妻の体調不良で突然ワンオペ育児に 作家・海猫沢めろんさんが自身の壮絶な経験を語る

「"SSD"を揃えて先手を打って」

ラシク・インタビューvol.98

小説家 海猫沢 めろんさん

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突然見ず知らずの赤ちゃんを育てることになった歌舞伎町のホストがクラウドファンディングで子育て支援を募る、という新時代の育児小説『キッズファイヤー・ドットコム』(講談社刊)を上梓した海猫沢めろんさん。

ご自身もワンオペ育児を経験したことから、小説の着想を得たというめろんさんは、当時を振り返って「このままじゃ子どもが死ぬか、自分が死ぬかのギリギリの状態だった」と語ります。

圧倒的に母親が経験することの多いワンオペ育児について、どうしたらパートナーは理解してくれる?ワンオペ育児の解消法は?などめろんさんの壮絶な体験とともにお話してもらいました。

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夜は寝ずに仕事をして、朝保育園に連れて行ったら帰宅して寝る日々

半年近く続いたワンオペ育児

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編集部:「キッズファイヤー・ドットコム」はめろんさんご自身の体験がベースになっているとのことですね。実際ワンオペ育児だったのはいつ頃の話なんですか?

海猫沢めろんさん(以下、敬称略。めろん):子どもが1・2歳の頃、2012、3年頃ですね。妻の体調不良のため、1人で子どもの面倒を見る生活でした。

認可保育園に入れなかったので、認証保育園にと思っていたらそこも何十人も待機状態で、ここなら空きがあると紹介された系列園に電車を乗り継いで通わせてました。

朝8~9時に保育園に行こうと思うとちょうど通勤ラッシュの時間帯ですよね。そこに抱っこ紐で乗車しようとするとみんな、「えっ乗るの?」みたいな顔をするんですよ。

事故になったときに加害者になりたくない、みたいな雰囲気で。

編集部:2012,3年ってまだ『ワンオペ育児』という言葉もなかったと思うんですが、その状態をどのように捉えてましたか?

めろん:考えたら終わらない気がするから目の前にあることだけこなしていた感じですね。認証保育園だったから結構お金もかかったけど、お金のことは無くなったら考えようって。

それまで家計簿もつけてたんですけど、あれは良くないんですよ、何か月でこれくらい減っていくとか分かると「今死ぬしかない」みたいな思考になりますから。

編集部:確かに現実が見えてきますからね。それにしてもすごく切迫した感じが伝わってきます。

めろん:先のことは考えず今あることだけする、そして夜、仕事するという生活でした。元から夜型人間なのでそれは全然平気でそのまま寝ずに朝保育園に連れて行って、自分は帰宅してから寝てました。

子どもが家にいない間は確実に寝られますから。その生活が半年くらいは続きましたね。

編集部:考えないようにと思いつつも、ワンオペ育児の経験を作品に反映しようと思ったきっかけは何だったんですか?

めろん:その当時はしたくなかったですよ、もう辛すぎてネガティブなことしか書かないだろうから。今はある程度落ち着いてるから振り返れるけど、渦中にいたら書けなかったですね。

赤ちゃんが生まれたらお母さんには休む間もない

そこからワンオペ育児への"洗脳"が始まっているのかも

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編集部:今、散々ネット上でもワンオペ育児の辛さが語られてますが、その多くはママが経験しているものですよね。その辛さってパパも経験しないと理解できないものだと思いますか?

めろん:絶対分からないと思いますね。

僕は場所と意識って繋がっていると思っていて、「自宅=休む場所」なので家では仕事ができないんですよ。

大抵のお父さんには職場があって、家と職場だと意識が切り替えられるけど、ワンオペ育児しているお母さんって、ずっと家にいるから意識が切り替わらなくて脳に負担がかかるんじゃないかな。

たとえ日曜は休んでいいよって言われても同じ家にいたらメンタルも切り替わらないだろうし。これって社会全体からワンオペ育児に違和感を持たないような仕組みになってるせいだと思うんです。

女性は、赤ちゃんが生まれたらすぐに3時間ごとに授乳させられたりとか体がヘトヘトになっているのに休ませてもらえない。

その時点で参ってるし、どう考えても合理的じゃないんだから、生まれたら3、4日くらい父親に強制的に育休を取らせて母体を休ませて、その間は赤ちゃんは父親と過ごして母乳とミルクの混合で育てるくらいにした方が、母親のメンタルも楽になると思うんですよね。

だけど「母親がやらなきゃいけない」みたいな"母性イズム"に基づいた思想の洗脳がそこから始まっていて、ワンオペ育児もその発想から来ているように思います。そして女性も産む前から内面化させられている部分があるんじゃないかな。

ちょっとラディカルなところがある女性ですら「子どもは私が面倒見なきゃ」って思っている気がします。

男性はまずその刷り込みがないし、生きてる中で子供の面倒を見なきゃいけないなんて言われてきていないし、「やりたくないからいいや」って胡坐をかいてる部分もあると思う。

欧米だと学校教育の中で赤ちゃんを育てる授業があったり、中高生がベビーシッターのアルバイトをしたり、赤ちゃんと触れる機会も多いので、教育の問題でもあるでしょうけど。

子どもが不機嫌になるポイントや法則は、一緒に過ごしてみないと分からない

編集部:実際ワンオペ育児を経験する前と後で意識は変わりましたか?

めろん意識というより、それまで育児参加していなかったから見えていなかった現実に気付くかどうかだけですね。

人間って知ってることなら類推できるけど、知らないことには共感できないじゃないですか。だって僕らには火星人の苦しみなんて分からないし(笑)

たとえば、お母さんって子どもは20時、21時には寝てほしいって思うから寝かしつけをしますよね。

だけどお父さんは無責任だから、時間を無視して遊ばせたり、リズムを平気で崩して、お母さんにキレられちゃう。だけど男性は楽しいんだからいいじゃん、どうせ寝たらすぐ回復するんだしって思うんですよ。

ただ、そのノリで旅行に行ったりして、寝不足だけど移動しなきゃいけない...みたいな時に子どもが別人格のように機嫌が悪くなるってことに初めて気づくんですよね。

そこでやっと「生活リズムを整えて寝るときは寝かせないといけないのか」って分かるんです。会社に行っちゃえば日中子どものそういう姿を見ないから分からないんですよね。

編集部:そうそう、ご飯を作ってあげるとか洗濯とかだけじゃなくて、生活のリズムを作ることも子育ての重要な要素ってことは知られてないですよね。

めろん子どもにも性格とかクセみたいなものがあって、こういうポイントや法則でこれが発動して不機嫌になるから、その前には寝かせておこう、みたいなものって普段一緒にいて見てないお父さんだと分からないんですよね。

しかもそれをお母さんがいくら言っても「考えすぎだろ」とか相手にされないし。

だけど、その不機嫌で手に負えないような目に一度でも遭えば、今後はその状態を避けたいから多分協力、共感できるんじゃないかなって。

子どもを預けて、もし何かあったら自分のせいと思うと預けられなかった

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編集部:究極の合理性を追求したクラウドファンディングでの子育て支援が「キッズファイヤー・ドットコム」では描かれていますが、現実の世の中では家事代行とかベビーシッターとか子育てに合理性を求めることを嫌がる傾向もありませんか?

めろん:それはあるし、僕にもあったんですよ。

編集部:えっ、それは意外な...。

めろん:0歳から2歳くらいまでの間は子どもを育てたことのない人の家に預けることはまずできなかったです。部屋のここが角尖ってるとかここに段差が、とか考えるとこわいから。

男はまたフィギュアとかガンプラとか地震が来たら一発で倒れるようなものを微妙な角度で置いていたりしますしね...。

子どももデリケートすぎるから責任を負わせちゃうのもこわいし、何かあったら「自分が預けたせいでこんなことに!」って思ってしまうだろうし、基本的に悪いことばっかり考えてましたね。

ちゃんと資格を持ってる人に預けるならいいんだけど、まず最初に顔を合わせて慣らしがあって、とか使うハードルがまた高いんですよね。

こっちは今この3時間預かってほしいのに前段階が面倒くさくて、なかなか手が出ないっていうのも分かるんです。

今はもう大丈夫だろうって思ってますよ、小学校から全寮制でもいいんじゃないって思うくらいです(笑)

システムを整えれば気分に余裕ができる、だから"SSD"を揃えて先手を打って

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編集部:死にそう、死ぬかも、とう切実な想いでいたことがよくわかりました。いま、小さい子どもを育てながら必死で頑張ってる、お父さんお母さんたちに伝えられる、メンタルをやまずに乗り切る方法って何かありますか?

めろん:決定打に関しては僕も知りたいくらいですけど、リソースの問題だとしたら、僕が"SSD"と呼んでいる食洗器と洗濯乾燥機と電動自転車、この三種の神器をとりあえず揃えろと言ってますね。僕はこれに救われました。

気持ちに寄り添う方が重要じゃない?って言われることもあるけど、気持ちが追い詰められてるって結局システムがうまく回ってないからだし、システムが整ってたら気分に余裕ができて、メンタルにくるとしてもだいぶ後になります。

だから合理化できるところはメンタルがやられる前に先手を打っておいたほうがいいですね。家に段差を作らないとか。

決定打はないかもしれないけど、終わらない子育てはないです。小学校になったら「子育て」というより「教育」になっていきますし。

だからそれまでは罪悪感を感じるかもしれないけど、サボっていい、壊れる前にギブアップするってことを覚えててほしいですね。

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インタビューの間、数えきれないくらい「これじゃ死ぬ」「死にそう」と繰り返して、ワンオペ育児の辛さを語っていためろんさん。小説家という職業柄もあるのでしょうが、想像力の豊かさとリアリティの表現が非常に「ママ」の感覚と近く、今までお話を聞いてきたパパとはまたひと味違うお話が聞けました。

中でも「子どもが不機嫌になるポイントは、一緒に過ごしていないと分からない」というのはこの日一番の「あるある」ネタ。なかなか女性だけで話していると顕在化しない問題にフォーカスできるのはやはり男性目線ならでは。新鮮な気持ちになれるインタビューでした。

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【海猫沢 めろんさんプロフィール】

高校卒業後、紆余曲折を経て上京。文筆業に。『左巻キ式ラストリゾート』でデビュー。小説以外でも、エッセイ『頑張って生きるのが嫌な人のための本~ゆるく自由に生きるレッスン』、『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』など多数。近著『キッズファイヤー・ドットコム』(講談社)

ボードゲーム、カードゲームなどのアナログゲームを製作するユニット「RAMCLEAR」代表。

最新作、『愛についての感じ』 (講談社文庫) が好評発売中。HP:海猫沢めろん.com

ワーママを、楽しく。LAXIC

文・インタビュー:真貝 友香

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