日々、切磋琢磨するビジネスパーソンに助言を与えてくれる一冊を書店員が紹介するこのコーナー。今回は、NEC、マッキンゼー、ユニデンやアップルなど、多彩な企業で人事を担当した経営学者、キャリアコンサルタントの小杉俊哉氏が仕事を楽しみに変える方法を語った『起業家のように企業で働く』を紹介する。 数々の企業で手腕を発揮した小杉氏は、起業の経験も持つ"人材開発"のプロフェッショナルだ。同氏が伝えるのは、タイトルとおり「起業家の姿勢を持ち、企業で働くこと」。"起業"と「企業で働くこと」は、一見相反するようだが、同氏は、起業家のように自己成長を続け、同僚や部署、会社をも牽引する働きかたは、「企業にいながらでも可能だ」と本書で説いている。
今回は、編集を担当されたクロスメディアパブリッシングの吉田倫哉さんとコーナーの顔である青山ブックセンターの書店員柳瀬利恵子さんに本書の見所、魅力を伺った。
起業家の想いから始まった「企業で働く」ことを説いた一冊
柳瀬利恵子さん
青山ブックセンター
ビジネス書担当
柳瀬さん:
「マッキンゼー」や「アップル」、「起業」...本書の表紙には、いま注目されているキーワードが全て盛り込まれていました。そして、タイトルに"起業"と「企業で働く」と、一見相反しそうな二つのキーワードが入っていることも気になったので、手に取ってみたんです。読んでみると、全てのキーワードが無理なくひとつに繋がっており、ビジネスパーソンにぜひとも読んで欲しい!と思って選定しました。
吉田さん:
本書は弊社社長のタイトルメッセージの発案によって、企画されました。最初にタイトルが決まっており、キャリアの視点などから小杉先生に執筆を依頼したところ、快諾いただけました。
メインターゲットは社会人5年目以降のかたです。ある程度、仕事を覚えてきて、まさに「これから」の社会人を対象にしています。このターゲットは、堀江貴文さんが勢いのあった、ITバブルまっただ中に大学生や社会人の駆け出しを過ごしてこられたかたです。現在は、仕事にも慣れ、中核として企業を牽引している世代でもあります。一方では悩み多きロスジェネ世代ともよばれるこのような世代の人たちに、自己成長する働きかたをアドバイスする一冊になることを目指しました。
――あとがきに「タイトルありきではじまった」と書いてありましたね。御社が出版する書籍は、起業に関するビジネス書が多いのでしょうか?
吉田倫哉さん
株式会社 クロスメディア・パブリッシング
吉田さん:
弊社は8年前に、社長の小早川が起業しました。出版社としてまだ若いのですが、小早川は自身の起業経験を生かし、次代を担う起業家のかたや企業に勤めながら "働く"ことに悩むかたへ「ビジネスとは何か?」を提案してきました。 小杉先生はキャリアカウンセラーであり、自身でも起業された経験をお持ちです。また、経営者の視点でベンチャーを育成したこともあり、小早川の想いを忠実に再現していただけると考え、お声をかけさせていただきました。
――本書のあとがきで小杉先生は、「一年以上お待ちいただき」と書いていたのですが、制作には時間がかかったのでしょうか?
吉田さん:
お話は昨年からあったそうです。動き始めたのは2013年2月で、まず打ち合わせを行いました。ご多忙のスケジュールのなか本格的な執筆は実質夏休み期間だけだったのですが、小杉先生は筆が速く原稿をきちんと仕上げていってくださいました。おかげで「半沢直樹」など、ビジネスマンのアンテナにひっかかるようなキーワードも盛り込むことができました。
――青山ブックセンターではどのようなお客様が買われていきますか?
柳瀬さん:
主に男性のかたが買われます。
当店のお客様は企業で働きながら、会社とは別の名刺を持って個人でも活動するようなビジネスマンのかたが多いです。また、クリエイティブ系のかたも多く来店され、主に「自分の生活と仕事を両立する」「好きなことを仕事にする」書籍への引き合いが強いです。これまで本書のように「企業の中で如何に働くか」に焦点を絞った書籍はありませんでした。この本の売れ筋を見ていると、いままでのように企業の中で漫然と働いているだけじゃダメだって、危機感を感じているかたが増えてきているようにも思います。
企業で働くことの魅力は部署異動という「転職」
――本書の制作で工夫した点はありますか?
吉田さん:
全ての章の最後には、締めくくるような名言を配置いたしました。起業家、経営コンサルタント、スポーツ選手など、出自は多様です。 小杉先生が教鞭をとる慶応大学のゼミ生にもさまざまな書籍を読んでもらって、その中から気になる一言をピックアップしてもらいました。小杉先生と編集担当でひとつひとつピンと来た名言を選定して、入れていきました。
――本書は企業で働いていると気づかない点なども網羅されていました。結構、自分自身気づいていないことが多いように感じました。
柳瀬さん:
身につまされる内容が多かったですね。
書店は一日の売り上げがその日ごとに出てきます。売り上げが伸び悩んだ日は、「自分はこの仕事でこんなに会社から給料を貰ってしまった」と気づくことができます。書店を取り巻く環境は厳しくなっているので、いままでと同じやりかたでは、右肩下がりになっていきます。書店員は一人ひとり、働きかたはもちろん、仕事にアイデアを入れていかないといけません。 本書には、ビジネスで成功する解法は書いてありません。しかし、コストのことも含めて、日々の業務を見る視点や、考えかたを学べたように思います。
吉田さん:
社会人になる前、希望や夢を持っているかたも多いと思います。しかし、入社してのんびりしてしまう人もいれば、空回りしてしまう人もいます。活躍している人ももちろんいらっしゃるのですが、多かれ少なかれ夢を実現する難しさに直面すると思います。「いつかはやってやろう!」と思っていても、時間だけが過ぎ去っていくのが現実だと思うんです。
――日々の業務に飲み込まれて、いつしか情熱を忘れてしまうんですね。
吉田さん:
企業で働く人たちが、自律的に事業を作ろう、自分が思い描いていたビジネスを実現しよう、そのように考えることで、また違う働きかた、価値を見つけられます。本書の制作で、小杉先生といろいろお話したのですが、本来企業って何かを作ろう、実現しようと、やる気や情熱を持った人たちが集まっていることを思い出せました。
――成功する起業家は、大企業でやりたいことをやっているうちに好きなことが見つかって、起業するかただと聞いたことがあります。
吉田さん:
自分で自律的に目的を定めて実現をするために、「企業で働くこと」を選ぶこともできるよと先生は仰っているようにも感じました。
企業にいると窮屈に感じることも多いと思いますけど、オフの日にはやりたいことができますよね。「忙しくて時間がない」と組織や待遇の責任にしてしまわず、自分の基準を持って仕事に挑む姿勢、つまりは"自律"を意識していけば、「企業で働くこと」を選んでも、"起業"を選んでも、成功を掴むことができるのではないでしょうか。興味深いキーワードとして、起業家は「ワーク・ライフ・バランス」ではなく「ワーク・ライフ・インテグレーション」なのだ、とありました。
――「企業で働くこと」と"起業"には大きな違いはないんですね。
吉田さん:
本書で小杉先生は「転職と転社の違い」を説かれています。勤め先を変えることを「転職」と言いますけど、実は業務内容はかわっていない「転社」なんです。 もし自分に向いていない、行き詰まりを感じたときに、日本企業では同じ会社にいながら違う業務に携われる"転職"ができると小杉先生は書いています。これは起業にはない、企業で働いている人ならではのメリットですよね。
柳瀬さん:
社内異動はチャンスですね。部署異動や自分のやりたい企画を突破しようとすると、"出る杭"になりがちです。しかし、半端に出るのがよくない。出過ぎたら「引っ張ってもらえる」と小杉先生は書いおられ、後押しをしてもらえたような気がしました。
「どうしてできないか?」から「何ができるか?」に姿勢を変える
――特に気になった話などはありましたか?
柳瀬さん:
p.49の「WILLとWANT TO」のお話ですね。
仕事は、自分のやりたいことが全てできる訳ではありません。やりたくない仕事も当然ありますし、それは組織の中で成し遂げたいことを実現するために存在している仕事なんだと考えるきっかけになりました。
私が青山ブックセンターのブランドの上でやりたいことができるのは、組織の中で与えられた役割をこなしているからなんですよね。「苦手だな...」と思っていても、それは自分のやりたいことのための仕事と考えられるようになります。
吉田さん:
僕は、p.51の「アプローチの方法はいくつもある」が印象に残りました。
今は、問題解決を中心にしてアプローチしていく風潮があると思います。しかし、本書にも記されているように、問題解決は自分たちの欠点や欠陥を洗い出して正していくので楽しくありません。そして、誰が考えても同じ結論に行き着いてしまうのではないでしょうか。
小杉先生は、ビジョンを定めて自社の強みや価値を発見し、可能性を描いていくビジョンアプローチを薦めています。このアプローチは、答えも多様になり、創造的で仕事も人生も楽しくなると思います。
――最後に本書をどのようなかたに読んで欲しいと考えていますか?
吉田さん:
社会人になって、自分が思い描いていた夢や希望と、現実の狭間で悩んでいるビジネスマンに読んで欲しいと思っています。社会に出て、波にもまれていると「どうしてできないか?」というネガティブな思考が染み付いてしまうことがあります。
本書は小杉先生が「わかりやすく」を一番に考えて、ちょうど社会にもまれているであろう世代に語りかけるような口調で執筆してくれました。ご自身の数々の失敗談を「コンサルティング会社では、プロジェクトマネージャーから逃げ場のない追求を受けて、逃げ出すように辞めた」など、ほんとうに率直に描いてくれています。このレッスンズ・アンド・ラーンド(教訓)から、先生はどのように考えて対応したのか、自身を変化させてきたのかを読み取って、「どうしてできないか?」から「何ができるか?」に変えて、仕事に向かって欲しいです。