場合によっては職を失うこともある弁護士の「懲戒請求」。インターネットの匿名ブログに影響を受けた人たちが、集団で懲戒請求を大量に申し立てるという騒動が昨年から起きている。その数は、全国21弁護士会で約13万件にのぼる。
この件について、東京弁護士会所属の北周士弁護士と佐々木亮弁護士が5月16日、東京・霞が関の司法クラブで記者会見した。2人は、全く理由がないのに不当に懲戒請求されたとして、960人に対してそれぞれ、弁護士1人あたり30万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こすと発表した。
ただ、裁判を起こす日付は6月末。6月20日ごろまでに謝罪と、それぞれ弁護士1人あたり5万円ずつ(計10万円)の和解金の支払いがあれば、和解に応じるという。
不当な理由とは?
佐々木弁護士が懲戒請求された理由は、「東京弁護士会の会長声明に賛同した」というものだった。ただ、東京弁護士会は8000人以上が所属する巨大な組織で、佐々木弁護士は声明に関与しておらず、「会長声明が出たことすら、知らなかった」という。
北弁護士に至っては、佐々木弁護士が受けた懲戒請求について、「根拠がない」などと論評するツイートをしただけだった。
懲戒請求は本来、「問題のある弁護士」について、弁護士会に処分を要求する制度。最も重い「除名」処分を受けると、弁護士の身分を失う。それほどの深刻さがあるものだ。
きっかけは?
匿名ブロガーが問題だと主張したのは、2016年4月に東京弁護士会が出した「朝鮮学校への適正な補助金交付を求める会長声明」。全国各地の弁護士会が同様の声明を相次いで出している。
匿名ブロガーは、声明を出した弁護士会の所属弁護士らを懲戒請求するよう全国に呼びかけ、懲戒請求をするためのテンプレートまで、ブログに掲載した。
その結果...
佐々木弁護士のもとには現在までに、約3000件の懲戒請求があった。東京弁護士会では、ほかに会長など役員9人に懲戒請求が届いていたが、佐々木弁護士はなんの役職にもついておらず、理由にも心当たりがない。
初めに届いた請求理由は、すべてがほぼ同じ内容で、朝鮮学校への補助金について書かれたものだった。
さらに追加
「こんな意味不明な懲戒請求をされてはたまらん」と考えた佐々木弁護士は、こうツイートした。
すると、さらに懲戒請求が届いた。懲戒理由の欄にはこのTwitterの文言がそのまま書かれていたという。
また、北周士弁護士が次のようにツイートすると、北弁護士にも960件の懲戒請求が送られてきた。(注:ノースライムは北弁護士のアカウント)。
北弁護士は「懲戒制度は、誰が出してもいい制度だが、無差別に行われるということは非常に不当なこと。書くならば自分の頭で考えて、懲戒制度がどういうものか理解してほしい」と話す。
不気味な手紙も
懲戒請求のほかにも、佐々木弁護士のもとには、こんな手紙も届いた。
封筒に差出人の名前はなく、裏には「懲戒請求者は9000000000名ですからね(^ー^)ー☆」と記されていた。中には、これらの懲戒請求を扇動しているブログの名前と「外患誘致罪」とだけ書かれた紙が入っていたという。
業務に支障が出るほどの量
「まさか、初めての懲戒請求がこの量とは」と佐々木弁護士。弁護士資格をはく奪される可能性まである懲戒請求は、「もらっただけでも本当にしんどい。そのうえ、まとめたファイルを並べておかなきゃならない。それも嫌だった」と話す。
答弁書を作るなど、日常の業務に支障が出るほどの量の懲戒請求に、とうとう法的措置をとることを決めた。懲戒請求制度がこのように使われることを、野放しにしたくないという気持ちからだった。
2人が提訴する意向をツイッターなどで表明すると、謝罪を申し入れる連絡も入ってきているという。
懲戒請求をしている人は、問題のブログからダウンロードしたと思われる請求書面のテンプレートに、一人ひとり手書きで住所と名前を書き、印鑑を押して郵送している。謝罪を受けた北弁護士は「連絡を取った人は、40~60代が多かった」という。
送られてきた謝罪の手紙のひとつには「自分がマインドコントロールされ、集団ヒステリー状態になってしまっていた」と振り返り、きっかけになったブログについて「敵か味方かという対立を煽られ、怒りや恐怖を刺激され」たという説明もあった。
北弁護士は「こんな丁寧な謝罪文を書く人が、なぜこのように安易に懲戒請求をしたのか。少し考えて調べれば、まったく意味がないと分かるのに」と話す。
刑事告訴も検討
佐々木弁護士と北弁護士は、匿名ブログの筆者に対し、刑事告訴も検討しているという。他人に刑罰や懲戒を受けさせる目的で、うその告発や申告などをした場合に罰せられる虚偽告訴罪や、業務妨害罪が適用されるとみている。
佐々木弁護士は一連の懲戒請求について、「根底には在日朝鮮人に対するヘイトがある。何も考えずに『日本はすごい』『本当にこれで日本がよくなる』と正しいことをしていると思っている。そして、ちょっと気に食わないという理由で襲い掛かってくる。それが恐ろしい」と話していた。