僕らはみんな生きている! どやっ! 闘病7年のがん患者が発信する夢フェスタ「ドヤフェス」

ほとんどが医療費に消えてしまう毎日。夢のない日々を送ってきましたが、出来ることはまだまだあるはず。

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「備えはすぐにできることです」と話すがんを抱えている松崎匡さん=朝日新聞社撮影

「闘病、闘いではなく、育てようという気分です」「闘うとなると、一つの緊張感が生まれ、負けた場合は敗北感を感じる。それより共生という言い方が一番いいですね」

「末期がん」イコール「死」ではない。

松崎匡さん(47)はそう訴える。なぜなら、がんと宣告されてから約7年間生きてきたからだ。9回目の再発。だが、顔色はよい。

「管がここに出ているんですよ」と腹部をさする。「闘病、闘いではなく、育てようという気分です。戦っても負けるのはいつも人間ですからね」「闘うとなると、一つの緊張感が生まれ、負けた場合は敗北感を感じる。それより共生という言い方が一番いいですね」と笑う。肩肘を張らず、素直にそう思えるのは、これまで数えきれない困難があったからだ。

その松崎さんが、がん患者のイベントを企画した。がんになっても、治療法がなくなっても、あきらめない。前向きに生きているがん患者らが、「どや!」と「得意顔をする」。そんな音楽やダンスを交えたイベント「ドヤフェス」を11月に都内で開催する。その後も継続して開催する資金をクラウドファンディングサイトA-portで募っている。

「早期発見すれば長く生きられる可能性が増える。備えはすぐにできるから『予防は慌てて』。一方で、がんになっても慌てないでください。そんなに急には死にませんから。そして、イベントでは『僕も同じ生きている人間で特別な状態ではありません』とを知ってもらえれば」と話す。

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ロックが若い頃から好きだった。故・忌野清志郎さんにあこがれ、高校の後輩になりたくて同じ都立高校に入学した。忌野さんが病気を克服してステージに立つ姿を思い起こし、何もしないままでいてはダメだと思ったという。

今年6月、頼りにしていた抗がん剤に効果がないと判明した。「この機会を逃しては次はない」と、忌野清志郎さんにゆかりのある人を飛び込みで訪ねた。

すると、話が広がり、「忌野清志郎&2・3'S」のギタリストで現在「ギターパンダ」として活動している山川のりをさんに出演を快諾してもらえた。会場も忌野清志郎さんとゆかりのある「ザ・タイマーズ」のドラム、杉山章二丸さんがオーナーとなっているライブハウスを格安に提供してもらうことができた。

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松崎さんは、2009年12月に人間ドックでがんの可能性が分かり、肝臓がんの診断が確定した後、2010年3月に腹腔鏡手術を受けた。

手術の後、意外にも体はすぐに動いた。がんだからと思い切って介護の専門学校の教務主任の仕事をやめて、非常勤で働き始めた。

だが、仕事が乗ってくると、また病魔が襲う。組織内では周囲に迷惑がかかるため、自ら障害者のデイケアサービスなどをする会社を立ち上げた。がんであることを公言した。公表すると、むしろ応援してくれる人が現れたという。

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実はいま、腫瘍マーカーが「順調に上がってきている」と打ち明ける。「今手術しちゃうと、いろいろ予測不可能なことが起きてしまうリスクがあり、『ドヤフェス』までは受けない」と話す。多くの薬を投与したため、使える治療法はあと一種類。腫瘍マーカーがあがり、自宅から30分の電車も立っていられないほど、以前に比べ体は弱っているのだという。

だが、顔色はよく、はきはきと笑いを交えて話すその姿はエネルギーがみなぎり、何度も再発を経験している人には見えない。だが、以前の手術で摘出した肝臓の写真は、胆汁にまみれ、薬で空いた穴は黄土色の液体がへばりついている肝臓が写っていた。今、体の中でどんな変化が起きているのか分からない。

「余命宣告を受けて、3回死にかけました。福祉関係の研修講師などをしていますが、働いても、ほとんどが医療費に消えてしまう毎日。夢のない日々を送ってきましたが、出来ることはまだまだあるはず。『まだがんになっていない人』に向けて発信するイベント『ドヤフェス』をこれから継続して開催していきたい」と松崎さんは話している。

A-portでドヤフェスを継続して開催するための費用を集めている。支援はこちら

松崎さんの言葉(A-portより)

マスコミ等で報じられる「悲惨で壮絶な」がん患者像とは違う、「がんだから」とか「がんゆえに...」というお涙ちょうだい的なものではなく、僕を含めてリアルながんとの共生をしている人こそが「もしがんになってもこうやって楽しく生きられるぜ」と発信していきたいと強く思うようになりました。

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松崎匡さん。がんであることを公言した。公表すると、むしろ応援してくれる人が現れたという=朝日新聞社撮影

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