こどもの認知発達のスペシャリスト沢井佳子先生に聞く「発達心理学」の話

「できるようになることの『順番』さえ理解していれば、『何歳だから何ができる』という育児情報に惑わされることは少なくなるでしょう」

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ラシク・インタビューvol.122

沢井 佳子先生

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子どもの発達は子育て中のパパママにとっては大きな関心事。「うちの子は周りと比べて発達が遅いのかな?」と悩んだ経験のある人も少なくないかもしれません。

静岡大学情報学部客員教授の沢井佳子先生は、誰もが知っている幼児向け教育コンテンツの監修も務める、認知発達支援と視聴覚教育メディア設計の専門家。

沢井先生に子どもの発達に関する素朴な疑問を投げかけてみました。

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小学生の時に、クラスメイトのお世話をまかされたことが、

心理学に興味を持ったきっかけ

編集部:沢井先生が、発達心理学を志そうと決めたきっかけは何だったのですか?

沢井佳子先生(以下、敬称略。沢井):私は小さいときからずっと「考える」ことに関心がありました。

小学校高学年になると、担任の先生から授業についていけない子たちの面倒を見てほしいと頼まれ、授業中は、先生とその子たちの橋渡しのような役をしていたんです。

問題をかかえる男の子の隣りに座って「この子はどういう理解をしているのかな?」とか「字は書けないようだけど、話を聞いて内容はどこまで理解しているのかな?」とかを気にしながら「その子が授業を理解するための支援」をしていたわけです。そのころから、人間の「考え方」や発達に興味がありました。

そうした興味はずっと続き、大学に進学する際、心理学を専攻しようと決めて、18歳から心理学研究ができる学習院大学心理学科に入学しました。そこで、発達心理学者として著名なピアジェが書いた「子どもは数をどう理解するか」という内容の英文エッセイを読み、認知の発達に興味を持ちました。

ピアジェは、「子どもが数を理解するには、実際に手で物を動かしながら考え、実に多くの段階を踏んで学んでいる。その段階を順に進むことで、やっと"数"という概念を理解する」と説明していて、彼の実験の巧みさに感動したんです。そして20歳のときに、幼稚園の入園テストの試験官のアルバイトをしたんですが、数の概念についての質問を、2歳から3歳の子どもにしたとき、子どもの間違いがピアジェの理論通りであることが確かめられて、発達心理学の面白さを再発見しました。

学部卒業後は、お茶の水女子大の大学院に進み、修士課程を終えたあと、師事していた藤永保先生が監修をなさっていた『ひらけ!ポンキッキ』の制作に、心理学スタッフとして毎週の会議に参加し、番組作りや視聴調査に関わることになったんです。1984年、私が博士課程の学生のころでした。

フジテレビは、1970年代初めには「母と子のフジテレビ」と呼ばれていたほど、家庭の教育をテーマとした番組が多かったんです。1973年に始まったポンキッキは、その中でも、子どもの知能の発達に着目した、まったく新しい教育番組だったんですよ。

発達心理学の権威たちが制作に関わっていた『ひらけ!ポンキッキ』

編集部:私も小さいとき『ひらけ!ポンキッキ』を見ていましたが、そんな経緯があったとは!

沢井:「子どもの知能の発達」に着目した番組制作のムーブメントには、アメリカで『セサミストリート』が大ヒットしていたという背景があるんです。1960年代まで、子ども向けの番組は15分番組が主流でした。子どもの集中力の限界が15分程度だと思われていたからです。が、新しいセサミは1時間番組で画期的でした。なぜ、子どもの注意を1時間もひきつけられるのか? 子どもがテレビ視聴から、何を記憶しているかを調べると、それはコマーシャルでした。コマーシャルソングならすぐに覚えて歌ってしまう、そこを逆手に取って、教育的な内容を細切れに分けて、面白くつなげた1時間番組にしようと、発達心理学の知見を入れて作られたのがセサミでした。その結果、セサミは世界的に大ヒットしていますよね。

ポンキッキもそうした、革新的な教育番組の潮流に大きく刺激を受け、同様のチャンレジをすべく、1971年ころに、発達心理学の専門家が番組企画のために集められました。

4人の番組監修者は、東大の東 洋先生、お茶の水女子大の藤永保先生、東京女子大の新田倫義先生、国立教育研究所の永野重史先生らで、日本の心理学界の中心的な先生方でした。この4人の先生方のカンカンガクガクの議論を経て、番組のカリキュラムと骨格が作られたわけです。番組開始から11年を経た1984年に、大学院生であった私は、番組編成の会議に呼ばれ、「子どもがどう認識し、学習するのか?」「論理的判断はどのようにできるのだろう?」という問題を考えながら、ディレクターらと一緒に知恵を出し合う日々を送りました。このように、番組の企画において、心理学監修が緻密になされていたのは、「ひらけ!ポンキッキ」までであり、その後の「ポンキッキーズ」は、かなりバラエティー番組化して、教育番組としての骨格がゆるんでいってしまいました。

1988年の、「ひらけ!ポンキッキ」の心理学監修体制の終了後は、私は出産をして男の子の母になり、大学の講師も務めていました。その後2000年にベネッセのしまじろうのビデオを、ポンキッキの元ディレクターらが制作することになったので、監修として協力してほしいと依頼され、再び映像関連の監修を務めることになりました。いわば、ガチャピンの紹介でしまじろうのお世話をするようになったのですが、以来、今世紀からベネッセの幼児教育シリーズ「こどもちゃれんじ」の制作に監修者としてたずさわることになりました。ビデオ映像のほか、絵本やワークブック、教育玩具の設計、アプリなどのコンテンツ開発もずっと続けています。

とりわけ、2012年から放送を開始した幼児教育番組「しまじろうのわお!」(テレビ東京系列)は、立ち上げの企画から私が監修者として携わった番組です。 「いのち」をテーマに、子どもに「考える機会」を多様に与える、今までにない幼児向け教育番組なんです。ドイツのワールドメディアフェスティバルで教育部門の大賞をいただいたほか、国際エミー賞の幼児向け番組部門にもノミネートされるなど、国際的に高い評価をいただいたのは、とても嬉しいことでした。「しまじろうのわお!」は、大人の方々にも、お子さまとご一緒に、ご覧いただきたいと願っています。

子どもの発達は年齢で輪切りにするのではなく、

順番を把握することが大事

編集部:発達心理学というと私たち子育て中のお母さんは知りたいことがたくさんあります。中でも「うちの子、発達が遅いんじゃないか?」という不安をどう払しょくするか、何を基準にすればいいか、という悩みは、なかなか情報が見つからなくて困っている人も多いように思います。

沢井:不安だからといって、「うちの子はいま3歳だから3歳の発達の本を読もう」となると、そこからズレていた場合に余計不安になるでしょうから、おすすめしません。それよりも「何かができるようになってゆく順番」を一通り把握するのが良いと思います。

「お隣の子は同じ月齢でぺらぺら喋っているのに、うちの子はまだ言葉が出なくて......」と悩んでいたとしても、大人の問いかけに対してうなずいたり、指差しで物を示そうとしていたりすれば、言葉を発するのは時間の問題ですから心配いりません。私たち大人だって言葉の通じない外国へ旅行したときには、「これください」と指差しますし、それで通じますよね。言葉の前の認知とコミュニケーションとして、指差しは理にかなっているんです。

このように、だいたい1、2歳から10歳くらいまでの間にできるようになることの「順番」さえ理解していれば、「何歳だから何ができる」という育児情報に惑わされることは少なくなるでしょう。男女差だって相当ありますし、子どもの発達には時間的なズレは必ずあると思っていてほしいですね。

富士山は、てっぺんにいくほど狭くなりますが、裾野は実に広大であるように、子どもの発達も、年齢が幼いほど、幅が広いものなのです。「まだ2合目に到達していない!」って思っても、1合半までは進んでいるかもしれないですし、低い裾野ほど、膨大な量の発達を、幅広く、みっちりと、なしとげているんです。表面の山肌だけを見て、一喜一憂しないことですね。

ですから、2歳の発達、3歳の発達、という形で輪切りにするのではなくて、10歳くらいまでの発達全体を、長い目でご覧になればいいんじゃないかしらと思いますよ。

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何気なく「発達」という言葉を日々使ってはいるものの、非常に奥が深く、聞けば聞くほど、「認知」や「発達」について詳しく知りたくなるお話でした。その月齢を輪切りにして、他の子と比べるのではなく、10歳までの見通しを把握することを、私も「子育ての一つの道しるべ」にしてみたいと思います!

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文・インタビュー:真貝 友香

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