公教育から始める「子どもの学び大革命」

世田谷区では2019年2月から初めて「公設民営フリースクール」の運営を始めます。

明治以来、連綿と続いている学校教育の現場にも、大きな変化の波が押し寄せています。

昔から永遠不変に変わらないと思われてきた教育のあり方や授業、子どもたちの学びにもパラダイムシフトが起きようとしています。大量生産と大量消費の「経済成長モデル」の時代はすでに終わりました。猛烈な受験勉強をして、難関の志望校に合格すれば生涯安泰という「学歴神話」も瓦解しています。

過去の労働現場では、丸暗記でもいいから、早く正確に「正答」を覚えて試験問題を処理をしていく「学力」を必要としました。また、上司の指示に従順で、でしゃばりすぎず自己主張を抑えた「期待される人間像」を理想とし、「言われた通りに動き、物事を深く考えないこと」すら求めたのです。こうした「学力観」は急速に色あせています。

世田谷区では2019年2月から初めて「公設民営フリースクール」の運営を始めます。

旧区立希望丘中学の跡地に、不登校の子どもたちを対象とした教育支援センター「ほっとスクール希望丘」を開設し、長年にわたりフリースクールの運営経験のある特定非営利法人 東京シューレに運営委託をすることが決まっています。すでに、「城山」「尾山台」と区内で2カ所ある「ほっとスクール」 は、教育委員会の直営で運営していますが、今回のスタートは「公設民営」という特徴があります。教育機会確保法の成立により、「不登校生徒に教育機会の確保」が明確になったことも、こうして、一歩を踏み出す背景にあります。

自治体の首長が教育長と教育委員と公開で意見交換する「総合教育会議」が全国一斉に始まっています。世田谷区の場合は、3年前から一般区民や保護者、教員も参加する公開シンポジウム形式で開催しています。たとえば、2017年のテーマは、『幼児期からの豊かな「遊びと学び」の環境づくり』『学びの質的転換」と「新教育センターの役割』『「配慮を要する子どもたち」と「学びの多様性」』『子どもの可能性を伸ばす学校外の教育環境』でした。 どれも深いテーマなので、教育総合会議と相互補完する形で教育委員会主催の教育推進会議を連続して開催することにしています。また、年に一度は区民参加のワークショップも開催しています。

世田谷区総合教育会議の開催について | 世田谷区

今年も、教育推進会議+総合教育会議は、7月27日午後に世田谷区民会館ホールで行われました。冒頭に始まったのは「遊びから学ぼう」と題した教育委員会主催の教育推進会議で、乳幼児教育のシンポジウムです。昨年、教育委員会と区役所保育課の合同チームが、イタリアのレッジョ・エミリア市を訪問しています。レッジョ・エミリアでは、子どもの主体性を重んじて、アートで感性を磨く魅力的な幼児教育のプログラムは、まち全体の地域によって支えられています。

日本と違う!レッジョエミリア教育のココがすごい! - Chiik! - 3分で読める知育マガジン - https://chiik.jp/articles/GMjrA (Chiik)

「レッジョ・エミリア・アプローチ」とは、イタリア、レッジョ・エミリア市の幼児教育の場において40年にわたり実践され、近年欧米の著名幼稚園を中心に世界中で注目されている教育アプローチです。子どもたち1人1人の意思を尊重し、個々に持つ感性を生かすことが最も重要であるという理念の下、常に子どもが学ぶ権利を考え、コミュニケーションのとり方、その為の環境を重視した教育現場を作り上げています。

堀恵子教育長は、「世田谷区幼児教育・保育推進ビジョン」の委員長を引き受けてくれた汐見稔幸(しおみ・としゆき)さんが、「コンピューターが情報処理をしていく時代の中で人間にしかできないものは、デザインする力、価値判断であり、芸術やアートが大事なのはその点を育むからだ」と指摘したことを紹介し、レッジョ・エミリア市の教育実践は参考になると、現地に赴き、保育課区職員と幼稚園や学校教育にあたる教育委員会と合同で視察報告をしました。

堀教育長は、「レッジョ・エミリア市では、第2次世界大戦後の復興に向けて、女性たちが中心となって語り合い、二度とこのような過ちを犯さない人を育てるために乳幼児教育に力を入れ、市民の力で幼稚園が建てられたことが始まりとなっている」と紹介しました。レッジョ・エミリアの幼児教育が地域全体に支えられている経緯にも触れました。小さな市民としての子どもを主体的な存在としてとらえて、小さな市民としての存在を尊重し、社会の構成員として育んでいます。

シンポジウムでは、コミュニティに開かれた「まちの保育園・こども園」https://machihoiku.jp/の代表、松本理寿輝さんが、レッジョ・エミリアと、自ら展開する幼児教育を語りました。「レッジョ・エミリアでは、0歳から6歳までの子どもは、ひとりの市民であり、よい育ちと学びの権利を持つ。いま『ない』ことに目を向けるよりも『ある』ことを着目する。街全体としてのコミュニティスクールであり、全世代がつながる学びと育ちのプロセスがある」ことに注目し、松本さんの保育園には地域コミュニティ参画を役割としているコミュニティ・コーディネーターを置いている事を紹介しました。

「遊びから学ぼう」とは、なかなかチャーミングなキャッチコピーです。振り返れば、昔から今にいたるまで、「遊んでばかりいないで勉強しなさい」と言われ続けていました。これからの時代に問われる「学び」とは、偏差値や点数等に数値化されやすい認知能力とは対極に位置している「非認知的能力」であり、予想できない物事の展開の中で進路を見いだしたり、友達と相談してチームワークを形成して動いたりすることにより育ち、他者の置かれた状況に想像力をめぐらして共感し共に何かできないかを考え、失敗してもいいから動いてみるという遊びの中で培われ、育っていく力です。

「遊びの創るカタルシス」も凄い力があります。身体を動かして、感情を振幅させ、声を出して、我を忘れて夢中になるという経験は、子どもの中に残留するストレス、不快感、不全感、コンプレックス等を薪のように積み上げてガンガンと燃やします。この昇華=カタルシスによって、感情の土台が形成されていきます。「遊び」は、子どもの成長にとって不可欠な土壌です。子どもの時間を区分して、お稽古事や塾、スポーツクラブ等で忙しく過ごすこと以外に「自分で自分のやることを決める」という自由時間が必要です。

私は子どもの頃に、あり余る時間をどう使うか悩んだ経験があります。「ボーッとしている時間」もありました。今でも、子どもの成長をプログラム通りにコントロールしようという親にとっては、「なんと非効率な」ということになるのでしょう。でも、私は反論したいと思います。「自由時間はひとときさえなかった。一日中、やることを親によって決められてきた」という子どもに「主 体的・対話的な深い学び」=アクティブラーニングを求めるのは酷ではないでしょうか。

総合教育会議では、時代の転換を受けた今後の教育のあり方について、「学びの質の転換」にもふれて、文部科学省小松親次郎審議官からお話をしてもらいました。紹介されたのは、新学習指導要領の諮問(平成26年)にある次の内容です。

「学ぶことと社会とのつながりをより意識した教育を行い、子どもたちがそうした教育プロセスを通じて、基礎的な知識・技能を習得すると共に、実社会や実生活の中でそれらを活用しながら、自らその課題を発見し、その解決に向けて主体的・協働的に探求し、学びの成果等を表現し、さらに実践に生かしていくことが重要だ」と記され、「学ぶことと社会とのつながりを意識し、「何を教えるか」という知識の質・量の改善に加え、「どのように学ぶか」という「学びの質や深まり」を重視し、学びの成果として「どのような力が身についたか」という重要だと言及している点です。

私はこう読み解きました。人間の歴史の中で「学びと暮らし」は分かちがたく結びついていました。近代の学校教育の中で、「教育」と実社会や実生活の分離が起こり、専門的に分化した抽象的な学習内容となっていきます。これからの教育は、基礎的な知識・技能の土台を固めた上で、実社会や実生活と結びついて課題を見いだして、主体的に学ぶことが重要になるます。社会の中にある課題を見いだして、チームで問題点を掘り下げ、子ども自身の開拓していく生き生きとしたドラマとして、「学び」の質を引き上げていくこと......。

ここからは私の考えですが、「社会と分かちがたく結びついた学び」は、「主体的・対話的な深い学び」(アクティブラーニング)と呼ばれるもので、学びの成果は、受験のために消費されるだけでなく、主に社会の改善に資するものとして評価される時代に入りつつあるのだと思います。総合教育会議では、「学びの質的転換」はどこへ向かうべきなのか熱い議論が交わされました。

翌日には、「今、世田谷の学校を変える時 」(こども教育未来会議@せたがや準備会)と題した教育フォーラムがありました。台風接近中の悪天候でしたが、熱心な参加者がシンポジウムに耳を傾け、議論をしました。前日のシンポジウムの内容を引き継いで、吉田博彦さん(NPO法人 教育支援協会代表理事)に問題提起をいただき、ジャーナリストの浜田敬子さん(businessinsiderJapan編集長)にシンポジウムに加わっていただきました。

吉田さんは、新学習指導要領の背景には、「工業化社会から脱工業化社会・ポスト産業社会の流れがあって、確かに大きな転換が起きようとしている。「主体的・対話的な深い学び」(アクティブラーニング)とは、主体性を持って多様な人と協働して学ぶ態度だ。2030年には、いまある職業の30%がなくなるというが、今年の就職ランキングを見ると変動が著しい」と指摘しました。

「こんな学校があったらいいかも」と参加者を交えたワークショップも開催され、今後も継続的に教育問題を語り合う場をもっていこうとの呼びかけがありました。

私たちは、「自分の将来のために勉強しなさい」と言われ続けてきました。もうこの価値観は古いものです。これからの社会では、「よい社会を創るために学ぶ」という教育が必要です。今からでも、十分間に合います。

この夏、私は協働作業で一冊の教育書をまとめました。「学び」のパラダイムシフトの時代に、オランダ在住の教育学者リヒテルズ直子さんと、対談したことをベースに、「学びの大革命」をめぐって対話を深めました。夏休みの親子で、読んでもらえたら幸いです。

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