「働き方改革」は残業を減らして働く場所と時間の制約をなくし、育児や介護を抱える社員が働きやすい職場を作ること。
そんなイメージを抱く人は、多いのではないだろうか。
しかし、ビデオ会議サービスWebexなどのITサービスを提供するシスコシステムズ合同会社の宮川 愛 人事本部長は、改革の真の目的を「多様な社員に『ワクワク』と『働きがい』を感じながら働いてもらい、イノベーションを生み出す」ことだと語る。
「働きがいNo.1」企業にも選ばれている同社の取り組みと、宮川さんが職場づくりにかける思いを聞いた。
「働く」を変えたい。未知の領域に挑むため転職
宮川さんは、社会人になってからずっと人事部門でキャリアを積み、「日本の『はたらく』を変える」を、自分のミッションに掲げてきたという。
「『サラリーマン』という言葉に象徴されるように、日本には社員が給料を稼ぐため自分を犠牲にして働き、家族を養うカルチャーが残っています。でも仕事は本来、ワクワクを与えてくれるし、お金より大きな意義があるはず。そんな働き方を根付かせたいのです」
宮川さんにとって「ワクワク」とは、例えば仕事を通じて自分が成長できる、という期待感だ。2014年にシスコへ転職した時も、人事の中で未経験の業務をオファーされたことが決め手になった。
「新しい仕事に、新しい職場で取り組める数少ないチャンスを与えてもらったと感じました。そして挑戦することで自分の可能性を最大化できるかもしれない、自分の力がどこまで通用するか見てみたい、と強く思ったのです」
宮川さんは、テレワークなど制度の導入や、業務効率化による残業削減だけでは「真の働き方改革」は達成できない、と考えている。
「改革の本当の狙いは、社員一人一人の成長実感や、やりがいを高めることではないでしょうか。そのためには、社員同士が意見を尊重し合い、違いを認め合う職場づくりが大事なのです」
例えば日本企業の多くの職場では、新しい提案に同僚や上司が何かと理由を付け、「それは無理だ」とはねつけてしまいがち。こうした経験が続くと、社員は次第に「どうせ潰されるから」と声を上げなくなってしまう。
しかしシスコに転職した宮川さんが感じたのは「“できないこと探し”をしないカルチャーが、職場に根付いている」ことだった。
「意見が出たら、周囲はまず『どうすれば実現できるか』を考える。社員は意見が受け入れられることで自己肯定感が高まり、どんどんアイデアを出すようになります。その積み重ねが、イノベーションの種を表に出すことにつながるのです」
ダイバーシティーの一歩先へ インクルージョン&コラボレーションとは?
同社は2001年の在宅勤務制度導入を皮切りに、20年にわたって働き方改革を推し進めてきた。
豊富な支援制度と「社員が仕事に誇りを感じ、仕事に行くのが楽しみだと感じている」ことが評価され、2018年と2021年には、調査機関「Great Place to Work Institute Japan」に「日本における働きがいのある会社」ランキング1位に認定された。
そして現在は、ダイバーシティから一歩進んで、人材の多様さを経営戦略上の「強み」に変える「インクルージョン&コラボレーション」に取り組み始めている。
宮川さんは「違いを認め受け入れるだけでなく、多様な人材が協業してイノベーションを生み出すことが、経営戦略の上でも求められています」と力強く話した。
なぜなら高齢者・障がい者の雇用促進、女性の社会進出などに伴い、社会のニーズもどんどん多様化しているからだ。
デジタルトランスフォーメーション(DX)やAIの発展など、デジタル環境の変化も加速する中「子育て中の女性やシニア、障がい者、LGBTQの人などを含めた社員の一人一人が、感性と思考力をフル回転させ、チームとして今までにない製品やソリューションを生みだす必要があります」(宮川さん)。
例えば10年以上から、エントリーシートの性別の項目をなくし、選考の際には性自認や性的志向ではなく、その人自身を評価します、というメッセージを発信している。また同性パートナーも、婚姻関係にある夫婦と同じように福利厚生制度を利用できる。
宮川さん自身、マイノリティの上司や同僚がいるのは当たり前、という中で働いてきた。
「当社が『LGBTQや障がい者などのマイノリティを歓迎する』と意思表示することで、共感してくれる企業が増え、社会に少しでも変化を起こせればと思います」
社員のボトムアップ、カギは「楽しさ」「自分ごと」
社員の「感性と思考力をフル回転」するには、社員が仕事を「自分ごと」と捉え、自ら動くことが不可欠だ。
宮川さんら日本法人の経営陣は、社員の意見をボトムアップで吸い上げる仕組みを作った。
例えばグローバルで共有する6つの行動指針について、自分の仕事に落とし込んだらどんな言葉になるかを、各職場にある200のチームが議論したのだ。
中には「Give Your Best(ベストを尽くす)」を「デジタルを越えた温かい世界を作る」という言葉に置き換えたチームも。
こうして出てきた言葉をまとめ上げ、日本法人の社員自身が「私たちの」指針と言える内容を作り上げた。
また、全社員の約2割が、女性、障がい者、LGBTQなど6つのグループに所属し、ダイバーシティ推進の「アンバサダー」として活動しているのも、ボトムアップの取り組みの一つだ。
自由参加のボランティアだが「社外の人と知り合えて世界が広がったり、新しい経験ができたりして楽しいから続いている、という人が多いです」と、宮川さん。
LGBTQのグループなら、関連イベントへの参加などを通じて、さまざまな人たちと出会える。社内でもアンバサダー同士が声を掛け合い、部署をまたいだプロジェクトが円滑に進むといった好循環が生まれているという。
また最近は、女性をテーマにしたグループに、多くの男性社員が参加するように。
「共働きの妻を理解したい、女性の部下の気持ちを知りたいなど理由はさまざまですが、働く女性の問題を、男性が他人事扱いせずに、考えるようになってきました。働き方改革の成果の一つだと思います」と、宮川さんは語った。
顔の見えないオンライン会議、改善策は「役割と期待を明確に」
同社では長年にわたり、リモートワークが活用されている。一方、コロナ禍で慌てて在宅勤務に切り替えた企業からは「部下がさぼっていても分からない」「オンライン会議で、参加者がビデオをオンにしてくれない」などの嘆きも聞かれる。
しかし宮川さんは「オンライン会議で社員の存在が見えず発言もしない職場は、リアルの会議でも同じだったのでは?」と話す。
「こうした場合、上司は部下に『あなたはこの会議になぜ必要か』『どんな発言を期待されているか』を伝える必要があります。リモートワークでも『さぼっているか』ではなく、部下が課された役割を果たし、会社の期待に応えているかを見るべきです」
ただシスコにも、取り組むべき課題は残されていると、宮川さんは言う。
例えばリアルとオンラインの参加者が混在する会議で、情報の不均衡を生まず、全員が同じ条件と意欲で臨める環境づくり。さらに同社は社員の地方移住も奨励しているため、地方からフルリモートで働く社員と在京の社員が、同じようにキャリアを築ける仕組みも必要だと、宮川さんは考えている。
「LGBTQや障がい者だけでなく、リモートで働く人も含めて『誰も取り残さない』会社を作りたい。それは日本の『はたらく』を変える、という私自身のミッション達成にもつながると思っています」と力強く話した。
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「働きがいNo.1」企業に選ばれているシスコシステムズ合同会社。
社員の『働きがい』を支えるのは、多様性を認め合い、受容しあう企業文化、独自のテクノロジー、そして徹底した仕組みづくりだ。
社員一人ひとりが『ワクワク』と『働きがい』を感じながら働き、イノベーションを生み出し続けられるように、グローバル企業の強みを生かしながら、先進的な改革に取り組み続けている。
(執筆:有馬 知子 企画・編集:川越 麻未)