次の噴火は目前?/次世代位置情報関連ビジネスの相貌

2000年代には非常に盛り上がっていた「位置情報」業界。停滞する現状を打破するのはYahoo!とGoogleと「人工知能」?

▪日本で一早く花開いたジオメディア

日本で世界に先駆けて収益化に成功した、ICT関連ビジネスの成功事例の一つにカーナビゲーションシステムがある。すでに80年代初めごろから商品として投入され、今では日本市場の約7割の自動車にカーナビゲーションが搭載されている。2000年代の半ばくらいまでは世界のカーナビゲーションの8~9割は日本製と言われ、日本は間違いなくカーナビゲーション大国だった。相応にカーナビゲーションには必須である電子地理情報データベース(電子地図)についても、常に世界の先端にいたといっても過言ではない。

そんな日本だから、従前より位置情報関連技術に携わる人材は豊富だったし、様々な関連ビジネスの裾野も早い段階からかなり広かったとも言えるが、SNSやスマートフォンの普及期にはさらに一層関連ビジネスの発展が喧伝されるようにもなり、旧来の関係者だけではなく、他の領域を専門とするエンジニアやマーケティング、広告宣伝関連の関係者等も巻き込んで、熱い期待ではち切れんばかりになっていた。

そんな時期(2008年)に立ち上がった、位置情報メディア関係者によるフリーカンファランスであるジオメディアサミットは最盛期には200~300人規模の参加者で会場が一杯になり、毎回提示される新しいコンセプトは狭義の位置情報メディア関係者の枠を超えて、ICT全体のトレンドセッターとして各界の注目を浴びた。私も、毎回参加し、そのたびにブログで報告の記事を書いたものだ。

▪全盛期の活力がない昨今のジオメディア業界

だが、近年、コンセプトのメッセージ性は薄れ、参加者も最盛期と比べると激減していた。もちろん業界関係者の情報交換の場としては貴重で、参加するとそれなりに面白い情報が収集できるのだが、何せ過去の盛り上がりがあまりにすごかったため、随分寂しく見えてしまう。では、ジオメディア関連の技術進化が頭打ちになり、衰退に向かっているのかといえば、むしろ正反対だ。例えば、昨今の代表的なバズワードの一つとも言える、IoT(モノのインターネット)など、まさにあらゆるモノに位置情報を付与することを意味しているわけだし、市場のウェアラブル・デバイスも増加しつつある。大量の情報を蓄えるクラウドの整備も進み、その情報を分析し利用するための人工知能も急速に進化しつつある。その人工知能を利用した自動運転車の実用も目前に迫っている。ジオメディアに関する注目度は高まりさえすれ、関心が薄れるというのはどう考えてもおかしい。一体どうなっているのか。

▪ジオメディアは死んだのか?

そのジオメディアサミットが久々に名古屋で開催される(10月23日)という連絡があったのだが、提示されているテーマを見て驚愕した。何と次のようにある。

今回のテーマは「ジオメディアは死んだのか?」

スマートフォンが急激に普及し始めた3~4年前、位置情報と連動したサービスが次々に生まれ、注目されていたジオメディア。最近ではあまり注目されていないと思いませんか?ジオメディアの現在、そして、未来のジオメディアについて考える機会になればと考えています。

業界の中心にいるメンバーが、『最近ジオメディアは注目されていない』、『死んだ』との心情を吐露するような状況にあるわけだ。本当にそうなのか。だとするとどうしてなのか。今後はどうなるのか。名古屋のジオメディアの中心にいるメンバーたちはこのテーマに関して一体何を語るのか。何らかの回答が得られるとすれば、これは東京からだろうが駆けつけないわけにはいかない。久々に参加させていただくことにした。

▪コモディティ化

では、参加した結果、何か回答を聞くことができたのかと言えば、残念ながら、登壇者は皆口々に、『死んでいない』と述べる。だが、聞きたいのはそんなことではない。最近話題にならないのはなぜなのか、死んだと感じるのはどうしてか、ということこそ聞きたいのだ。

この点、唯一、登壇者の一人、(株)トヨタマップマスターの伊藤永氏から、、というコメントがあった。確かに、カーナビゲーションもそうだが、スマートフォンを開けば様々の地図アプリや位置情報関連のサービスを無料で(あるいは無料同然の安価で)使うことができる。しばらく前に雨後の筍のように出現したアプリやサービスはほぼ優勢劣敗の決着もついて、『Google マップ』『食べログ』等の一部サービスのスタンダード化も進んできている。そして、これらのスタンダードサービスの牙城は堅固で崩すことは難しくなっている。

数年前には珍しくなかった、Facebookやtwitter等のSNSに向けられたユーザーのコミュニケーションへの欲望、強い動員力をテコに、サービス規模を拡大するような位置情報系サービスも、SNS自体がピークを超えて、停滞感が漂ってきているという現状もある。どの市場でもそうだが、最初は新規参入の間口は広く、大量の新規参入者で活気づくが、競争を通じて少数の勝ち組の寡占が進むようになると、熱気は収まり、安定的になり、そのうち停滞感が漂ってくる。これはどの市場でも見られるプロダクト・ライフサイクルではある。今の位置情報系サービスには、確かにこういう一面はあるかもしれない。

そうだとすると、今度は『死んでいない』というのは本当なのか、ということになる。プロダクト・ライフサイクルが当てはまり、すでに停滞感が漂い始めたとすれば、再度活気づけるのはかなり難しいのがセオリーではある。『ジオメディア』はどうなのか。

▪もちろん死んでいない:Yahoo!カーナビの躍進

いろいろな意味で、このような疑問に対して回答を暗示している存在がある。Yahoo!(株)が提供する『Yahoo!カーナビ』だ。このサービス、公開以来爆発的な人気を博していて、公開(2014年8月22日)から23日で100万ダウンロードを達成し、現在では500万ダウンロードに到達しているという。本年のグッドデザイン賞も受賞している。

渋滞情報の提供には特に力を入れていて、財団法人道路交通情報通信システムセンター(VICSセンター)が提供する渋滞情報(VICS)に加えて、実際に自動車が走行した位置や車速などの情報を用いて生成された道路交通情報であるプローブ情報を利用してさらに広範囲にわたって渋滞情報を無料で提供している。VICSがカバーする道路の総延長約18万kmに対して、プローブ情報がカバーする道路は85万kmに及び、毎日136万kmのプローブ情報が蓄積されているという。

また、ユーザーの要望を受けて、オービス(自動速度違反取締装置というスピード違反車輌を計測・撮影する装置)情報も提供したり、車空間におけるコンタクト・ポイントを増やすための工夫(ジャイアントコーン・キャンペーン等 *1 )にも力を入れていく予定で、今後ともユーザー・ファーストを徹底的に追及していくと、Yahoo!のカーナビ企画部長の入山高光氏の鼻息は荒い。もちろんジオメディアが『死んでいる』などとは露ほども思っていない。

▪本当の狙いは何か?

現段階ですでに大方の市販カーナビのレベルに追いつき、いくつかの機能では凌駕している。それなのに無料だ。先行して実質的な無料カーナビとして機能している『Googleマップ』と並んで、既存のカーナビゲーションビジネスの価格破壊者として、市場を揺るがす存在になっている。このようなケースでは、無料サービスを未来永劫続けることはできないから、大抵はどこか別のところで収益機会や何らかの別のメリットを模索することになる。例えば、宣伝広告だ。ユーザーからはお金は頂かないが、広告宣伝により収益を得る方法が一つ。だが、通常この手の大掛かりな位置情報サービスを広告モデルだけで成立させるのは、現実的とは言えない。では、他に何があるのか。まず、無料で基本機能を提供して、付加価値の高い追加機能を有料にするというモデル(いわゆるフリーミアムモデル)がもう一つ。だが、入山氏はそのようなことは考えていないという。そもそも、フリーミアムモデルでカーナビの採算を成り立たせることは極めて難しいというのも業界の常識だ。極論だが、ダンピングということもあり得る。市場評価や実績を得るために最初は無料でばら撒き、現状の市場参加者を退場させ、その後、市場を独占して独占利益を得る。だが、今のところYahoo!カーナビは通信カーナビで、通信がないところでは機能しないから、既存のモデルとの完全な競合というわけではない。では、何が狙いなのか。

現状の開発チームの考え方が示されたわけではないが、カーナビゲーションで想定される未来の競争軸に焦点をあわせて、そこを見据えて進化を先取りしようとしているのなら(当面の収益モデル化は非常に厳しいが)、将来の市場席巻を目論んで先行投資しているということであれば、Yahoo!やGoogleの『仕掛』は合理的な行動選択と言える。というのも、カーナビを含めて、次世代のプロダクトの競争軸は、第三世代の人工知能の最大の特徴である、機械学習をいかに進めることができるかにかかっているからだ。そのためには、先ず、ユーザーとつながっていてユーザーの行動履歴を蓄積できる仕組みがあることが大前提になるが、次に、何より、大量の情報が必要になる。情報が多ければ多いほど、機械学習による成果があがることになり、その成果をサービスの向上につなげるというループを作り上げることができる。繰り返すが、このループができても、すぐには収益を上げることはできないから、収益モデル化まで耐えることができる体力は不可欠だ。その点、Yahoo!も、Googleにしてもその条件をクリアーできそうだ。というよりGoogleは完全にその方向を見据えて動き出していることは明白だ。というのも、すでに市場投入を宣言している、自動運転自動車の運転の仕方を機械学習によってスムーズにしていくための情報収集の機会にもなりうるからだ。逆に既存のナビメーカーは、従来の収益モデルを否定することにつながるから、この無料モデルを採用することは難しい(大抵はできない)。ここに、ハーバード・ビジネススクールのクリステンセン教授の言う、『イノベーションのジレンマ』が起きる典型的な環境が整いつつあると言える。

▪データは人間並みの動作実現の原資

業界関係者の中には、『自動車に関わるユーザーの行動履歴データは比較的早い段階から収集されているが、これまでのところさほど有効活用されている事例はない』という人もいるかもしれない。確かに、『ジオ』関連に限らず、これまでのところ、ビッグデータはまだそれほど有効に活用されていないのが日本市場の実情ではある。しかも、カーナビが収集するデータは、大部分は運転の行動履歴というこれまでのところ、付加価値を見いだしにくい情報だからなおさらだ。

だが、次の例は動作や運動に関するデータが大きな付加価値を生んでいく近未来を示唆しており大変興味深い。

Preferred Infrastructure (PFI)という、『最先端の技術を最短路で実用化する』を目標に掲げ、2006年3月に設立された会社のレポートだが、まったく運転の仕方を知らないロボットカーが、人間から動作を教わるのではなく、試行錯誤によるデータをもとに、『分散強化学習』という仕組みで自力でスムーズな運転の方法を学んでいくことができるという事例だ。

また、次の例は、自動車ではないが、ロボットが従来は人間にしかできなかった複雑な作業(ハンマーで壁に釘を打ち付ける、ボトルの蓋を閉める、ハンガーに服をかける等)を、同様に人間に教わることなく、試行錯誤を積み重ねて(データを積み重ねて)、非常にスムーズに作業ができるようになる事例だ(UCバークレーのチームが開発)。

技術進化はここまで進んで来ていて、データが大量にあれば、スムーズな運転から人間と同等の複雑な作業まで人工知能が学ぶことができるようになってきている。好き嫌い、志向性、行動選択等、人の行動の意味や心理状態を知り、分析できれば、マーケティングや広告宣伝等に利用することで比較的わかりやすい利用方法があるとされてきたが、今後は自動車の運転(運転の巧拙、癖等)のような情報まで高い付加価値に転換することが出来ることを意味する

もちろんカーナビゲーションシステムから発生する情報だけの問題ではない。市場情報分析等を行うITベンチャーの(株)ナイトレイの代表取締役、石川豊氏によるプレゼンテーションは、観光で日本に来ている外国人の行動分析につき、SNSによる発信情報を場所に紐つけて分析することで、単純にその場所に出かけるという行動だけではなく、その場所での心理状態や感情、目的等をからめて多角的に分析することが出来るという非常に面白い事例だ。このような試みはまだ始まったばかりで、情報が爆発的に増える今後は、ビッグデータから次々と有益な『意味』が発見され、付加価値が幾何級数的に増大していくことを予感させる。

▪嵐の前の静けさ

海外市場、特に米国市場では、タクシーの配車アプリサービスのUber、渋滞情報をコミュニティでシェアできるカーナビサービスであるWazeのような位置情報サービスが急速に広がっているが、日本の場合、かなり早い段階からカーナビゲーションが実用化されて進化し、タクシーの数も多くシステムも使い易い等、既存のサービスが充実しているためにこのような新規参入が難しくなっている。『Yahoo!カーナビ』や『Googleマップ』であっても、まだ既存の市場を完全に破壊するところまで一足飛びには行けないかもしれない。だが、新旧交代は近い将来必ず起きる。今にも来そうだが、もう少し時間がかかりそうな気もする、という一種の『潜伏期間』も、停滞感を感じさせる要素と言えるのかもしれない。だが、いったん新旧が入れ替わったら旧モデルの生き残る余地はほとんどなくなるだろう。何だか空恐ろしくもある。

今の日本の位置情報系ビジネス業界は、一見不活発に見えるが、死んだわけではなく(それどころか)近い将来、テクノロジーの進化に伴い劇的に復活して、大活性化する。私はそのように確信している。但し、一市場参加者としては、市場の進化についていけず、退場を迫られてしまう恐れはあるわけで、そうならないよう、今のうちに備えておくことが必要だ。残された時間は多くはない。他人事ではなく、自分でも一層勉強を続けて行こうと決意を新たにしている。

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