20年近く前、カルロス・ゴーン容疑者が私に明かした2つの言葉

必要なのは「必達目標」と「透明性」。あのときの自らの言葉を、今彼はどう思っているのだろう。
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Bloomberg via Getty Images

カルロス・ゴーン容疑者に逮捕前最後に会ったのは、今年(2018年)の4月である。レバノンワイン「IXSIR」の日本での販売が開始されることを記念したパーティーに招かれ出席した。

2000年代、日産自動車の「リバイバル・プラン」にともなうV字回復を密着取材したことがきっかけで、ルノーCEO兼務など、節目節目でゴーン容疑者を取材してきた。その後も日本に帰国した際には会って話を伺う機会が折々あったこともあり、「今度、レバノンワインに出資することになったのだが、素晴らしいワインなのでぜひ飲んでみてほしい」と声をかけられたのである。

パーティーの出席者はおもにワイン関係者で、日産の人はあまりいなかったように思う。再婚した夫人を伴い、とてもゴーン容疑者はリラックスし上機嫌だった。

「それにしても、なぜワインを」と尋ねる私に、

「レバノンは気候・湿度・太陽光などの条件がよくて、質の高いワインを生産するのに向いている。ふだんの仕事は合理的に考える業務だけど、ワインはまったく違う世界だからよい刺激になるんだ」

と、答えた。私の中では常に「コスト・カッター」のイメージが強かったので、自動車とは畑違いのワイン産業に巨額の投資をするという話に違和を感じたのだが、彼は「ワイン製造が伸びれば国の雇用も増えるし、国への投資にもなるから」と話し、私自身、個人投資という解釈をしていたので、両親の故郷を思う気持ちからなのかと納得したことを覚えている。

その半年後、衝撃のニュースが世界を駆け巡った。カルロス・ゴーン氏逮捕。事件については起訴前であるし、メディアで伝えられるのはもっぱら検察と日産側からの情報ばかりなのでその真相はまだわからない。長く取材をしてきた私が抱いたのは「あれほど頭がよく、知識も豊富で、人並外れて聡明な人物が、こんなリスクを冒すものなのか」という驚きだった。

事件については今後の捜査と裁判をみることにするが、個人的にとても印象的な出来事がある。2001年、日産を救った立役者としてゴーン容疑者が世界を飛び回っていた際、テレビ朝日の「ザ・スクープ」という番組で半年にわたって取材したときのことだ。当時、ゴーン容疑者は40代。トップに就任後、精力的に各地の販売店や生産工場に足を運んでいた。

何よりも大切なのは「ゲンバ(現場)」だと、この単語だけ日本語を使っていた。

「ゲンバの人々は車と顧客にじかに接する存在です。ゲンバは私たち会社の最前線であり、とてもとても大切な人たちなのです」

日本各地、片言英語を反芻しながらド緊張で待つ「ゲンバ」の職員や顧客に、ゴーン容疑者は笑顔で歩みより、「ゲンバ」の声を拾い上げていた。すでに経済界のみならずマスコミの寵児となっていたカリスマ経営者の実直な姿に私は大いに感銘を受けた。グループで2万人を超える人員削減や工場の閉鎖という再建計画には大きな反発もあったが、こうした姿を知っている社員たちの信頼を得たゴーン容疑者はV字型の業績回復を果たした。

「V字回復を成し遂げるために、なにより必要なものはなんですか?」との私の問いに彼は2つの言葉をあげた。

「コミットメント(必達目標)とトランスペアランシー(透明性)。経営トップの信頼性なくして改革はできません。痛みを伴う厳しい状況を乗り越えなければならないからです。目標を定め、達成できなければその責任を上がとる。そして、従業員が会社で起きていることを理解し、共有する透明性なくして回復は実現できません」

そして彼はこう続けた。

「一個人が長い間、同じ企業のトップにいることは、10年も20年も同じ人間がトップにいるのはいいことではない。これは私の確信です。

日産が私に与えられるすべてを与え終わったら、また日産が私に学ばせてくれる関係が終わったら、その時が去るときなのです」

あれから20年近く。その後も日産に君臨したゴーン容疑者は、彼が「もはや身体の一部」と言って愛した日本の捜査当局に逮捕された。あのときの自らの言葉を、今彼はどう思っているのだろう。なくてはならない「必達目標」と「透明性」。この2つを「長くトップにいた」ことによって失ってしまったとしたならば、なんともやりきれない思いである。