先日、静岡県で音楽療法の講演をしたとき、熱心に講演を聴いている70代の女性がいた。優しい顔立ちで、白髪の髪を後ろでまとめていたその女性は、最後の質問コーナーで手を挙げた。「浜千鳥」という歌をどうしても聴きたい、と言うのだ。講演会で歌をリクエストされたのは初めてだった。
女性の名は玲子さんと言い、静岡県生まれで海が大好きな人だ。数年前、海辺を散歩しているとき、浜千鳥がやってきた。そのときふと頭をよぎったのが、戦死した父親のことだった。
「私は浜千鳥のように、今でも父を探している」
そう思うと、自然に涙がこぼれた。
浜千鳥
作詞:鹿島 鳴秋、作曲:弘田 龍太郎
青い月夜の浜辺には
親を探して鳴く鳥が
波の国から生まれ出る
濡れた翼の銀の色
夜鳴く鳥の悲しさは
親をたずねて海こえて
月夜の国へ消えてゆく
銀のつばさの浜千鳥
父親は彼女が3歳のとき、フィリピンで戦死した。玲子さんは父親のことを覚えていない。でも、戦争に送られる父親を見送った日のことは覚えている。
「たくさんの兵隊さんの中に、一人だけ私のことをじっと見ている人がいたの。その人がお父さんだったの」
それが、彼女にとって唯一の父親の思い出だ。
あの日から70年以上の歳月が流れた今でも、父親を失った悲しみは消えない。そして、この歌を聴くたびに父親のことを思い出すのだ。
私は長年ホスピスで働き、多くの人と接してきた。年を重ねても、最期はみな両親のことを思い出し、「もう一度会いたい」と言う。それは、アメリカ人でも日本人でも同じだ。玲子さんのように若くして親を亡くした人は、その気持ちがひときわ強いのだろう。
別れ際、彼女が言った。
「私はこの年になっても父を探しているのね。お父さんが生きていてくれたら・・・。もう一度だけ会いたかった」
(「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)
著書『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』(ポプラ社)
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