中国共産党の劉雲山党政治局常務委員が朝鮮労働党創建70周年の記念行事出席のために10月9日から12日まで3泊4日の日程で北朝鮮を訪問した。中国要人が3泊4日という余裕のある日程で訪朝することは最近では異例だった。
序列5位・劉雲山常務委員の訪朝
劉雲山氏は中国共産党で7人いる党政治局常務委員の1人で、政治序列は5位。金正恩(キム・ジョンウン)政権が発足して以来、最高位の中国要人の訪朝となった。これまでの最高位は、朝鮮戦争の休戦協定締結60周年の2013年7月に訪朝した李源潮国家副主席だった。李源潮氏は党政治局員であり、劉雲山氏の訪朝はこれより1ランク上の要人の訪朝となった。朝鮮労働党創建65周年の2010年10月には周永康党政治局常務委員(当時)が訪朝しており、この時のレベルに戻った形だ。
中国の習近平執行部はなぜ劉雲山常務委員を平壌へ送り込んだのだろうか。
中国は昨年12月の金正日(キム・ジョンイル)総書記の死亡3周年以降、積極的に関係修復の呼び掛けを続けていたが、北朝鮮側がこれに応じず、冷淡な対応を続けてきた。中国側の関係修復のメッセージを最初に発したのが劉雲山政治局常務委員だった。劉雲山氏は、金正日総書記の命日の昨年12月17日に北京の北朝鮮大使館を訪問し、金正日総書記の死亡3周年の記念行事に参加し「習近平同志が総書記を担う中国共産党中央委員会は中朝の伝統友誼を高度に重視する」とし「中国は朝鮮とともに、長期的で大局的な見地から、中朝の伝統友誼を維持・保護し、確固として発展させていくことを希望する」と述べた。
劉雲山氏は冷却化した中朝関係を修復するきっかけをつくった人物である。中国共産党は党政治局常務委員会で劉雲山氏を北朝鮮担当にしたのかもしれない。
「党対党外交」の復活と外事弁公室の登場
休戦協定締結60周年では李源潮国家副主席が「国の代表」として訪朝したが、今回は朝鮮労働党中央委の招請による中国共産党の代表団である。中朝間の本来の姿である「党対党外交」が復活した形となった。中国側の発表を党中央連絡部が行ったこともこれを示している。中国側代表団には、王家瑞対外連絡部部長、劉洪才同部副部長(前駐平壌中国大使)、中国共産党中央外事弁公室の宋涛常務副主任らが参加しており、久しぶりに中国共産党人脈が復活した感じだった。
ただ、これまでの中朝間の党対党外交では、党中央連絡部が中心であった。今回は党中央外事弁公室の宋涛常務副主任も代表団に参加した。党中央外事弁公室は、習近平党総書記がトップを務める中国共産党中央外事工作領導小組の常設事務局である。今後の中朝間の党対党外交が党中央連絡部だけでなく、党中央外事弁公室も関与する可能性を示唆した代表団の構成だったのかもしれない。
これが党中央連絡部と習近平総書記に直結する党中央外事弁公室がタッグを組んで対朝外交を担うという意味なのか、習近平執行部が党中央連絡部のハンドリングでは満足できず党中央外事弁公室も登場させたのかは、今後の推移を見る必要がある。
この間の中朝関係の冷却化の原因の1つは中朝双方の党外交の担当者の役割が低下したことでもあった。中国側では王家瑞党中連部長の役割が低下し、北朝鮮側では対中担当だった金永日(キム・ヨンイル)党国際部長兼党書記が更迭され、対中関係の経験のあまりない姜錫柱(カン・ソクチュ)党政治局員が党国際部長兼国際担当書記に就任した。
中朝間の外交戦
先述のように、中国側は昨年末から関係改善を求めるラブコールを送り続けたが、北朝鮮側はこれを無視し、冷たい対応を取り続けた。9月9日の建国記念日には、海外から来た祝電の紹介で、中国指導部の祝電をロシアやキューバより下位に扱い、今年3月に平壌に赴任した李進軍大使は現在にいたるまで金正恩第1書記との接見ができていない。過去には考えられなかったことだ。
こうした一連の北朝鮮側の対応に業を煮やしたのか、中国側の対応も冷却化した。北朝鮮は中国が9月3日に開いた「抗日戦争・反ファシズム戦争勝利70周年」の記念式典に崔龍海(チェ・リョンヘ)党書記を派遣した。しかし、崔龍海氏は約30人の最高指導者級来賓の1人に入ったが、軍事パレードを参観した天安門城楼の上で最前列にはいたものの一番端に位置された。習近平主席との個別会談も実現せず、崔龍海党書記は予定を切り上げ、その日のうちに帰国してしまった。中国が訪中した朴槿恵(パク・クネ)大統領を最大限にもてなしたのとは好対照を示した。
さらに、北朝鮮が実質的には長距離弾道ミサイルである人工衛星を打ち上げる姿勢を相次いで公表し、中国はこれに反発した。
中国は「抗日戦争・反ファシズム戦争勝利70周年」が終わると、様々なルートを通じて北朝鮮が事実上の長距離弾道ミサイルである人工衛星の発射は国連安保理決議違反であり自制すべきであると警告を続けた。中国の王毅外相は6カ国協議の共同声明発表10周年の9月19日、「各国に情勢を緊張させるような新たな行動を取らないよう呼び掛ける」と述べ、北朝鮮に自制を求めた。
こうした中国側の対応に反発してか、北朝鮮は9月30日に金正恩第1書記、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長、朴奉珠(パク・ボンジュ)首相の連名で、中国の建国66周年に際しての祝電を送ったが、これは「中国共産党と中華人民共和国政府と人民に祝賀を申し上げる。中華人民共和国の富強繁栄と貴国人民の幸福を祝願する」という短く、素っ気のないものであった。
しかし、北朝鮮は10月10日の党創建70周年が迫っているにもかかわらず、人工衛星の発射を発表しなかった。人工衛星を発射するのなら、国際海事機関(IMO)など関係国際機関に飛行予測ルートなどを事前通告しなければならなかったが、こうした措置はなかった。人工衛星の打ち上げの場となるとみられていた北朝鮮北西部の東倉里の発射場でも具体的な動きはなかった。
中国は党の高位代表団を送っても、北朝鮮が人工衛星を打ち上げれば面子は丸つぶれとなる。人工衛星打ち上げはないことを確認した上で、中朝両国は10月4日に同時に劉雲山常務委員をトップとする代表団の派遣を発表した。
中朝の戦略的血盟関係
習近平総書記は9日に平壌入りした劉雲山常務委員に同総書記の親書を託したが、同日付で、さらに金正恩第1書記あてに祝電を送った。祝電は「中朝の友誼には輝かしい伝統がある。われわれは朝鮮の同志とともに努力し、中朝の友誼をしっかりと守り、固め、そしてしっかりと発展させ、両国と両国人民に幸せをもたらし、地域ひいては世界の平和と安定のために積極的で建設的な役割を発揮していきたい」と訴えた。習総書記は中朝の伝統的友誼を確認しながらも、それが「世界の平和と安定」に寄与するものでなければならないと釘を刺したともいえる。
金正恩第1書記は劉雲山常務委員が訪朝した10月9日に会見に応じた。北朝鮮のテレビは出合い頭から双方が抱き合う友好的な映像を放映した。劉雲山常務委員は会見で習近平党総書記の親書を伝達した。
金正恩第1書記は劉雲山常務委員らの訪朝が「両党、両国間の立派な伝統を継承し、発展させることに積極的に寄与する意義深い訪問になることを願う」と述べた。
金正恩第1書記は、この上で「朝中関係は単なる隣との関係ではなく、血潮でもって結ばれた友好の伝統に根ざした戦略的関係になってきた」とし「金日成(キム・イルソン)主席同志と金正日総書記同志がわれわれに残した最大の対外事業業績と遺産も朝中友好である」と語った。
金正恩第1書記は中朝関係は単なる隣国関係でなく「血潮で結ばれた戦略的関係」と強調した。この上で「伝統は歴史の本や教科書に記録するのにとどまるのではなく、実践で継承し、輝かしていかなければならない」とした。
一方、劉雲山常務委員は習近平党総書記の親書を伝達したが、習総書記は親書で「中国の党と政府は、両国関係を高度に重視しており、戦略的高みと長期的な角度から両国関係の発展を見据え、関係を維持し、強化し、発展させていく」と強調した。さらに習総書記は「われわれは両国関係の大局と、両国の発展という大計から出発し(中略)両国関係の発展を推進して行きたい」と述べた。
劉雲山常務委員は昨年12月の弔問でも「長期的で大局的な見地から」の中朝友好関係を強調した。中国は目先のことや両国関係だけでなく「長期的で大局的見地」からの中朝友好を求めているというわけだ。
金正恩第1書記は「戦略的血盟関係」を強調し、それは記録するだけではなく「実践」で輝かしていかねばならないと強調した。一方の習近平総書記は「長期的な角度」や「大局」「大計」を強調しながら関係発展を訴えたが「血盟」の言葉はなかったようだ。
両者の視点には微妙な違いがある。金正恩第1書記は「戦略的血盟関係」を強調して「実践」を求めた。習総書記は長期的な視点、大局観からの関係発展を訴え、近視眼的なアプローチをむしろ戒めているようにも映る。双方は「伝統的友好関係」を確認したが、関係発展の方向性では違いがあるということだ。
また、中国側の発表では劉雲山常務委員は「中国は朝鮮半島の非核化実現の目標を堅持している」と強調した。劉常務委員はさらに金正恩第1書記に6カ国協議の早期再開を呼び掛けた。しかし、北朝鮮側発表ではこの部分はなく、中国側が北朝鮮に最も強く求めている非核化や6カ国協議再開について金正恩第1書記が消極的な姿勢を示した可能性が高い。
主席壇で手を取り合い友好演出
金正恩第1書記は10月10日の党創建70周年の軍事パレードを含む記念式典では外国ゲストでは唯一、劉雲山常務委員だけを「主席壇」に招待し、自身がすぐ横に立って中朝の伝統的友好を内外にアピールした。さらには劉常務委員の手を取って2人で両手を挙げて群衆の歓呼に応えた。他の外国のゲストは別の区画の「主席壇招待席」でパレードを参観した。
金正恩第1書記はパレード中にも劉常務委員にたびたび話しかけ、談笑し、この光景が朝鮮中央テレビで繰り返し流れた。金正恩第1書記は2013年7月の「祖国解放戦争勝利60周年」(朝鮮戦争休戦協定締結60周年)で訪朝した李源潮副主席に対しても極めて手厚くもてなした。この時も2013年前半に北朝鮮が休戦協定の白紙化などを宣言し、中朝関係が悪化したが、主席壇での中朝友好アピールで関係を修復した。
今回の劉雲山常務委員の訪朝もこの時の光景の再演だった。金正恩政権はこれを世界に発信するために今回、100人以上の外国メディアの入国を認めた。
金正恩第1書記の訪中は?
中朝両国は劉雲山常務委員の訪朝で冷却化していた中朝の伝統的友好関係をいったん修復することには成功した。新華社によると、劉雲山氏は10月10日に金永南最高人民会議常任委員長との会談の場で、金正恩第1書記との会談で双方が「伝統的友好関係を継承、推進」することで一致し、金正恩第1書記と「広範な合意」を達成したと明らかにした。
劉雲山氏の語った「広範な合意」は具体的には明らかになっていないが、両国の高位級幹部の相互訪問、経済協力、文化交流などを活性化させるとみられる。
しかし、ここで注目されるのは、習近平党総書記の親書や金正恩第1書記と劉雲山常務委員の会談に関する報道でも、金正恩第1書記の訪中には言及されていないことだ。
最高指導者の招待については、通常外交的に「都合の良い時期に訪問してほしい」との言及がなされ、その後に政府や党の外交当局者間で具体的な日程調整が始まる。
しかし、中朝双方は今回の劉雲山常務委員の訪朝で、冷却期間を脱して伝統的な友好関係の修復を宣言することには成功したが、伝統的な友好関係を修復したわけではない。
今後、幹部クラスの往来や経済協力などを通じて関係改善の中身を検証していく作業が始まる。
中国にとって無関心でいられないのは、北朝鮮が事実上の長距離弾道ミサイルである人工衛星の打ち上げをどうするのかという問題である。関係修復に動き出し、すぐに北朝鮮が人工衛星を打ち上げれば、中国は日米韓をはじめとする国際世論との板挟みになり困難な対応を迫られる。
中国としては北朝鮮が人工衛星発射をどうするのかの見極めを付ける前に、軽々しく金正恩第1書記を北京に招請することはできない。
その意味で、今回の劉雲山常務委員の訪朝で、金正恩第1書記の最初の海外訪問はやはり北京になる可能性が高くなったが、それが実現するまでは中朝間の伝統的友好関係の内実の変化、外交的調整、北朝鮮の核・ミサイル政策の推移などを経なければならないとみられ、それには一定の時間がかかるだろう。(つづく)
平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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(2015年10月19日「新潮社フォーサイト」より転載)
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