7000人──。
日本の新薬の約80%の開発に関わる、シミックグループの従業員数である。1992年の設立時には3人だったというから、その成長ぶりに目を見張らざるをえない。
シミックは、医薬品を作るために必要な臨床試験の受託など、製薬会社の「サポーター」として医薬品開発やヘルスケアの分野で人々の生活を支えており、めざましい成長を遂げてきた企業だ。
そんな同社を率いるのは、7000人規模の会社に成長させた立役者の一人、大石圭子・代表取締役社長 COO(最高執行責任者)である。
今回、大石COOとハフポスト日本版編集長の泉谷由梨子の対談が実現。医薬品を支えるビジネスやこれからの働き方などについて、語り合った。
「この薬が患者さんの手に届くまで、私は見届けます」そう言ってくれたメンバーの想いを忘れない
シミックグループは31年前、日本初のCRO(医薬品開発支援)企業としてスタート。CROは製薬会社や医療機器メーカーから受託し、製品開発戦略立案から臨床試験の実施まで、開発製造の全てのステージにおいて業務をサポートする事業だ。
また、同社は利益率が低いと言われる、希少疾病薬の事業にも注力する。一体なぜか。大石圭子COOは、同社の仕事内容と意義について熱を込めて語る──。
大石圭子COO(以下、大石) 1992年に3人から始まった会社は、今は7000人近くの規模になりました。
泉谷由梨子(以下、泉谷) 3人から7000人!それはすごいですね。医薬品が私たちの手元に届くまでのプロセスの中で、とても大切な役割を果たしていて、本当に必要とされているビジネスですよね。
大石 患者さんに安全で有効な医薬品を届けたいという想いでいます。多様化、高度化するさまざまな企業のニーズに応えながら、潜在的ニーズを汲み取り課題解決となるようなソリューションを提供できるようお手伝いさせていただく役割を担っています。
泉谷 海外で既に使われている、がんや難病の新しい治療薬が日本に入ってこないという「ドラッグ・ロス」も今、社会課題となりつつありますよね。希少疾病薬事業にも献身的に取り組んでいると聞きました。
大石 ええ。患者数が少なく治療法が確立していない難病などの希少疾病の医薬品は、「オーファンドラッグ」とも呼ばれていますが、それらを日本に届けるという仕事も、シミックグループの大切な事業の一つです。
オーファンドラッグを導入するには、認可や薬価などさまざまな課題があります。かなりタフなプロジェクトですが、困っている患者さんのために弊社がすべき事業だと。各部署がその想いに共鳴し、強い意志をもって臨んでいます。
以前、国際事業開発部を率いていた際、あるオーファンドラッグをどうにか日本の患者さんに届けたいと、当時のメンバーと共に奮闘した経験があります。
本当に山あり谷ありの大変な仕事で、ある日、担当者の女性が、ボロボロ泣きながら「もう辞めたいです」というような感じで私のところに来たんです。でも色々話し合って最後には、「この薬が患者さんの手に届くまで必ず見届けます」と、言ってくれて。日本で治療薬がなく困っている難病の子どもの患者さんやご家族の大変さを目の当たりにしていたからだと思いますが、使命感を持って最後までやり遂げてくれました。
泉谷 胸が熱くなるエピソードですね。
大石 彼女だけではなく、臨床試験を担当しているスタッフなどは実際に患者さんやご家族に触れ合う機会も多いため、「治療薬がなくて困っている患者さんに届けたい」という想いが特に強いと思います。
大石COOは中村和男CEOとともに、「使命感」にあふれた社員の想いに応えるためにも、2015年に、企業の遺伝子や根本の精神にあたるCREED(クリード)を制定した。事業でヘルスケアに貢献していくことや、先ほどのオーファンドラッグの話にも関わる、難病患者などを含むすべての人を「誰も置いていかない」という想いが込められているという。企業がミッションを発表し、パーパスを重視した経営を行うのは現在のトレンドだが、時代に先んじて生活者と社会、そして社員に誠実な組織づくりを早くも行なっていたのは驚きだ。
CSR方針、社会貢献活動分野などもCREEDを基盤として制定されている。社会貢献活動では、海の日のビーチクリーニングのボランティア参加や、国際児童絵画コンクールの共催などもおこなっている。
早く決断し、早く行動することがモットー
「患者さんに安全で有効な医薬品を届けたい」と真摯に語る大石COOだが、その想いを胸に社内の様々な制度改革にも果敢に取り組んでいる。
泉谷 誰もが働きやすい会社にするため、様々な取り組みを進めていると聞きました。
大石 はい。風通しが良く、心理的な安全性が高い職場にするために、コンプライアンスを非常に重視していて、内部通報のシステムを作り、 社内研修もしています。「早く決定して早く行動する」ということをモットーとしているので、社員から何か訴えがあった時は、可能であればすぐに変えていきたいと思っているんです。
ダイバーシティも大切にしているので、LGBTQ当事者の社員も子育て中の社員も、皆が平等に働ける会社を目指しています。育休制度では、女性、男性社員両方の育休取得を推進しています。
私は2人の息子がいるのですが、シミック入社前に出産した時には今あるような多様な制度も整っておらず、育休もあまり長くは取れませんでした。そのような経験からも、社内での育休取得推進や、子育て中の社員をサポートする取り組みを拡充していきたいという想いがあります。
泉谷さんも子育て中だと聞きました。
泉谷 そうなんです。上の子が5歳で、下の子がもうすぐ2歳になるんですが、今日も朝から大変でした(笑)
ハフポスト在籍中に2回育休を取得して、下の子の出産は、ちょうど編集長に就任したタイミングでした。育休期間中は、編集長代理を立てて、会社がサポート態勢をとってくれました。
記者としても男性育休取得について記事を書いていたので、その後、編集部の男性記者に「育休を取ります」と言われた時にも、「おめでとう!」と送り出しました。
ハフポストでは、育休取得や子育てとキャリア、働き方についても多く記事を書いているので、ライフイベントによって働き方を制限されたり、昇進を阻まれたりするようなことがあってはいけないという記事のメッセージの通り、社内でもサポート体制を整えています。
産休・育休取得後の復帰率が100%。無理をしないで頼れるものは頼る
泉谷 大石さんは2018年に女性初の内資系CRO経営者に就任されました。どのようなリーダーでありたいと考えていますか。
大石 コミュニケーションをきちんと取るリーダーでありたいと思っています。7000人規模の会社になると、全てには手が届かないという側面もありつつ、現場を知ることが大切だと考え、なるべく多くの人の意見を聞くようにも試みています。
泉谷 日本では2022年時点での上場企業の女性役員の比率は、9.1%(*1)とまだまだ低い状況です。政府が掲げている、女性役員の比率を2030年までに30%以上にするという目標を達成するには、どのような働きかけが必要だと考えますか。
大石 この数字は、やはり低いと思います。様々な社会的要因もあり、昇進することや、マネジメントの仕事を受けることを躊躇してしまう女性が多いという現実もありますが、キャリアモデルを作ってサポートしていくことが大切だと考えています。
泉谷 そうですね。女性が昇進を躊躇してしまう状況というのは、多くの会社で起きていることだと思いますが、背景には、多くの家庭で家事や育児の偏りがある中で、マネジメント層になった時の大変さが女性を躊躇させてしまっているという側面があると考えます。
マネージャーの仕事は大変な部分もあるので、その仕事をどう変えていくかというところも、大事なのかなと。
大石 仕事、そして評価のあり方をきちんと考えていく必要がありますよね。シミックホールディングスでは、MBO(目標管理制度)を導入し、その人その人の目標に基づいて、きちんとターゲットを定め、それに向かって働けるような評価制度をとっています。
泉谷 大切ですね。私は大学でもキャリアについてお話しすることがたまにあるのですが、女子学生さんたちと話していると、将来、マネージャーになれると思っていない学生さんが多いと感じました。
私自身は成り行きでここまできただけなのですが、大学生からは「私には絶対できる気がしない」というように言われます。「私にもできそう」と思われるようなロールモデルであることも大切なのかなと思いました。
大石さんは、国際事業開発部で本部長も務められていましたよね。
大石 はい。国際事業開発部はメンバーのほとんどが女性でしたが、産休・育休取得後の復帰率が100%でした。「大丈夫」「なんとかなるよ」と皆で助け合っていました。無理はしないで、頼れるものは頼ったらいいと思います。チームメンバーのことは信頼していますし、自分ひとりで完璧にできるのはなかなか難しい。信頼し、頼ることでその人のキャリアの成長にもつながると私自身を含めて感じました。
製薬分野だけでなく、ヘルスケア分野での革新に向けて
大石COOは英語にも堪能であり、グローバルでの事業の拡大に成功している。成功の理由は、柔軟な思考と視点の切り替えの早さだ。
グローバル化というと、海外拠点を増やすことや世界と比肩することを想起するが、大石COOは自社の強みに着目。「どこにどれだけ数を増やす」ではなく、「効果的なハブ」になることを選んだ。
大石 国際事業開発部では、シンガポールにアジアの拠点を置くというところから担当し、そこからだんだんと拠点を拡大しました。今は、中国やオーストラリアなど10カ国に支社があります。
そのほか、世界各地の医薬品のグローバル企業が、我々が得意とする日本やアジアの市場で展開したいという時に、参入支援のサポートをしています。日本・アジア市場に拠点を持たない企業が、いわゆる“ピンを打つ”参入支援も、私たちにとってのグローバル事業の一環と捉えています。
泉谷 様々な段階において、日本市場参入のサポートを任せられるというのは大きな強みですね。最後に、世界を舞台にビジネスをしていく中で、「意義のあるビジネス」とはどのようなものだと考えていますか。
大石 今、医療もヘルスケアも、個々人にパーソナライズした治療法などが広がってきています。そのような中で、独自の事業モデル「パーソナル・ヘルス・バリュー・クリエイター(PHVC)」の展開を目指し、今後はPHVCとして一人ひとりのヘルスバリューを高めるために、製薬分野だけでなく、ヘルスケア分野での革新に向けて踏み出しています。
CROビジネスでは30年間の経験の積み重ねがあり、レギュレーションが厳しい日本の市場への参入で求められる正確なデータや臨床試験などでのクオリティの担保には自信を持っています。医薬品開発での豊富な経験や知識を生かし、新たなソリューションを提供していきたいです。
たった3人の社員からスタートして7000人に、成長したシミックグループ。その成長の理由は、同社の「迅速に、安全な薬を患者さんに届けたい」という熱い想い、CREEDを制定などに見られる、風通しの良さやダイバーシティを尊重する制度改革、そして、大石COOのグローバルでも堂々と渡り合える挑戦者としての姿勢ではないだろうか。
理性的でありながらも、熱い志を胸に秘めた女性リーダーの活躍に、これからも期待したい。
大石圭子 代表取締役 社長 COO 兼 CRO事業担当
1982年4月、日経マグロウヒル社(現 日経BP社)入社。ジェネンテック社を経て、1996年にシミックホールディングス株式会社に入社。国際事業開発本部長や代表取締役などを歴任し、シンガポールなど海外拠点の開設に尽力。2018年4月に代表取締役社長執行役員COOに就任。
泉谷由梨子 ハフポスト日本版 編集長
2005年に慶應大学総合政策学部を卒業後、同年4月に毎日新聞社に入社。東日本大震災の被災地となった福島では、避難者の心と身体の健康の課題などを担当、2013 年に退職。シンガポールに転居し、女性移民労働者を支援するNGOで勤務。2016年に帰国し、ハフポスト日本版に入社。ジェンダー平等の問題や働きかた、子育て、男性育休などのテーマで、キャンペーン報道をリード。2021年6月より現職に就任。
シミックグループについての詳細はこちらから。
注釈)
*1…内閣府 男女共同参画局「上場企業における女性役員の状況」より
(撮影=川しまゆうこ、編集・文=冨田すみれ子、編集協力=磯本美穂/ハフポスト日本版)