拡張する身体/「機械」は肉体を超えるのか?

機械を装着した身体が生身の肉体の能力を超えるとき、どこまでが私たちの「からだ」なのか。
|

4年に一度、オリンピックと同じ年に開催されるパラリンピック。障害者スポーツの世界ではいま、義肢装具の発展が著しい。しなやかにたわむ炭素繊維製の「ブレード」と呼ばれる義足を付けた選手が、健常者の記録に肉薄し、時に追い越す事態も起きている。

だが、義肢装具を着けての記録を、健常者の記録と同等に扱うべきか否かをめぐり、いまも世界では議論がたえない。機械を装着した身体が生身の肉体の能力を超えるとき、どこまでが私たちの「からだ」なのか。身体の「拡張」はどんな問題をはらむのか――。

「健常者なら銀メダル」――義足での記録は「参考」扱いに

障害者の走り幅跳び世界記録を持つドイツ人選手、マルクス・レーム(27)は、2014年7月にあったドイツ国内の陸上選手権大会で、健常者を破って優勝した。このとき出した記録「8メートル24センチ」は、ロンドン・オリンピックなら銀メダルに相当する。リオデジャネイロ五輪が十分狙える記録だ。

Open Image Modal

〈写真:マルクス・レーム選手〉

だが、正式な大会記録にはならなかった。現地報道によると、大きく湾曲したカーボン製の義足をつけているレームの助走速度は踏み切り直前には秒速9・72メートル。これに対して2位の選手は秒速10・74メートルで、レームの助走スピードだと義足を着けていなければ8メートルは跳べない、といった異議が出たためだ。

最終的にドイツ陸連は、義足の装着が有利に働いたと判断し、レームの記録を「参考記録」扱いにした。

レームは14歳のときに、マリンスポーツ中の事故で右足を切断した。その後、義足をつけて陸上競技大会で次々に記録を更新してきた。彼はいまも、陸連の措置に納得していない。レーム自身も整形技工士だ。

「一生懸命トレーニングを積んできたのに、抜きんでた記録を出すと、それを正当化しなければならないというのは変だ」。

陸連インクルージョン(共生)担当部長のゲルハルト・ヤネツキーは、「何よりも公平性を重視した」と話す。ヤネツキーは「健常者と障害者が一緒に参加して同じ競技を行うことの重要性は十分認識している。だが、記録は別だ。健常者と同じエネルギー消費を基盤にしないと比べられない」と言う。

ヤネツキーによれば、健常者とともに競う場合に記録が比べられるよう、競技用の義足の素材や形状などの基準をドイツ陸連として作成中なのだそうだ。「基準を早く示したいが、慎重にならざるをえない。2020年の東京五輪に間に合えばよいが」と話す。

両足義足のピストリウスは五輪出場を手にしたが......

スポーツ義足は炭素繊維製の「ブレード」と呼ばれる。ブレード特有の反発力が結果に表れやすい種目の一つが、走り幅跳びだ。トップレベルの幅跳び選手たちには共通点がある。それは義足側で踏み切る、ということだ。

9月のジャパンパラ陸上競技大会に出場した若手選手は言う。「ブレードは人間の足より大きな力を発揮する。記録も出る」

義足の優位性を巡ってはこれまでも議論が巻き起こっている。08年には、両足義足のスプリンター、オスカー・ピストリウス(28、南アフリカ)が北京五輪出場を訴えたが、「他選手より有利になる人工装置の利用」(国際陸連)を理由に認められなかった。その後、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴え、五輪出場を勝ち得たが、義足選手への「加速装置」「道具ドーピング」との批判は今もなおくすぶり続けている。

だが、技術は進歩し続ける。健常者の記録を破ろうと、ロボット技術などに基づいた義足の開発も進む。

ソニー系研究所の研究員、遠藤謙(37)は昨年5月、元五輪選手で、400メートルハードルの日本記録を持つ同い年の為末大と競技用義足の開発会社「Xiborg(サイボーグ)」を設立した。足を切断した友人の力になりたいとヒト型ロボット研究から義足開発に転じた。

Open Image Modal

〈写真:遠藤謙さん(=左から2人目)と為末大さん(左から3人目)〉

為末とタッグを組んだのは、どんなに高性能の義足でも選手が速く走るための体の使い方や練習法を知らなければ生かせない、と考えたからだ。為末は走り方の指導に加え、選手の感触などを言葉にして遠藤に伝える。選手の特性に合わせた世界に一つしかない「足」を作ることで「健常者の記録を障害者が超えることは可能」と遠藤は言う。将来は培った技術をさらに進化させ、「障害が障害ではない社会を」と思い描く。

「身体拡張」の倫理的問題 

ドイツ・ケムニッツ工科大学教授のベルトルト・マイヤー(38)は、生まれつき左手のひじから先がなく、筋電義手を使って日常生活をこなす。専門は社会心理学だ。

Open Image Modal

〈写真:ベルトルト・マイヤー教授。左手に筋電義手をつけている〉

マイヤーは言う。「これまでの義肢装具は、失った機能を回復するツールだった。だが、数十年もすれば技術はさらに発達し、生まれつき備わっている身体能力を超える機能を身につけることも可能になるだろう。つまり、『生身の人間よりも義肢のほうが高機能になる』という倫理的な問題が生じうる」。

具体的には、「自分の手足以上の機能が欲しいので、手足を切って最先端の義肢装具をつけて欲しい」という人が現れるのではないか、という。ハイテク義肢装具が普及することで可能になる身体の「拡張」行為が「普通の」ことになれば、現在の健常者が「健常者」でなくなる恐れがある。つまり、現在できている行為が「普通」以下の行為になる。すると、そのことが「障害」になってしまう、と指摘する。

「こうした問いかけに対して、いまの人間社会は回答を出していない。そうした行為が許されるのかどうかを考えなければならない場面が、そう遠くない将来に現実になるのではないか」。

軍事への利用も

技術の発展には「光」と「影」がつきものだ。病気や障害のある人たちの身体の動きを機械で後押しする「アシストスーツ」は、高齢化社会の一助として期待される。一方で、人間の身体能力を増強する「パワードスーツ」は、戦場での活用も視野に入る。

米国防高等研究計画局(DARPA)は2011年から、ハーバード大学などに委託して「ウォーリアー・ウェブ」を開発中だ。かかとと太ももの裏側にワイヤを取り付けてモーターで動かし、歩くときのエネルギー消費を10~15%減らす装置だ。

Open Image Modal

〈写真:DARPAが開発中のパワードスーツ〉

「兵士たちは50キロを超える荷物を持って72時間行動することもある。けがを予防するためにも負担の軽減が必要だ」と、DARPAの担当マネジャー、クリス・オーロスキーは言う。戦闘服の下に装着するための改良も進んでいる。

日本の防衛省も今年度、「高機動パワードスーツ」の開発のための予算9億円を初めて盛り込んだ。4年間かけて研究し、18年度に試作品の完成を目指す。戦場で重い装備を持ったまま素早く動いたり、災害時に人命救助で活用したりすること想定している。

◇           ◇

技術の進化とともに、私たちの身体はどこまでも「拡張」していく。私たちは、新しい「からだ」とどう折り合いをつけていくのか。そんな問いかけとも、向き合っていかざるをえない。●

(関連する特集はGLOBE特集「からだ+機械=」で読めます)