亡き妻の両親はカンボジアで宣教師をしており、2月14日、生後5ヶ月の長男を連れて訪れた。
私一人では大変だろうと、77歳の母親が付き添ってくれ、全日空の成田発プノンペン行に乗った。これまで8カ国17年の海外生活をしてきて、アメリカン航空からエチオピア航空まで、20以上の航空会社を利用したことがある私だが、他の航空会社に比べ割高な全日空の国際線に乗るのは初めてのことだった。
飛行機にはベビーベッドが設置できる席がいくつか用意されている。
設置できる場所は壁がある各ブロックの最前列の席だけで、私と母もそこの席を割り当ててもらった。搭乗ゲートが閉まり、辺りを見回すと、機内はガラガラで、7割くらいの席が空いていた。3席まるまる空いている列もいくつかあった。
私は母に「7時間と長いフライトだから、交代制で子どもを見よう。後ろに3席まるまる空いている列があったら、そこを確保して、子どもを見ない方はそちらで休むようにしよう」と提案した。
私が立ち上がって、機内の後方へどの席が空いているか見に行くと、「皆様が指定されたお席に座っているかどうか確認させていただきます」という機内アナウンスが入った。
そして、スチュワーデスさんが私に「もう離陸ですので、お席にお戻りください」と言ってきた。
私が席に戻ると、そのスチュワーデスさんが「お客様、どうかなされましたか?お席を移られたいのでしょうか?」と尋ねに来てくれた。
「3席空いている列があれば、私か母のどちらかがここで子どもを見て、どちらかがそちらで休むという体制にしたいのですが?」と伝えると「座席の移動に関しては機長の許可が必要になります」と言われた。
これまで、どの航空会社でもエコノミークラスの座席は自由に移動できていた。3席空いている列には「この座席は使用されております」の紙が置かれ、乗客が自由に移動できないようにされた。
会話は続いた。
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ス:それでしたら、3席空いている列を前後二列確保して、お二人ともそちらへ移動できるようにいたしましょうか?
私:でも、そうすると、ベビーベッドが使えなくなってしまいますね。あ、でも、私と母で6席分いただけるのなら、座席の上に寝かせることもできますね。
ス:いえ。座席の上だと、転落の危険性がありますので、難しいかと。
私:あ、そうですか。でしたら、3席一列分確保して頂けたら、私と母で交互に使うことにします。
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自分の子が座席から転落するかどうかなんて、親が一番よくわかっている。
私の長男はまだ寝返りはしない。9キロの荷物が座席上から落ちるほどの揺れは感じたことがない。それに、私が隣にいるわけだから、いつでも長男を支えることができる。万が一、転落したとしても、それは自己責任とすればよい。
すでに、長男は飛行機の座席より高いところから転落したこともあり、そんな時はさすがにひやっとさせられるが、少し泣いた後、けろっとしている。
万が一の転落の危険性よりも、長時間のフライト中、少しでも長く長男が寝てくれることの方が重要なのだ。
離陸してからまもなく、シートベルトのサインが消え、ベビーベッドが設置された。
「お子様を寝かせる際には、転落防止のためのベッドカバーをしっかり締めてご使用ください」という説明があった。深さ30センチのベッドの底にはブランケットが敷かれ、体重9キロの長男を中に入れ、カバーを閉めると、カバーと長男の鼻先は数センチと接近する。
しかもカバーは顔から足まで全体を覆うため、ベッドというより箱に入れられたような感じになる。抱っこで長男を寝かせつけた後、ベッドに入れたが、十数分後に起きてしまった。
長男は普段、両腕を広げながら寝て、睡眠中にも、足をバタバタさせたりする。ベッドカバーがあるために、自由に身動きが取れず、眠りにつけないのだ。
長男は昨年9月にヨルダンで生まれ、10月末にカタール航空で日本に来た。その際もベビーベッドを使用したが、全日空と違い、カバーはなかったため、長男はぐっすり眠れた。飛行機で、深さ30センチのベッドから重さ9キロの長男が転落するほどの揺れを私は経験したことがない。
チャイルドシートのないタクシーに乗せるほうがよっぽど危険性が高い気がする。
食事の後、「コーヒーか紅茶いかがですか?」と歩き回るスチュワーデスさんに「コーヒーお願いします」と伝えたら、「お子様が火傷されては困りますので、お子様が寝たときか、少し冷めたコーヒーでよろしければ後でお持ちします」と、コーヒーさえ飲ませてもらえなかった。
さらに、最前列の席はアームレストが固定されているため、私と母の身動きも自由に取れない。試しに、確保してもらった3席の列に長男と移ってみた。アームレストを全部上げ、足を伸ばしながら、長男をひざの上に置き、本を読んであげたりした。
そのうち、長男が眠り始め、スチュワーデスさんからのアドバイスを無視して、そのまま座席の上で眠らせた。そしたら1時間半も寝てくれた。
「転落の危険がありますので起こしてください」とは誰にも言われなった。
着陸1時間前になり、スチュワーデスさんが「もうすぐ着陸ですので、元のお座席にお戻りください」と言う。私が「このままこの席にいたいのですが?」と尋ねると、「機長の許可が必要なので、、」と、また言われた。
さすがに今回ばかりは私も「機長の許可?」と首をかしげると、「それでは、そのようにアレンジしてみますので、少々お待ちください。お母様の方にもお伝えしておきます」となった。
昨年7月、妊婦の妻と一緒にヨルダンからイタリアに行った際、ギリシャのアエゲアン航空を使った。
飛行中、妻が長時間同じ席に座り続けるのが辛いらしく、私がスチュワーデスさんに「妻が妊娠していて、どこかで横になれる方法はありませんか?」と尋ねた。
機内はほぼ満席で、3席空いているところなどなかった。スチュワーデスさんは「少しお待ちください」と言い、5分後、「それではご案内します」と私たち2人を移動させた。
どこに連れて行かれるのかと思ったら、3席を一人で使っていた男性乗客が私たちと席を交換してくれるというのだ。おかげで、妻は私のひざに頭を置き、横になることができた。「機長の許可」なんて一言も言われなかった。
世界の航空会社ランキングでは毎年上位につけながら1位になれない全日空。より安価な航空券代を提供しているにもかかわらず、2015年に1位になったカタール航空や他の航空会社との差は、全日空の極度の縦社会と責任回避の姿勢にあるのかもしれない。
赤ちゃんがどうすれば快適に過ごせるかは親が一番よくわかっている。
「座席からの転落、飲食による赤ちゃんへのケガなどは一切責任を負いません」という紙にサインしてもらうなどして、できるだけ親の裁量に任せることはできないだろうか?
そのためにはまず、男性が大半を占める機長がすべてのことについて了承しなければいけない制度ではなく、女性が大半(というか全日空なら100パーセント)を占め、現場により近い搭乗員に裁量を持たせることはできないだろか。
そうすれば、カバー付のベビーベッドが使いづらいことや、アームレストが固定された席に赤ちゃん連れの人が座ることはなくなるかもしれない。
スチュワーデスさんたちは皆、ミルクを作ってくれたり、長男を抱っこしてくれたり、「私のところは4歳の子がいるんですよ」などと声をかけてくれ、一生懸命やってくれていた。
ただ、今の制度では彼女たちの能力が最大限発揮できていないような気がして、とても残念だった。