子供たちに様々なワークショップのプログラムを提供するNPO法人CANVASの理事長を務めている石戸(いしど)奈々子さん。CANVASでは、子供たちの「遊びと学びのヒミツ基地」として、子供たちがクリエイティビティを発揮し、仲間と協働しながら、何かを作り上げていくワークショップを全国各地で展開。絵本や音楽、映像制作のほか、プログラミングといったデジタル体験にも力を入れている。石戸さんが考える、これからの情報化社会に必要な「教育」「学び」とは何かを聞いた。
■MITメディアラボで出会った新しい学び
「本来、遊びと学びは一体だったと思うんですよね。学びは、強制的にやらされるものではなく、“ワクワクする知的探求”だったはず。本来の楽しさを取り戻して行かなければならないなと思うんです」
インタビューの冒頭でこう語ってくれた石戸さんは、東京大学工学部でロボット工学などを学んだ後、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの客員研究員として渡米。そこでは、「多様な価値観を持った人たちが協働しながら、新しい価値を生み出して行く、そんな学びの場を作ろう」という考えのもと、さまざまなプロジェクトが行われていた。そこでの経験が、CANVASの立ち上げに大きな影響を与えたという。
■主体的で協調的で創造的な学びの場を提供
現在、CANVASでは、プログラミングをはじめ、アニメーション制作、新聞作りなど、主に4歳から小学生くらいまでを対象とした多彩なプログラムを開発し、ワークショップを実施している。さらに、プログラムの教材やツール作りや人材育成のほか、デジタルえほんミュージアムのような空間プロデュースも行っている。デジタルえほんミュージアムは、未来の「読み手」と「作家」を育むをコンセプトにした、子供と一緒に楽しめるコミュニケーションスペースだ。
このように、CANVASの取り組みは多岐に渡るが、その活動の軸には、石戸さんの「学び」に対する考え方がある。
「私たちは普段、“教育”ではなく“学習”という言葉を使うようにしているのですが、子供たちには自ら主体的に学び続ける“動機づけ”が大切なのではないかと思っています。デジタル技術もうまく取り入れながら、ワークショップを通じて、主体的で協調的で創造的な学びの場を提供したいんですよね」
では、子供達は創造的な学びの場で、何を身につけていくのか?
「あるアニメーションを作るワークショップ(写真)のことです。5人のグループの1人に非常に大人しい子がいたんですね。あとの4人はリーダータイプ。どうするのかと思って見ていたら、その大人しい子が、すごく絵が上手だということがわかったんです。他の子供たちもその子の才能に気がつき、絵コンテを描く担当にしたのです。その瞬間から大人しい子の表情ががらりと変わりました」
「手を挙げて積極的にしゃべることだけが表現手法ではないし、それぞれに心地よいコミュニケーションの方法がある。自分が得意なこと、これなら自分ができるなということを見つけて、最後まで協力してやりきると、それが成功体験となって、自信につながると思うんですよね」
クレイアニメーションを作るワークショップ
また、パリと東京の子供たちが携帯で撮影した写真を交換して、4コママンガを作るワークショップ(写真)をやったときのこと。終わったあとに、子供達に感想を聞いてみると「一緒に作った気持ちがして楽しかった」とか「もっと交流したかった」という子が多かったそう。日本では、日本人以外の人たちと交流を持つ機会が限られているが、こうした経験が、外国語や英語を学びたいという“動機づけ”になることは間違いない。
子供のクリエイティビティを伸ばす=アーティストを育てるということではない。子供が、自分で考え、協力し合い、最後までやり遂げるという経験によって、知識を得ることや考えること、そしてつくることの面白さを知る。ワークショップを通じて、楽しく学ぶ「学習」の基本が身につくのだ。
CANVASでは、東京に限らず、長崎や福島など、全国の地方自治体や企業などと協働でワークショップを開催。地方にいても、子供が学べる環境づくりに取り組んでいる。
■プログラミングで学べる論理的思考と創造力
ところで、最近中学校で必修化され注目が集まっているプログラミング教育だが、それに先駆けて以前からプログラミングのワークショップ(写真)を行ってきたCANVAS。子供たちがプログラミングを学ぶことによるメリットは何だろうか。
「まず、私たちは『プログラミングを学ぶ』ではなく、『プログラミングで学ぶ』と言っています。コードを覚えるのではなく、プログラミング学習を通じて、論理的に考えて問題を解決する力とか、他者と協力して創造する力を身につけてもらいたいということでやっています。プログラミングは、あくまでも表現方法のひとつ」
私たちの身の回りでは、電化製品をはじめほとんどのものがプログラムで動いている。そんな時代においては、クレヨンで絵を描く、粘土でオブジェを作るのと同じように、プログラムも思い描いたものを表現するためのツール。プログラミングで表現する力を身につけることは、これからの時代に必要なリテラシーなのではないか、と石戸さんは語る。
「プログラミングが出来ると、情報を受理するだけではなく、作って発信することができる。本当の意味で、情報と通信に必要なリテラシーが身につくと思うんですよね」
プログラミングを学ぶことによって、自分の表現ツールをひとつ増やすことができる。一方的に知識を与えられる“勉強”ではなく、自ら学び、そこから新しい価値を創造して発信していくことを必要とされるこれからの時代においては、大きな強みとなるだろう。
今後は、Googleの後援のもとプログラミング教育を全国に展開する予定のCANVAS。指導者向けの研修や、マニュアルの公開なども行っていく予定だ。また、今後の展望としては、創造的な学びのメソッド化や学校の設立、ワークショップの海外展開なども視野に入れているという。
プログラム体験をするワークショップ
■創造的な学びの場を日本全国の子供たちに
最後に、石戸さんが大事にしていることを聞いた。
「私の座右の銘は、『イマジン&リアライズ』なんです。これはメディアラボで教えてもらった言葉で、日本語で言うと両方とも『そうぞう(想像・創造)』なんですよね。頭に思い描くだけでなく、しっかり形にしていくことが大事なんだと。子供達にもイマジン&リアライズしてもらいたい。そのための環境を私たちがイマジン&リアライズして、やれることからしっかりと形にしていきたいと思っています」
限られた子供達だけでなく、日本全国の子供達が、創造的な学びの場に参加できる環境を整えることに力を入れていきたいとも語ってくれた。学校や自治体、企業やミュージアムなど多くの人々を巻き込み、子供たちの「イマジン&リアライズ」を生み出している石戸さん。時代が大きく変わっていく中で、プログラミングなどのデジタル体験や教育も必要性はますます高まっている。今後の日本の教育をリードしていく1人になっていくことだろう。
※石戸さんは、デジタルは「子供の夢を形にするツール」と語っています。今後、プログラミングなどの教育は必要になっていくと思いますか? あなたの声をお聞かせください。
(相馬由子)
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