Revolution」こと西川貴教さんが念願のサークル参加を果たした。

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コミケに初出展した小林幸子さん(2014年08月17日)

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小林幸子さんのサークル待機列(2014年08月17日)


コミケに初出展した西川貴教さん(2016年8月12日、Instagramより)


西川貴教さんがコミケで頒布した団扇(2016年8月12日、Instagramより)

こうしてコミケの多様性が広がる一方で、「徹夜組」をはじめルールを守らない一部の参加者によって、コミケという毎回約50万人が参加する唯一無二の「表現の場」の存続に影響を与える懸念すらある。

41年の連綿たる歴史を積み重ねてきたコミケだが、その素晴らしさは、作品を発表する側も、作品を享受する側も、自分が「好きだ!」と言えるものを、心おきなく追い求めることができる点にあると思う。一度でもコミケに行けばわかるが、同人誌の頒布サークル、コスプレイヤー参加者、頒布品を求める人々など、みんなが思い思いの表現活動を楽しんでいる。

しかしそれは、「コミケは全員が参加者」「コミケに『お客様』はいない」「参加者は全員はすべて対等」という理念に裏打ちされてこそだ。「自分だけが得をしたい」「他人はどうでもいい」という人物が一人でもいる限り、同人誌の祭典「コミックマーケット」は継続できなくなる危機を常に孕み続ける。「表現の自由」を謳歌するには、「表現の場」を守る努力を怠ってはならないのだと思う。

次回の「コミックマーケット91」は12月ごろ開催予定だ。次のコミケで「徹夜組」をめぐる状況は少しでも良くなるのだろうか。

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