Brexit(ブレクジット)の国イギリスで空前の「社会主義」ブーム

日本の有権者たちは、イギリスのように「国難」を自ら招いてしまって痛い目に遭う前に、自らでブレーキを踏むことができるでしょうか?

今回の日本の解散総選挙について、イギリスのBBCは先日「テレザ・メイと同じ轍を踏むことにならなければ良いけれど・・・」というコメントをつけて報じました。

どういうことでしょう?

イギリス議会の総選挙は、当初の予定では2020年実施とされていました。ところが、「EU離脱交渉に向けて国内議会での支持をより強固なものにするため」という理由で、テレザ・メイ首相が本来やらなくてもよかった総選挙に今年の6月に踏み切った結果、与党保守党がまさかの大敗。保守党とSNP(スコットランド国民党)が大きく議席を減らし、その分社会主義を標榜する労働党が躍進した、という結果だったのです。

有権者の投票行動で見ると、投票者の年齢が若ければ若いほど、また教育レベルが高ければ高いほど、労働党を支持する割合が高いという傾向がくっきり表れました。 

今やイギリス労働党は欧州最大の社会主義政党に成長し、EU離脱交渉の行方やその間のイギリス経済状況などによっては、「次期イギリス首相はコービンになる可能性も十分ある」とイギリス政治に詳しい方は言っています。

実際、9月終わりに労働党の年次党大会がイギリス南部の街ブライトンで開かれたのですが、その間、街中は特に若者たちの熱気でものすごい盛り上がりようでした。党大会のサイドイベントとして、労働党の青年部のような役割を果たす「モメンタム」によって開催されていたクラブイベントにも興味本位でチラッと顔を出してみたのですが、大勢の若者がクラブの中で

「オー!ジェレミー・コービン!」「オー!ジェレミー・コービン!!」と踊りながら夜な夜な大合唱。

労働党大会本会議でもコービン党首が登場した際、2分半ほどコービン・コールが鳴りやまず、コービン党首が演説を始められなったそうです。

労働党の党員数はコービン党首の下で2015年以来増加傾向にあるのですが、6月の総選挙後に更に急増し、現在では55万人を超える党員数だそうです。年間党員費が3ポンド(500円くらい)からという「お手軽さ」もあるかもしれません。

ではなぜ、日本的に言うといわゆる「リベラル左派」と呼ばれるコービン労働党首が、特に若者の間でスーパースター視されているのでしょう?労働党が、大学授業料の無償化や最低賃金の引き上げなど「若者受け」する政策を打ち出している、という政策論もあるのですが、その他にも、特に昨年6月のEU国民投票との関連で3つの理由があるように思います。

1.昨年6月に実施されたイギリスのEU離脱国民投票において、多くの有権者(特に低所得者層)が極右政党UKIP(イギリス独立党)による数々のウソに騙されてしまった、ということに若者たちが気がついた  

2.EU離脱国民投票の結果(51.9%離脱と48.1%残留)、実は国民一人一人の1票が一国の政治に地殻変動を起こし得ることを、イギリス国民自体が痛感した

3.EU離脱国民投票では、年齢が高くなればなるほど離脱に投票し、若ければ若いほど残留に投票したが、若者の投票率が高齢者よりも低かったため、残留派若者の人生における様々な機会が、離脱派高齢者によって奪われてしまったことに、若者自身が気が付いた

また、こちらの学会やセミナーなどに出ていて気が付くのは、自由競争原理に基づく経済政策としての「ネオ・リベラリズム」(新自由主義)は、「悪い考え方」の代表として語られることです。確かに、イギリスのEU離脱投票は、自由競争経済に基づいて格差が拡大した結果、長年無視され続けてきたと感じている郊外の貧困層(そして極右UKIPなどの主張が真っ赤なウソであることを見破られなかった人達)が、富裕層に対して起こしたある種の「階級闘争」でした。

そのような極端な形での逆襲、特にイギリスの若者にとっては将来のヨーロッパでの可能性を絶たれるような絶望的決定が二度とされないよう、緩やかかつ健全な「自浄作用」を促すため、所得の再配分と貧困層への手当を重視する労働党への参加と支持が高まっているのではないか、とも私には見えます。

それにしても、上で書いたようなクラブでの異様な盛り上がりについて少し不気味に思い、実際EU離脱決定後に労働党員となった学友に、

「でもみんながみんな、ちゃんとマニフェストとかを読んで党の政策を理解している訳ではないでしょ?」

と少しカマをかけてみたら、

「んま、ノリで参加している人も中に入るかもしれないけれど、案外みんなちゃんと読んでいるよ。そもそも自分の毎日の生活と人生に直結する問題だし。政治に参加することが「クール」なこと、という認識が浸透しているんだ」

との返答でした。

有権者の一人一人が政党の政策綱領や主義主張をきちんと読み、自分の考えや大事にしていることとシックリくるのか吟味し、異なる意見を尊重する形で他者とも議論をして、きちんと投票に行く。

これは恐らく民主主義の基本のキで、かなりベーシックな「ポリティカル・リテラシー」のはずですが、それを実践しなかったために、イギリス国民、特に若者は「ヨーロッパにおける人生の様々なチャンスを失う」という多大なるコストを払うことになった、そのことをBrexitで痛感したのです。

どれほど日本で報道されているか分かりませんが、Brexitの交渉プロセスは当然ですが難航を極めていて、場合によっては最悪のシナリオ ―つまりEUとの取決めの落とし前がつかないままEU離脱の期限がやってきて、ただ離脱だけしてしまう― が現実とならないとも限らない状況です。正にイギリスは、第二次世界大戦後最大の「国難」に直面していると言えるでしょう。

「どうせ自分の1票なんて反映されないから、と諦めない」

「惰性や慣性、印象でなく、今現在掲げられてる政策の中身を確かめる」

「自分自身の来年、5年後、10年後の人生を他人任せにしない」

「投票に行く」

それだけで、どれほど大きく政治を動かすことができるのか、昨年と今年の6月にイギリスで行われた国民投票と選挙は、民主主義の神髄を証明した結果となりました。

さて今回の日本の総選挙、日本の有権者たちは、イギリスのように「国難」を自ら招いてしまって痛い目に遭う前に、自らでブレーキを踏むことができるでしょうか?

それとも・・・。