カイロの少数派キリスト教の一派、コプト教徒の家庭に生まれた。カイロ大法学部卒業後、パリ大で博士号(国際法)を取得。カイロ大教授を経て、1991年にエジプトの外務担当副首相に就任した。
92年、アフリカ出身者として初めて国連事務総長に就任。北朝鮮を訪問したほか、国連平和維持活動(PKO)を強化したことで知られるが、ソマリアなどでの活動で失敗。
(ガリ元国連事務総長死去 PKO強化の改革を提言 - 産経ニュースより 2016/02/17 01:21)
ガリ氏は「平和への課題」と提言し、紛争により積極的に関わるため国連が軍事力を行使することも辞さない姿勢を打ち出した。しかし、ソマリアのPKOでは多くの犠牲者が出たため撤退を余儀なくされたほか、旧ユーゴスラビアのボスニア・ヘルツェゴビナの民族紛争やルワンダの大虐殺といった困難な問題の対応に追われた。
96年に再選を目指して出馬表明したが、事務総長選出の決定権を持つ安全保障理事会常任理事国のアメリカが「国連の行財政改革に不熱心」として再選に拒否権を行使し、異例の1期・5年だけでの退任を余儀なくされた。
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