日本代表選手を次々と輩出しているセレッソ大阪の育成方法が注目されている。
前回(結果を出す人材としくみの作り方――セレッソ大阪で香川や柿谷に続く選手が育つのには理由があった)は育成組織づくりの経緯を中心に聞いた。今回は、具体的な人材育成術や、チームプレイの生み出し方、チームで成果を出す秘訣について、大熊氏と宮本氏に聞いた。
トライ&エラーを推進し、チームプレイを"刷り込む"育成術
――個人技だけでなく、チームプレイを行う際に重要な要素とは何でしょうか。
宮本:サッカーは11人対11人で戦って、ボールは一個しかない。一人がボールを持っているときは、持ってないチームメイトは常に10人います。
サッカーはボールを持っている人だけが優れたプレイをして勝てるスポーツではありません。ボールを持っていない人たちが、ボールを持っている人を助けているのです。
だからこそ、チームプレイが重要になってくる。
私たちは子どもたちに、個人戦術→グループ戦術→チーム戦術という順番でトレーニングしていきます。小学生のころから、段階的にスケールアップして、プロになるときには、そのすべてが備わっている。そこにはもうチームプレイが刷り込まれているのです。
しかも最長9年間も同じ場所で、トップチームでプレイするために逆算されたノウハウが刷り込まれてきたからこそ、セレッソは家族のように仲がいい。海外に移籍した選手も日本に戻ってくると、謎の練習生となって勝手に練習している(笑)。
通常なら考えられないことですが、彼はそれが当たり前と思っている。そういう場にセレッソがなっているとも言えるのです。
一般社団法人セレッソ大阪スポーツクラブ代表理事 宮本功氏
――個人では優れていても、チームになると、本来の実力が出せないというケースもあると思うのですが、いかがでしょうか。
宮本:そもそもプロ選手になれる子は、チームでも実力を出せるという点をクリアできているんです。そして、常にチームプレイで実力を発揮できるように、トライ・アンド・エラーに関しては、すごく許容しています。要はトライしたことは認めるという方針なのです。エラーは責めない。
サッカーは絶えず自立して動かなければなりませんし、組み合わせのパターンもてんこ盛りです。そのため、あらゆる選手が自立できるように、自分で考えるという要素が練習には必ず入っています。いくら技術だけを磨いても判断が入っていなければダメなのです。
プレイのあらゆる要素の中に判断があり、それが個人だけでなく、グループ、そしてチームとして判断できるようにならなければならない。そういうトレーニングをずっと積んでいくのです。
消防士が火災現場で自立して判断して対応できるようにトレーニングすることと同じです。それを子どものときからトレーニングしていく。能力を発揮できる、できないという前に、能力を使えるように持っていく。もし技術を持っていても、試合で使えなければ、技術を持っていないと見なされる。だから、使えることを重視するトレーニングをします。
したがって、練習のための練習はしません。試合に即した環境を絶えずつくり込んで、判断を混ぜたトレーニングをさせる。試合のリアリティを出すこと、力が発揮できない設定を生まないように常に気を配っています。
「強さ」の秘訣は「世界基準で考え、競争する」
――レギュラーになれなかったとき、ネガティブな態度をとってしまう子どもたちもいると思いますが、その際はどのように対処しているのでしょうか。
大熊:多感な時期でもあるし難しいのですが、我々は良いチームをつくること以前に、個の成長なくして良いチームはできないと思っています。だからこそ、それぞれの子どもたちの成長をしっかりと見極めながら、個人個人にアプローチすることが大事だと考え、日々のモチベーションを一番大事にしていますね。
選手たちがどこに目標を持っているのかを、常々コーチは確認しています。その目標のために今がある。日々のモチベーションを高めるための工夫は、それぞれのコーチが一番細心を払っているところだと思います。もちろんすべてを完璧にできるかといえば、そうとも言い切れませんが、これまでの経験を踏まえながら、出来る限りの努力している最中ですね。
レギュラーになれなくてもいいという子どもはいません。目標がはっきりしている組織なので、当然ながら皆がトップになりたい、プロになりたいという思いがあります。
その目標にアプローチしながら、現状に満足することなく、常に上を目指せるような環境づくり、意識づくりをするようにしています。そういった競争環境を作り上げることが強い組織をつくっていくとも思います。
セレッソ大阪アカデミーダイレクター兼U-18監督 大熊裕司氏
――指導者の養成も力を入れているのですか?
大熊:とても力を入れています。さらに言えば、指導者の指導者(インストラクター)もいます。選手を育てるように、指導者も育てていかなければならないのです。そこは子どもを育てるのと同じくらい重要な要素なのです。
指導者養成は組織全体で取り組まなければ、組織として成熟していくことはありません。他のクラブもやっているとは思うのですが、我々の場合、勉強会ほか積極的に外に出る機会をたくさん与えてもらっており、育成指導者も、海外研修などで多くの経験をさせてもらっています。
指導者に学びの場をたくさん設けている点は、他クラブよりも進んでいるところだと思います。要は、クラブの考え方として、どこに投資すべきかをよく考えているということです。
「子ども」「環境」「指導者」の中で、教えるのは指導者ですから、指導者が世界基準をわかっていなかったら子どもたちにも教えられません。我々は何事も世界を基準に考えていくことから始めます。世界を目指し具体的に行動を起こして育成をしているチームはそんなに多くはないと思います。
――指導者間でのノウハウはどうやって残しているのでしょう。口頭ベース、またはそれぞれの経験値なのでしょうか?
大熊:我々がディスカッションしてきたノウハウは、結果として実際の選手たちに残っていきます。「このタイプの選手は最初はあまりうまくいかない、でも育成する中で、こういうふうに変わっていった」といったようなノウハウは、実際に選手の中に残っていますね。そこに教本はなく、選手の存在自体が育成ノウハウの集積になっています。
ノウハウの継承、つまり自分自身がいなくなっても同じものが残っていくことが、大事なことだと言っています。それが難しいことだからこそ、ベースになるものを今しっかりと築いていく。築いたものをしっかり伝え続けていくことが大事だと思っています。
宮本:クルマの燃費も常に向上していくように、日本のサッカーが強くなるほど育成能力も上げていかなければなりません。
私たちと同じような育成システムを目指しているクラブがあるかもしれませんが、いかに育成方針がブレずに、資金面も含め、長く続けることができるのか。その覚悟が必要です。
常にPDCAを回しながら、到達点を考えていく。その到達点も上の能力が上がれば、さらに上がっていきます。例えば、柿谷のような日本代表選手が出てくるようになると、当然全体のクオリティーも上がっていくことになります。
今、私たちは日本である程度高いレベルまできたと思っていますが、世界的に見ればまだまだ。うちがバルサに毎年人を送れますかと言われても送れない。
でもバルサの育成部門は毎年バルサに人を送っているわけですから。
チームに必要なものは「目標」と「学びの機会」「意見を言い合える関係」
――育成部門を持ったことで、チームはどう変わったのでしょうか。
宮本:自分のチームを好きになる人が増えたことです。
「いつも自分たちは支えてもらっている、応援してもらっている」ことがわかってくれば、選手もスポンサーやスタッフに感謝するようになります。そういう心の部分が大きくなった。感謝するから、その恩を返さなければならないと思うのです。
お客様もおカネを払って見に来てくれているのだから、プロとしてお客様に何かを返さなければならない。試合も最後の1分1秒までやりきって頑張って、精一杯のものをお客様に見せたい。選手もそう考えるようになりました。
育成型にしているからこそ、地元との接点も増えてきて、地域の人々が応援するためのトリガーも増えてきた。幼いころから応援していた子が世界に行くとなれば、当然応援も熱心になり、ファンも口コミでさらに拡がっていく。ファンが増えれば、負けても応援してもらえる。
永続的に強いチームをつくっていくには、地域も巻き込んで長いスパンでクラブを育てていく方針が一番大事なのです。
――チームにとって一番必要なものは何ですか?
宮本:やはりみんなが同じところを見ているかどうかでしょう。「ここに行きたい」と思えるところが共有できているかどうかだと思います。
私は絶えずここに行きたいという目標を口に出していますし、世界で成功しているものがどのようなモデルなのかも言葉で周りに説明しています。そのうえで、現場の指導方法は任せる。コーチ陣のすべての能力を出してもらう。その中から、ハードワークすべきところ、改善すべきところをさらに改革していくようにしているのです。
大熊:私はあまり多くのことは言いません。それぞれのコーチが自分で考えたことをやってもらっています。もちろんトライ・アンド・エラーもありますが、そこで"気づき"が得られれば、それが一番いいのかなと思います。方向性は私自身が示しますが、それについての方法論はコーチ自身が自分で学んでいってほしいと思っています。
組織がうまく回っていくための秘訣は、それぞれが意見を言い合える環境にあることだと考えています。何事も一人ではうまくいきません。例えば、私の意見は宮本が聞いてくれるし、宮本の意見は私が聞ける立場にいる。組織全体がうまく動いていくには、意見を言い合えることが、一番の要因だと思っています。
――意見を言い合える組織をつくることは難しいのでしょうか。
大熊:かつては育てるよりも勝つことが優先されていました。でも、育てることも非常に難しい。偶然100~200人集まれば、1~2人は良い選手がいるかもしれません。一方で、組織として育成し、その上で1~2人の良い選手を生むことには大きな違いがあります。今我々は、そういった組織を目指している段階だと思います。
――偶然に集めることと、方針があって育てていくことは大きく違いますね。
大熊:そこは大事にしているところです。偶然集まって良い選手が生まれるのは、その子の力だけであって、我々が何かをしたわけではない。我々はその子にプラスアルファの何かを与えていくことによって、本当のプロを育てていく。
本当のプロとは何かということを皆で共有していくことが大事なのです。そのために世代ごとにしっかりとアプローチをしていく。その積み上げがあってこそ、本当のプロになっていくと思っています。
選手、指導者、それぞれの役割での価値を発揮した上で組織としての目標を達成する、これこそがチームだと思っています。
(執筆:國貞文隆/撮影:橋本直己/取材・編集:椋田亜砂美)
(この記事は、2014年6月18日のベストチーム・オブ・ザ・イヤー「世界基準で「チーム」を考えるーセレッソ大阪がトッププレイヤーを生み出し続ける理由」から転載しました)