森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を発信しています。3月号の「時評」では、ブータンの持続的発展の可能性について、松下和夫・京都大学名誉教授が論じています。
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年頭早々にブータンへ行く機会があった。ブータンの炭素中立型発展の可能性調査の一環であった(メンバーは、地球環境戦略研究機関、国立環境研究所、東京工業大学)。
久方ぶりのブータンであった。幸い滞在中は連日抜けるような晴天に恵まれた。首都ティンプーの発展は著しく、建築ラッシュや自動車の増加などが目に付く。
なぜブータンなのか。実はブータンは、パリ協定と持続可能な開発目標(SDGs)のフロントランナーなのである。現在のところ人口が少なく、人為的な二酸化炭素排出量より森林などによる吸収量が多いので、国としての温室効果ガスの純排出量はマイナスである。他方、国民総幸福(GNH)の概念に基づき、SDGsの実現に向け包括的で先進的な取り組みを進めている。
ブータンは人口77万人(2015年世銀統計)、九州ほどの面積の小国で、一人当たり国内総生産(GDP)でみると発展途上国である。しかし憲法に基づく国策で国土の72㌫は森林に覆われており、多くの自然保護区を維持している。豊かな水力発電によって国土のほとんどは電化され、余剰電力はインドに輸出されている。そしてそれが国家収入の大半を占めている。発展政策という観点からは、SDGsを先取りした国是としてのGNHという、経済成長中心ではない目標を持つ。
ところがブータンの自然は、進行する気候変動で多数の氷河湖崩壊の恐れや農業への影響が懸念されている。さらに都市集中と経済成長の過程で、交通や産業からの温室効果ガスの排出増加が予測される。
今回訪問したのは、国家環境委員会、国家GNH委員会、ブータン王立大学(自然資源カレッジ)、公共事業省、自然資源保全環境研究センターなどであった。ブータンは国策として永続的炭素中立を追求し、国際的には気候変動への適応対策で途上国のリーダー的役割を果たしている。ブータンの気候変動政策を担うのが国家環境委員会である。一方、GNH委員会はGNH指標により各省から提案される政策を評価し統合するとともに、国の5カ年計画策定などブータンとしての中長期的発展政策を立案する役割を果たしている。
ブータンが今後先進国型のエネルギー多消費・多排出型社会を経由せずに持続可能な社会へと、蛙飛び型の発展経路を進むことは可能だろうか。我々の研究プロジェクトでは、山岳・森林および谷間都市からなるブータンを参照ケースとして中長期的な社会シナリオづくりを試行し、ブータン側のカウンターパートとともに考察する。その結果は、今後の抜本的社
会システム変化を通じた気候安定化へ向け、途上国(特に後発途上国)での政策立案、また、先進国や国際機関による途上国支援に対して、重要な示唆を与えることが期待される。