強烈なインパクトがある写真だ。
電車に乗ったり、ピアノを弾いたりする牛たち。表情はどこか悲しげに見える。
写真を撮影しているのは、インドのアーティスト、スジャトロ・ゴッシュさん。
牛はもちろん本物ではなく、牛のマスクをかぶったインドの女性たちだ。写真には、こんな切実な込められている ――「インドで女性は牛より大切にされていない」。
インドでは、女性への性暴力が後を絶たない。インドの新聞「ヒンドゥスタン・タイムズ」によれば、デリーでは2時間に1件の割合で女性への性的虐待が、4時間に1件でレイプが起きている。
2012年には、女子大学生がバスの車内で男性にレイプされてその後に死亡するという悲劇的な事件が起き、性犯罪の厳罰化を求める社会的な抗議運動に発展した。
女性への暴力が続く一方で、インドでは牛を保護すべきだとするヒンドゥー教団体の声が高まっている。
インドのモディ首相が率いる与党のインド人民党(BJP)は、ヒンドゥー教至上主義団体の民族奉仕団(RSS)を母体にしている。
ヒンドゥー教では、牛は神聖な存在だ。BJPが2014年にインド総選挙で勝利を収めた後、牛の保護すべきだとする動きが強まった。西部のグジャラート州では、牛を殺した刑罰を終身刑に引き上げた。
牛の保護強化で、犠牲になった人たちもいる。2015年には、家に牛肉を所持していると噂された男性が集団暴行を受けて死亡した。2017年にも、牛をトラックで運んでいたイスラム教徒がヒンドゥー教徒と見られる男性に殴り殺される事件が起きた。
ゴッシュさんは牛の保護に反対しているわけでない。しかし、牛を保護強化を求める社会の動きを見てゴッシュさんの頭に浮かんだのは、「なぜ牛は保護するのに、女性への暴力は止まないだろう」という考えだった。
「インドで牛が女性よりずっと重要な存在とされていることに、不安を感じます。ヒンドゥー教で神聖視されている牛よりも、レイプや暴力を受けた女性に正義がもたらされる方が、ずっと長い時間がかかるのです」とゴッシュさんはBBCに語った。
女性問題が置き去りにされている現状を社会に伝えるために、ゴッシュさんはニューヨークで買った牛のマスクを友人や知り合いの女性たちにかぶってもらい、デリーの様々な場所で撮影し始めた。撮った写真はInstagramに投稿した。
牛マスクの写真は、初めは好意的に受け止められていたという。しかし、メディアに取り上げられるなどして 注目が集まると、SNSでの嫌がらせが始まった。
「脅迫のコメントも送られてきました。Twitterで『私やモデルの女性たちが、ジャーマー・マスジド(モスク)で虐殺されて、その肉が彼らが嫌う女性ジャーナリストや女性ライターに与えられればいい』といった嫌がらせコメントもありました」とゴッシュさんはBBCに語った。
しかしゴッシュさんは、脅迫を受けても撮影を止めるつもりはないようだ。デリーだけでなくボンベイ、バンガロール、といった他の主要都市で撮影を広げるために、クラウドファンディングを立ち上げた。
「私は社会に強いメッセージを送りたいのです。牛を保護できるのであれば、なぜ女性を保護できないのか、と」
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