英国がシリアへの空爆開始 -効果には疑問符でも、その場の雰囲気に流されて

英議会で、シリアへの空爆を開始する政府案が賛成多数で可決された。政府の空爆案にはいくつも落ち度があることが分かったものの、最後は賛成で決着がついた。
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2日夜、英議会でシリアへの空爆を開始する政府案が賛成多数(賛成397票、反対223票)で可決された。目的は過激派組織ISの掃討だ。政府筋によれば、3日時点で、空爆が開始されたという。

空爆案については、キャメロン首相が先週、その意図を議会で述べた。2日は約10時間をかけての討議となり、賛成・反対の議員たちがそれぞれの意見を披露。さまざまな論点が出た。議会外では、「シリア空爆反対」の抗議デモ参加者が数百人規模で集まった。

賛否両論の意見が議会内で出る中、政府の空爆案にはいくつも落ち度があることが分かったものの、最後は賛成が多数で決着がついた。

キャメロン首相が討議に入る前に、空爆に賛成しない議員は「テロのシンパサイザー(同調者)」であるという感情的な表現を使用した。討議の中では、労働党の影の外務大臣ヒラリー・ベンが、「ファシストと戦うために立ち上がるべきだ」と述べ、与党保守党から拍手喝さいとなった。

私は討議の様子については午後の早い時間、および夜の数時間視聴し、時々、複数のテレビ局の解説をチャンネルを回しながら見た。

政府案では回答が出ない点が諸所あったにもかかわらず、パリテロ後に「同盟国フランスが助けてくれと言っているのに、参加しないとは言えない」、「国際社会で英国の立ち位置が問われている」、過激組織「イスラミック・ステート」(IS)を「討伐しなければ、私たちの命が危ない」といった論点が多くの議員から支持を得たようだ。

私からすれば、軍事力を持つ英国の強面が押し切ったように見えた。日本のように、70年前の大戦以降、他国で戦ったことがない国と英国とは全然違う。英国は長い間、戦争ばかりしている国なのだ。戦っている状態に慣れている。

投票後、議会内にいる議員たちの姿をテレビで見ていて、「いざというときに、この人たちには頼れないかもしれない」という思いを強くした。「同盟国がこう言っているから」、「国際社会で立ち位置が問われるから」などの理由で戦争に突入するほうに傾いてしまうようでは、危なくてたまったものではない。ただ、筆者にはそもそも英国籍がないので、議員を選ぶことができない。自分で自分の運命を決められない、外国人としてここに暮らすからだ。無念、という感じである。

なぜ英国による空爆が「象徴」(シンボル=「フランスとともに戦いますよ」などの意味を込めての)でしかないのか。いくつかの理由がある。討議の中で出た論点や、新聞報道を見ると、以下のようなことになる。

(1)効果をあげていない

これまで、IS討伐のためのシリアへの空爆は米国が中心になって(「有志連合」)、数千回も行われてきた。ほとんど功を奏していないというのが大方の見方だ。

(2)市民の犠牲者が出る

ISではない市民が殺傷される。有志連合によれば、数人の死者がでたということだが、複数のメディアの報道ではその100倍と言われている。

(3)地上戦までをコミットしていない―中長期計画の欠落

本当にある勢力を討伐し、一掃するのであれば、空爆だけでは十分ではないというのが軍事関係者の一致した認識だ。地上戦も含めて、軍事的にコミットしているのかどうか。あるいは単に、自国軍に死者が出ないよう、空爆だけに限っているのかどうか。

(4)地上戦を行うグループは信頼できるか?

空爆を行って、仮にISがある程度は一掃されたとしよう。しかし、ISが撤退した後を埋めるのは誰なのか?キャメロン首相は現地に「約7万人近くの、穏健なグループがいる」と主張している。この数字やグループの存在は、政府から独立した、統合情報本部の報告によるという。

しかし、BBCやほかのメディアの報道によれば、この7万人というのがいくつもの小さなグループの寄せ集めで、過激なグループもいるという。ひとつにまとまっているわけでもない。時にはISのシンパになるという。

英国でいえば、与党が選挙で負ければ、野党労働党が代わりに政権を取る。シリアの現状では、ISが一掃された後に、まとまりのある1つのグループがその地を「民主的に」(?)統治する・・・という形にはなっていないのだという。欧米側が政権交代を願う、アサド政権が勢力を拡大させるだけかもしれない。

したがって、ISが弱体化しても、それを埋めるような政治的まとまりがない、という(アサド政権をのぞいては、である)。さらなる混とん状態になるのは必須で、別のISが生まれる可能性もある。

こういう状態では、西欧が危惧を抱く、シリアからの難民は増える一方である。

(5)あまりにも微小な貢献である

今回のシリア空爆の有志連合では、何といっても米国が最大。英国の貢献度はその10分の1といわれ、「象徴」としての空爆になる可能性が高い。

ちなみに、英国はイラクへの空爆作戦にはすでに参加している。

(6)シリアでは期待度がゼロ

今回の討議について、シリアではどんな受け止められ方をしているのか?

在シリアのBBCジャーナリストによれば、「全くニュースになっていない」。現地の人に聞いたところによれば、「アサド政権の攻撃を止めることに力を貸してほしい」、「ISは怖いが、ISだけが怖いわけではない」。

チャンネル4の国際報道ジャーナリストで中東経験が長いリンジー・ヒルサムは英国が空爆に参加するかしないかは、主流から外れた見世物でしかない、と言っている。

(7)イラクやリビアのように現地が泥沼化。英国が道連れになる

2003年、不十分な諜報情報を頼りに、開戦したのがイラク戦争。この時の事の顛末を、多くの英国民は忘れていない。「2度と、そういうことがあってはならない」という思いがある。

議会の討論では「これはイラク戦争ではない」という保守党議員の声があった。

それでも、確かに似ているのである。

フセイン政権を崩壊させたイラク。フランスと協力して空爆を開始し、リビアのカダフィ政権も崩壊させた。その後の両国は平和とは言い難い。

シリアもさらに状況が泥沼化し、今後何年も、英国はかかわることになる(英国軍に犠牲者が出る可能性もある)のでは、という懸念がある。

(8)外交そのほかの手段をつくしてない

もっと外交手段に力を入れるべきではないか。また、ISの資金源をたつ、ネットでの言論を遮断するなどの道をさらに強化するべきだという声もあった。

(9)本当に、国が安全になるのか

キャメロン首相は空爆に参加すれば「私たちは、より安全になる」と述べた。しかし、欧州内のISがらみのテロを見ると、実行犯はほとんどが欧州で生まれ育った若者たちである。実行犯は実際には国内にいる、というわけである。空爆で果たして、この部分を根絶できるのか。

以上のような理由が議会内でも、また議会の外のデモ参加者、あるいは報道でも出ていたにも関わらず、最後には議会は空爆を決定した。

空爆案をめぐり、野党労働党は大きく割れた。普通であれば、党の方針を決め、その線に沿って投票をするのがその党に所属する議員の義務になる。しかし、今回、ジェレミー・コービン労働党党首は議員らに自由に採決に参加することを許した。結果、コービン党首は空爆に反対であったにもかかわらず、66人が賛成に票を投じた。

特に大きな注目を集めたのが、ヒラリー・ベン影の外相だ。先にも書いたが、「ファシスト」という非常に強い言葉を使って、空爆賛成を表明した。これ以前はそれほど目立つ印象を与える議員ではなかったが、今回の演説はかなりの迫力があった。

自分の説を述べた後、賛成派の保守党議員から大きな声援を受けて、ベン議員は、座席に座った。コービン党首とトム・ワトソン副党首の間の席である。隙間が狭かったのか、コービン氏とワトソン氏の間のスペースに割り込むようにして座ったのが印象的だった。この演説で、数人の労働党議員が賛成票を投じたといわれている。労働党の分裂がはっきりと表れた瞬間でもあった。

保守党支持が多いメディア報道ではいつも批判されているコービン党首だが、今年9月、労働党員の多くの支援を受けて、党首に就任したばかり。核兵器廃絶、反王室、鉄道再国有化、高所得者層への課税強化など、物議をかもす信念を持っているものの、党員が選んだ党首という意味は大きい。

野党が弱いと、与党の思うままに政治が動いてしまう。そういう意味では英国は政治危機にもあるのも知れない。

(2015年12月3日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)

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