PRESENTED BY 伝統的工芸品産業振興協会

「伝統を受け継ぎながら、海外の文化も織り交ぜる」若き継承者が「秩父銘仙」に魅せられた理由

「跡継ぎがいない」それはきっと、伝統工芸品をつくる職人だけではなく、全国の農家や自営業などみんなに共通する課題だ。

「跡継ぎがいない」。それはつまり、伝統工芸の職人がいなくなり、日本の伝統工芸品が絶滅の危機にあるということだ。これはきっと、伝統工芸品をつくる職人だけではなく、全国の農家や自営業の経営者など、みんなに共通する課題でもあるだろう。

そんな地方や伝統産業が抱える問題から救ってくれると期待されているのが、「若き後継者」の存在だ。全国各地が試行錯誤して若者を呼び込もうとしている中、埼玉県秩父の伝統工芸品「秩父銘仙」を受け継ぐ女性が現れた。秩父にある工房『Magnetic Pole』で「秩父太織(ちちぶふとり)」をつくっている南麻耶さんだ。神奈川県で育った後、「地域おこし協力隊」に参加し、スウェーデンに渡った南さんは、なぜ秩父に移住し、秩父銘仙の伝統技術を守る道を選んだのだろうか。南さんに話を聞いた。

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■学校を卒業して「地域おこし協力隊」へ

——南さんはもともと伝統工芸や織物の世界に興味があったのでしょうか?

子どもの頃から手を動かすことが好きで、地元の美術系短大に進みました。1年生のときに木工、金工、染織の各コースを一通り学んで2年生から専攻になるのですが、一番おもしろいと感じたのが染織だったんです。

織物は、平面のものなのにいろいろな模様が織れるところや、技法や繊維によって完成形が変わるところがおもしろくて魅力を感じました。

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さらに専門学校へ進学し、染色と織りを学びました。そして、就職活動の時に先生から教えてもらったのが、秩父の織物で国の伝統的工芸品に指定されている「秩父銘仙」の宣伝活動をする、地域おこし協力隊のお仕事だったのです。実は、「秩父銘仙」はそのときに初めて知りました(笑)。

——秩父に来て、驚いたことはありましたか?

外に出かけていくのがもともと好きなタイプなので、見知らぬ土地に行くことに抵抗はありませんでした。でも、海のある神奈川県育ちなので、秩父へ来て山ばかりの景色にまず驚きましたね。

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はじめは山で遠くのほうが見えない景色に圧迫感をおぼえたのですが、一年過ごしたら、季節ごとに山の景色が変わっていく様子が味わい深く「生きているんだな」と感じるようになって、とても楽しくなりました。

■夏休みの宿題がきっかけで小学生が「将来、養蚕農家になりたい」

——地域おこし協力隊時代には、どんな活動をしていたのですか?

秩父銘仙のPRだけではなく、市内にいる職人さんたちから少しずつ教えてもらって、織りや染めも経験できました。職人さんはみなさん高齢ではありますが、染めと織りで合わせて10人ちょっといらっしゃいます。自分でも学んだうえで、機織りの実演イベントや小学校での養蚕や染め物の体験などを通して、秩父銘仙や養蚕の魅力を伝えていきました。

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地域おこし協力隊で活動中の南さん

あるとき、秩父銘仙の資料などを展示している施設『ちちぶ銘仙館』に小学生がお母さんとやって来て「夏休みの宿題にお蚕さんの研究がしたい」と言うので、お蚕さんや養蚕農家さんについて話したことがありました。

しばらく経ってから、その親子がまた来てくれて「あの宿題で金賞をとりました」と報告してくれたんです。さらに「将来、養蚕農家さんになりたい」とまで言ってくれて……。まさかそんな展開になるとは思わなかったので感動しちゃいましたね。

——3年間の地域おこし協力隊の活動を終えた後、2014年春からスウェーデンに織物を学びに留学をされましたね。

スウェーデンのダーラナという地域にある学校で一年間、スウェーデンの伝統的な織物技術を勉強していました。中でも私が好きな織物のローゼンゴン織は、リネンやコットン、ウールを使用した、細かい模様が特徴の織物です。現地の技術が新鮮で、素材もそれまで扱ってきたものと違いますし、ひたすら織機と向き合っていました。

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スウェーデンのローゼンゴン織のクッション

半年ちょっと経って、そろそろ帰国後のことを考えないといけない時期に、秩父にいた時に一緒に仕事をしていた北村久美子さんから「独立するから一緒にやらないか」と声をかけていただいたんです。

そして帰国後に秩父へ戻り、2015年7月に北村さんと共に『Magnetic Pole』を立ち上げました。北村さんから声をかけられなかったら、今メインに活動している「秩父太織」の伝統技術を受け継ぐことはできなかったので、人とのご縁でこうしてやらせていただいているなと感じています。

■「秩父太織」の良さを若い人に伝えたい

——「秩父太織」について教えていただけますか?

秩父銘仙というと、大胆な模様の着物をイメージされる方が多いかもしれませんが、実は秩父銘仙には「秩父ほぐし織」と「秩父太織」の2種類があります。

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秩父銘仙のファッションショーに出た時の南さん。秩父太織の着物を着て、ほぐし織技術の傘をさしている。

「秩父ほぐし織」は、経糸を準備してシルクスクリーンで大胆な模様をつけて織っていきます。経糸に模様をつけるときに粗く緯糸を仮織して、本織りのときに仮織した緯糸をほぐして織ることからそう呼ばれています。作り方がまったく違うんですね。秩父銘仙と聞くと、このほぐし織を思い浮かべる方が多いですね。

一方、「秩父太織」は江戸時代に、養蚕農家が出荷できない繭を野良着にして織っていたことがルーツです。無地、縞、格子模様が特徴で、野良着から発展して、今は着物や帯、ショールなどにもなっています。絹織物でも始めはツルツルとした手触りではなく、少し毛羽だっているんですが、使ううちにそれがとれてなめらかになっていく。育てていく楽しみがあります。そういうことを、若い方たちにもっと知ってもらえたらと思っています。家庭の洗濯機で洗えるんですよ。

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「秩父太織は、蚕さんが吐いた糸をそのまま縒らずにひくので、糸のなかに空気が入って柔らかくなり、しわになりにくく、天然のシボが出るのが特徴です」(南さん)

また、私は秩父太織の技術を使ってスウェーデン織の模様を織ったり、パソコンでスウェーデン織のパターンをアレンジして考えてオリジナルで織るなど、海外での経験を生かしたものづくりもしています。新しいものを取り入れ、、現代のライフスタイルや若い人が受け入れやすい形に変えていくことも大切だと感じています。

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しかし残念ながら、今、秩父太織をやっている工房はうちを入れても全国で2軒しかありません。

■職人も養蚕農家も激減……。「今、私ができること」

——昔は多かったけれども、今はかなり減ってしまったのですね。

はい。しかもそれは職人だけでなく、養蚕農家さんも同じなんです。現在、秩父市内の養蚕農家は10軒くらいですが、私が2011年に秩父へ来たときにはまだ17軒あったんです。急速に減っています。その10軒も、ほとんどが80代で年金暮らしをされているので、生業にしているわけでもないですし、跡継ぎがほとんどいません。

私たちは秩父産の繭でつくっているので、繭がなくなったらつくれなくなってしまいます。年に150キロ、繭から糸をひいているのですが、糸が足りていない状況です。今、純国産の繭は全体のわずか数パーセントしかつくられていないので、とても心配しています。

そこで、私たちは近所の養蚕農家さんのお手伝いもしています。幸いなことに、そこには私と同い年の跡取りの男性がいます。昔から養蚕農家さんは、閑散期になるとお米や麦、野菜などの農業をやっています。

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——現在は『Magnetic Pole』でどのようなことをしているのですか。

今は、秩父太織の基本の織機である「地機(じばた)」を練習しています。初めて本格的に織っていて、これが簡単そうにみえてむずかしいんです。自分の腰に織機の一部をかけて、腰でテンションをかけて経糸を真っ直ぐにして織るので、自分の姿勢が生地にでてきてしまうんです。私のはすぐに織り目が曲がってしまうんですけど(苦笑)、布ができる喜びは高機と同じで織ることが楽しいです。

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これからは、織物のことはもちろん、地域内外の人との関わり合いも深めていきたいと思っています。養蚕農家さんたちとも協力して、職人さんの技術を受け継いでいきたいですね。また、伝統的なものは高価だと思われていますが、スウェーデンではスウェーデンの伝統織物が日常的に使われています。織りの技術だけでなく、そんなスウェーデンの文化も取り入れながら、今後はそういった日用品もつくって、発信していきたいです。

(取材・文:小久保よしの / 撮影:西田香織)

*「秩父銘仙」は、その特殊な技術・技法と秩父地方の一大産業であった絹という原材料を使用していることなどで規定された要件を満たし、2013年12月に埼玉県では江戸木目込人形、春日部桐簞笥、岩槻人形に続き、4例目として「伝統的工芸品」に指定された。

「伝統的工芸品」とは?

「伝統的工芸品」として指定されるには、法律上「主として日常生活で使われるもの」「製造過程の主要部分が手作り」「伝統的技術または技法によって製造」「伝統的に使用されてきた原材料」「一定の地域で産地を形成」の五つの要件が必要とされている。2017年3月時点で、伝統的工芸品は全国に225品目ある。

(←経済産業大臣指定伝統的工芸品シンボルマーク)