細胞株の同一性の問題に対する取り組み

ウシとサルの相違点は明白で、ガとカも容易に区別がつきます。それなのにどうしてそれを取り違えた科学研究が存在しているのでしょうか。
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ウシとサルの相違点は明白で、ガとカも容易に区別がつきます。それなのにどうしてそれを取り違えた科学研究が存在しているのでしょうか。答えは簡単です。現代の研究室で保管され、使用されている数百点の細胞株のラベルが間違っているのです。ブタ細胞の一部がニワトリの細胞として保管されていたり、ヒトの細胞株だと宣伝されている複数の製品にハムスター、ラット、マウス、サルの細胞が混入していたりするのです。

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こうしたお粗末な取り違いが存在しているという事実があり、他方で、不適正なラベル表示や同一性の誤認、コンタミネーションが判明している細胞株が研究で日常的に使用されているという事実がありますが、どちらがより深刻な問題でしょうか。前者の問題の解決は極めて難しいでしょう。それに対し後者は、対応しやすい課題と言えますが、研究者と各種学術論文誌、大学、研究助成機関が真摯に向き合う必要があります。

Natureとその関連誌では、こうした状況を改善するために方針の強化を行っています。論文著者に対し、「同一性の誤認」や「クロスコンタミネーション」が判明した細胞製品でないことを確認し、研究に用いた細胞株の入手先と検証に関する詳細な情報を投稿雑誌に提供することを、2015年5月から義務付けました。

細胞の同一性に関する問題は数十年前から知られており、この新方針は、当たり前の対処法のように思われるかもしれませんが、細胞株の中身を調べるための試験は複雑で時間もかかり、最近まで高額な費用を必要としました。この新方針実施の機が熟したのは、特定のコミュニティー(特にがん研究)の研究者の間でこの問題への認識が高まったこと、適切な試験とリソースを利用できるようになったこと(Nature 2012年12月13日号186ページ2015年4月16日号307ページ参照)、米国立衛生研究所(NIH)、前立腺がん基金(米国カリフォルニア州サンタモニカ)など一部の研究助成機関がこの問題に前向きに取り組むようになったことなどの事情が揃ったからです。

すでに、400種を超える細胞株に問題があることが判明しています。世界中の研究室での試験手順を変えて、新たな同一性誤認が拡散しないようにすることが長期的な目標でなければなりません。現時点で科学者が最低限行うべきことは、研究に使用する細胞株について、問題が判明している製品でないことを確かめることなのです。

2013年にNatureとその関連誌は、論文著者に対して、細胞株の入手先と細胞株を認証したかどうか報告することを要請しました。しかし、ほとんどの著者が報告を行っていません。過去2年間にNatureとその関連誌数誌で発表された細胞株を用いた研究論文(約60編)のサンプリング調査を行ったところ、約4分の1で入手先の報告がなかったことが明らかになりました。また、約3分の1は別の研究室から寄贈された細胞株を用いて研究を行ったと回答しています。ところが、細胞株の認証を行ったと回答した論文著者は全体のわずか10%で、こうした状況は特に問題性が高いと言えます。

Natureおよびその関連誌では、細胞株が関係する研究論文を投稿する著者に、使用した細胞株が「問題のあることが分かっている細胞株」の一般公開リストに該当しないことを確認したかどうかについて申告することを、5月1日から義務付けています。また、遵守状況の監視はまず、がん研究で行うことにしています。第一弾としてがん研究に焦点を合わせたのは、この分野の論文に細胞株の問題が最も詳しく取り上げられており、がん研究者のコミュニティーがこの問題への対応をすでに始めているからです。一部の専門性の高い学術論文誌(例えば、International Journal of Cancer)は、細胞株の認証を系統的に行うことを義務付けています。この方針が重要なのは、細胞株の認証が基礎研究に良い影響を与えるだけでなく、細胞株の認証を怠ってコンタミネーションを放置すれば、トランスレーショナル・リサーチ(橋渡し研究)を根底から台無しにしてしまう恐れがあるからです。

細胞株の諸問題は他の研究分野にもみられ、Natureおよびその関連誌では、今後、こうした系統的チェックの適用分野を拡大したいと考えています。新方針の詳細、新方針の適用範囲と問題のある細胞株のリストについては、go.nature.com/zqjubhを参照してください。

研究プロジェクトに使用された細胞株が要注意リストに記載されているからといって、その研究が無効になったり、投稿論文が自動的に不受理になったりするわけではありません。しかし、論文の著者は、同一性誤認の問題のある細胞株が使用されても結論が揺るがない理由を説明することが義務付けられます。その説明が不十分だと編集者と査読者が判断した場合には、Natureおよびその関連誌は、著者に対して関連データの削除を求めます。

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150734

原文:Nature (2015-04-16) | doi: 10.1038/520264a | Time to tackle cells' mistaken identity

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Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150733

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150235