中国は国連の問題児か?(上)意外に少ない「拒否権」発動

限られた観察範囲から中国の国際機関での振る舞いについて考えて見たい。

南シナ海における中国の進出や、尖閣諸島をめぐる様々な摩擦を日々目にしていると、しばしば中国は国際的なルールを無視し、傍若無人な行動を平気で行う国家のように見える。確かに、そうした証拠は無数に散見されるし、その現実は否定しようがない。

しかし、国連にいると中国はまったく違う国家に見えることが多い。日本から見ると、中国は安保理常任理事国であり、拒否権を振りかざし、自国の主張を世界に強硬に押し付ける国のように思われがちである。しかし、筆者が国連で観察していた中国は必ずしもそうした態度に終始していたわけではなかった。筆者自身は中国の専門家ではないので、中国の外交政策、国連政策を十分に解説することはできないが、限られた観察範囲から中国の国際機関での振る舞いについて考えて見たい。

ロシアの陰に隠れる中国の拒否権

常任理事国としての中国は、数字だけ見ると2000年代に入ってからの拒否権発動の数は6回であり、アメリカの11回(うち10回は国連に対して否定的だったブッシュ政権時)、ロシアの12回と比べても決して多いとは言えない。しかも中国が単独で拒否権を発動したケースは2000年代に入ってからは1度もなく、全てロシアと共に発動している。

しかも、これら6回のうち、4回はシリアに関する安保理決議に対する反対であった。中国はシリア内戦に対して直接の当事者ではなく、シリア問題について積極的に行動しているわけでもない。一般論として、中国はアサド政権の正統性を認めており、外国の介入による紛争解決には反対しているが、それは自国におけるウイグル族によるイスラム系テロとの戦いに外国から介入されたくないという政策に基づいたものであり、必ずしもアサド政権を維持しなければならないという信念や利益があるわけではない。

そのため、シリア内戦に関する決議でロシアとともに拒否権を発動したのは、中国の政策というよりもロシアとの関係を重視した結果と言えよう。

また、その他の2回については、2007年のミャンマーと2008年のジンバブエの人権問題であった。ミャンマーに対する決議案は安保理がミャンマーの軍事政権に対して武力による抑圧を非難し、民主派のアウン・サン・スー・チーとの対話を呼びかけるものであった(S/2007/14)。しかし、中国は安保理がミャンマーの内政に干渉すべきではないとして拒否権を発動している。この決議はアメリカとイギリスが提案国であり、ロシア、中国以外に南アフリカが反対し、インドネシア、カタール、コンゴが棄権した。

またジンバブエに対する決議案はムガベ大統領による野党勢力への武力行使と人権抑圧に対するものであり、武器禁輸とムガベ大統領をはじめとする政権中枢の個人資産の凍結などを含む制裁決議案であった(決議案の文書番号はS/2008/447)。当時、ジンバブエの問題は国際的にも報道され、深刻な経済危機をもたらしていたこともあり、多くの国が提案国となったが、ロシア、中国の他、リビア、南アフリカ、ベトナムが反対し、インドネシアが棄権した。

このように、シリア問題以外の決議案でも、中国だけが突出した立場を取っていたというよりは、欧米主導の人権問題や内戦への介入といった決議に対し、内政不干渉の原則から反対する拒否権であり、中国のみならず他の途上国も同調するような内容のものであったことが見て取れるだろう。つまり、中国は拒否権を持つ国であっても、その力を振り回し、独善的な政策を押し付けているというような行動をしているわけではないと言える。

ロシアと袂を分つ中国

ところが、今年に入って中国の拒否権の使い方に大きな変化が見られた。それは10月8日に採決に付されたシリア内戦に関する決議案S/2016/846であった。この決議案はアレッポをはじめとする都市でアサド政権側が市内への物資供給のルートを支配し、住民の食料や医薬品などの供給をストップさせていたことから甚大な人道危機が発生している状況を解決するため、停戦合意(CoH)を履行し、国連による人道支援物資の供給を可能にする回廊(カステロロード)を確保することを求める決議案であった。

しかし、ロシアはアサド政権の側に立ち、独自の対抗決議案(S/2016/847)を提案した。ここでは停戦の呼びかけや人道支援物資の供給を確保することを求める点では、フランスをはじめとする欧米諸国が提案したS/2016/846と大きな違いはないが、シリアにおける「イスラム国」(IS)系の組織であるヌスラ戦線のみを取り上げ、ヌスラ戦線との協力をしないよう求める点で大きな違いがあった。

ヌスラ戦線は元々アルカイダ系の組織ではあり、アサド政権の当面の敵であるが、ISとも交戦関係にあり、極めて複雑なシリア情勢において、各国の思惑が交錯する対象でもあった。ロシアがヌスラ戦線だけを取り上げるのは、当然ながらアサド政権を側面支援するためであったが、そうしたことを欧米諸国が認めるはずもなく、ロシア提案の決議案はあくまでもフランスが主導した決議案を潰すための方策とみられていた。

こうした中で、多くの国は中国がロシア提案の決議案に賛成し、ロシアとともにフランス主導の決議案に拒否権を行使するものと見ていた。

しかし、実際に投票にかけた結果、フランス主導の決議案に反対したのはロシアとベネズエラだけであり、中国はアンゴラとともに棄権に回った。これまでロシアとともに拒否権を発動してきた中国が、この決議案に対して棄権に回ったのは大きな驚きをもって受け止められた。

投票後の中国のステートメントでは、この決議案は重要な問題を多数含んでおり、反対するわけではないが、ロシア提案の決議案の方が内政不干渉原則を明示しており、そちらには賛成であるが、フランス主導の決議案にはその点がはっきりしないため棄権するとの投票理由が述べられた。

これだけ見れば、中国は必ずしもロシアと袂を分けたとは言い難いが、ロシア提案の決議案が否決されることは確実であり、国際社会ではロシアの論理は受け入れられないということを見越してロシア提案の決議案に賛成票を投じることでロシアとの関係を維持しつつ、国際社会に向けてはフランス主導の決議案に棄権することでロシアと立場を異にすることを示すという外交戦術を用いたと受け止められている。

このように、中国の安保理での行動は、国際社会に背を向けるようなものではなく、拒否権の使い方も抑制的であり、南シナ海や東シナ海で見せるような我の強いものではない。

死活的利益のみに関心を持つ中国

こうした中国の抑制的な姿勢は、決議案への投票行動だけでなく、安保理における様々な局面で見ることができる。安保理では決議案が起草される前に様々な駆け引きや交渉が行われ、それらの結果として決議案が文書化されていくのだが、その過程の中で、中国は常に一貫した姿勢をとっている。それは、やり取りの冒頭で自らの立場を明らかにし、当該案件に関する死活的な利益は何かを示唆し、それらに触れなければ文句は言わない、という姿勢である。

中国の死活的利益とは、一般的な原則としての内政不干渉や国家主権の尊重。これに加え、特にイランや北朝鮮の制裁に関する問題では、中国企業が対象となる分野での制裁や、中国企業を名指しで非難するような報告書の採択や、イランや北朝鮮の制裁破りの実態を中国が知りながら見逃していたと非難する決議を回避することなどである。

また、中国にとって核の不拡散は重要な問題ではあるが、通常兵器の拡散については重要な問題とは見ておらず、イランや北朝鮮の武器禁輸については、一般論としては賛成しつつも、欧米諸国のように、この問題に対して強い立場をとることはない。

また、ロシアは欧米諸国による一方的な独自制裁については強硬に反対しており(ロシア自身もアメリカやEUから制裁を受ける立場である)、国連による制裁も可能な限り最低限のレベルで履行すべきであると主張する一方、中国は一国による一方的独自制裁は反対するものの、国連安保理制裁の有効性は認めており、核の不拡散のためには国連制裁が重要である、という立場をとっている。

そのため、安保理における制裁に関しては、常にロシアが圧倒的な存在感を示して自説を強硬に主張し、交渉を難航させる主役であるのに対し、中国は言うべきことを言ってしまえば、あとは議論の成り行きを見守るだけなので、非常におとなしく見える。

もちろん、イランと北朝鮮では中国の関与の仕方が異なるため、北朝鮮問題については中国の死活的利益に触れる機会が多く、そのため、中国は国家エゴを丸出しにしているようにも見えるが、イラン制裁やそのほかの安保理での議論での姿勢と大きく異なることはなく、あくまでも自国の死活的利益を守ることに徹しているという印象を受ける。

これは言い換えると、中国は自らがイニシアチブをとって議論を引っ張ることは滅多になく、自国の思う通りの国際秩序を作り出そうとしているわけでもなく、あくまでも欧米やロシアが主導する国際秩序のあり方に対して受け身の姿勢をとり、攻めるというよりは守る姿勢が軸になっているということである。国連安保理のような多国間交渉の場で、拒否権という強力な武器があるにもかかわらず、積極的にイニシアチブをとろうとしていない中国の姿勢は大変興味深い。

鈴木一人

すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。

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(2016年10月28日フォーサイトより転載)