ブラック企業、過労死、電通……2016年、インターネットなどを中心に、人々の注目を集めたキーワードだ。そんな社会情勢のなか同年に発売された経済小説『進め!! 東大ブラック企業探偵団』(講談社)が話題となった。筆者の現役東大生、大熊将八さん(24)はハフィントンポストのインタビューに「みんなから憧れられるような良い企業に入っても、思ったよりも未来が開けてこない」と語った。
「東大ブラック企業探偵団」とは、実在するゼミをモデルにした、東大本郷キャンパスに部室をおく「秘密結社」の設定。作品は、東大生たちが貸借対照表、損益計算書など財務諸表を分析し、一見業績好調にみえる企業の実態を暴くストーリーだ。
大熊さんの話は、作品の元となったゼミの活動や、2016年に過労死自殺が問題となった電通、現大学生の就職活動などに及んだ。「『それでも電通が好きです』と語って入る学生が増える勢いではないかと感じています」とも述べた。
インタビューに応じる東大の大熊将八さん=東京都千代田区
――この著書ですが、どういうきっかけで書き始めたんですか。
(エンジェル投資家で京都大学客員准教授の)瀧本哲史先生のゼミの活動がもとになっています。東大の単位になるゼミではなく、20人くらいの有志が集まったサークルのようなものです。東大生は半分くらいで学年もバラバラ、修士の人もいれば、理系の人もいました。
ゼミでは、自由に好きな企業について「この企業はこれから市場の予想以上に伸びると思うんですけど」「ここの財務状態は実はやばいのでは」などと、貸借対照表、損益計算書など財務諸表を分析したり、実地調査をして業績予想を立てたりしてプレゼンをします。ゼミ生の発表企業の中には、実際にプレゼン後に連日ストップ高になった企業や、粉飾決算疑惑が明るみに出た企業もありました。
ある東証一部上場企業は、売掛金という未回収のお金がとても増えていました。売上には計上されるのでとても売上が伸びているように見えたんです。さらに中国での売り上げがとても伸びていて、中国人の役員に中国事業を全部一任しているようでした。実際1年後にその役員が自分の一族に循環取引をしていて、資金・債権を回収できていないことが分かったりしたんです。
――瀧本先生は、どういう狙いでゼミをしていたのでしょうか。
瀧本先生がおっしゃるのは、学生であってもちゃんと仮説を立てて、時間をかけてきちんと順序建てて実証していけば、いま世の中の市場が織り込んでいるいろいろな予想や期待を裏切るような分析ができるはずだということでした。ゼミでは1つの企業について多いときでは100時間以上かけて調べるんです。すると、世間で報道されていることと全く別の事実が浮かび上がってきました。海外の投資ファンドに企業の不正追及を手掛けているところがあるんですけれど、そこは、1つの企業に対して最低600時間という徹底的なリサーチをすれば、不正は内部告発がなくても明るみに出ると言っています。それに近いところがあるでしょう。
僕が最初に調べたところは複合カフェを運営する企業です。新聞の記事やアナリストのレポートには、ネットカフェの最大手で高齢者向けネットカフェもやっていて、ポテンシャルが大きいと書かれていました。でもさらに調べたり実地調査したりすると、高齢者向けネットカフェは「20店舗を展開」と言っているのに、実際には3店舗しか展開できていないとか分かったりしたんです。
世の中で回っている情報と実態にはギャップがあるということを知り、「面白いな」ってどんどんはまっていったんです。
――ゼミ参加者のみなさんの意識というのは、自分が社会人になる際に会社を見極めたいということですか。
根っこにあるのは「世の中の情報に惑わされないでいよう」ということだと思っていました。自分でしっかり判断する力を身に付け、メディアの情報や人の噂ではなくて、しっかりとしたファクトとロジックに基づいた意思決定を磨こうというのがテーマです。
――企業側の問題もさることながら、選ぶ学生側の認識や教育システムに問題があるということはないですか。
就活はすごく歪んでいると思っています。具体的には、リクナビやマイナビなどの情報サイトの影響がものすごく強いわけですが、これらの会社情報って基本的に全部広告ですよ。企業からの広告によって情報サイトはマネタイズできるから学生はタダで使えるわけで、すごい仕組みだなと思うんです。
このように、就活生が触れる情報というのは実は広告ばかりなんです。さらに、噂のような不正確な情報が飛び交います。ある調査で「就職の決め手」について、業績や給料以上に、面接官や訪問したOBという「人の印象で決める」というようなことが言われます。それも1つのやり方で、大事な要素だと思います。でも、1時間そこらで、その人の人となりが本当に分かるわけはないと思っています。
財務諸表の数字をしっかり読み込めばきちんとした情報が得られますが、就活サイトに頼ることに比べると非常に面倒くさいことです。易きに流れるのは宿命だと思います。
――ところで、社員が長時間労働のうえ過労自殺して社会問題となった電通は、誰もが羨むブランド企業です。OB訪問する前から、多くの学生が大企業や有名企業には入りたかったりしますよね。電通についても調べたとのことですが。
電通って、いまは批判の声が多いですが、最近、後輩の就活生と話をすると、それでも入りたいという人が少なくないですよ。電通のそこそこのお偉いさんが就活生に向かって「それでも入りたいんですというのを売り文句に、むしろ志望者は増えるのではないか」と語ったという話も耳に入ります。今までは「どうせ受からない」と諦めていた人が、「叩かれていますけれど僕は電通が好きです」と採用の際に語り、そして入ってくる人が増えるんじゃないかと。実際にそうなる勢いではないかと感じています。
電通は、「24時間365日働け」の掛け声の元、従業員を安く使い潰すという雰囲気があったとされる居酒屋チェーン「ワタミ」に代表されるこれまでのブラック企業とは違い、激務だけど高給、さらにみんなが憧れるようなブランド力があるから中の人が我慢して長時間働いてすり減らされていく「新型ブラック企業」と言われています。
若手の時にガンガン仕事をするのは当然だと思うのですけれど、その先に明るい未来があるかどうかがポイントでしょう。しんどいとか、最初は給料が高くないというのも、その後もっと大きなやりたい仕事ができる、給料が上がるということを希望に持っているからやっていけるわけです。でも、大手企業もつぶれたり業績不振に陥ったりすることが珍しくないこのご時世、10年耐えてもそれから美味しい思いができるのかも不透明ですよね。
外資系の投資銀行やコンサルティングファームは、かつてはエリートの人が希望する象徴だったのですけれど、以前よりはうまみが落ちているとも言われます。社員を増やして、対象を経営トップ層から裾野を広げて課長レベルまでに対するコンサルをやっていこうとしている。そうすると前のような少数精鋭というわけでもないので、昔ほどのうまみは得られなくなっている。ブランド名と高い給料があるから行くけれど、そこでキャリアに迷っている。それこそ就職した友人に結構います。
外資系投資銀行なんかでも、5日連続で徹夜して血へどを吐いて入院しても、入院した先に上司が来て、「働け」と連れ戻すこともあるようです。それだけ耐えて働いて、給料が上がったらいいですけれど、今、(イギリスの金融機関)バークレイズなどのように日本から撤退したり、日本のメンバーを減らしたりするところもあります。
みんなから憧れられるような良い企業に入っても、思ったよりも未来が開けてこない。この閉塞感と「新型ブラック企業」の誕生って、リンクしているのではないでしょうか。
――電通について、新たに調べたことはありますか?
電通が面白いのは、最近いろいろと報道されているにも関わらず、株価があまり下がっていない点です。
電通って完全に国内市場に限界があるとわかっていて、海外の会社をとにかく買収しまくっているんです。「2017年度中に売上総利益ベースで55パーセント以上を海外から得ます」と言っています。すでに50パーセント超えていますが、つまり電通にとって一番大事なのは海外の買収がうまくいくかなんです。買った会社が全然ダメになっちゃっえばものすごい損失を出します。電通も広告クリエイターとか営業マンは引き続き必要なわけですけれど、電通がいま本当に欲しいのは、海外の企業を経営したり買収したり、投資したりできる人材なわけです。それを理解している就活生ってあんまりいないと思います。面白い点ではないでしょうか。
今問題になっている長時間労働については、実は経営的には大きな部分ではないようだということは興味深いです。もちろん、過労死する方からするとたまったものじゃないですけれど。
競技ダンス大会で演じる大熊将八さん(立花真理子さん撮影)
――就活生にとっては、ブランドだけで企業を選ぶなと言うことですか。
いい企業、悪い企業は人によって違うと思います。ラディカルな意見として、友人が言っていて「そうかもな」と思ったのは、「企業に入る時点でブラックだ」ということです。従業員になるということは会社のために働くということで、自分のやりたいことが奇跡的にマッチするかもしれないけれども、基本的には従業員になるということを選んでいるわけだから会社のために働くのが当たり前。それは確かにそうかなと思います。
電通の亡くなってしまった方って、やりたくもない月100時間以上の残業をさせられたのが致命的なわけじゃないですか。僕の周りの起業している人は平気で月に200時間以上の残業をやっている人もいますが、事業のことを考えるのが楽しくて楽しくて仕方がありません。他にも例えば業務時間を含めて1日18時間くらい髪の毛のことを考えている美容師の知り合いは「1日中髪の毛のことを考えたいのだからこんなに幸せなことはない」と言っています。
やりたくて無限に時間を費やすというのは、仮にお金がそんなに入らなくても多分幸せなことです。けれど、それを提供できる会社というのはすごく限られています。今では日本経済が厳しい状況になっているので、大きな企業がじわじわしんどくなっていて、それを提供できる可能性がどんどん狭まっているとは思います。
――2016年は「ブラック企業」という言葉が注目されました。でも、内定が出たのがブラック企業だけしかないなら、選びようがないです。
格差がとても広がっていると思っています、いい大学に行っているとか、勉強ができるとかいうのとは別に、アグレッシブに自分からどんどん動いたり、情報を集めたりする人にとってはものすごくいい時代で、いろいろなチャンスが広がっています。20代前半でもいろいろなことができる可能性が広がっています。「越境EC(国境をまたぐネット通販)」の分野で起業している女子大生や、大学を中退してメディアアーティストをしている人や、大学在学時に有名なゲーマーをしていて自分でも作り出したら当たって法人化して大儲けしている友人なんかもいます。でも、そうではない残り98パーセントくらいの人にとってはしんどいと思います。
――いまの就活生は、一生ずっと働けるはずだ、というような思いは少なくなっていますか。
一生同じ企業で働ける可能性は下がってきているけれども、それゆえに、ないはずの安定をすごく求めている人が多い感じがします。「つぶれない会社ってどこなんでしょうね」と相談されることがあって、「絶対安心なところってないと思う」と言うとすごくがっかりされることがすごく多いです。
――企業情報の見方ですが、大学なり教育機関がもっと教えるべきなんでしょうか。
難しいですよね。理想論では教えたほうがいいと思っています。就活に限らず、資本主義社会で生き抜く以上は企業と関わるので、その見方というのは、ある種教養として持っておくべきだと思います。
僕が高校生のときにリーマンショックが起きました。僕は母子家庭で決して裕福ではなく、母親はそのころ派遣社員でした。「派遣切り」をされることはなかったですけれど、「大丈夫かな」と毎日、心配していました。企業や経済がどうなるか、自分で調べるのはすごく大事だと思います。
――ところで大熊さんは、瀧本ゼミ以外では、競技ダンスに熱中していたんですよね。
大学1年生の終わりごろから始めました。それまで、幼いころからずっと競泳をしていて、小学3年生の頃から10年連続で全国大会に出て、国体では決勝まで残りました。高校では、授業のない日は1日7時間の練習で25キロも泳いだりしていました。
高校3年生のとき、水泳でインターハイの優勝と、東大の現役合格とをどちらも達成しようという目標を立てました。結局、インターハイは予選で落ちました。そこまでで水泳に対するモチベーションを完全に失い、大学では他に何かないかと思っていました。そんなとき、競技ダンスに出会いました。それまでダンスには苦手意識があって、苦手なものにあえて取り組み、それでうまくなったら自分の中で満足感があるんじゃないかと思って始めました。ずっと下手くそだったんですけど、必死で取り組み、4年生のとき、最後の全日本戦で優勝することができました。
ほかには、クラウドファンディングで約100万円の出資を集め、アメリカでの取材留学を経験したり、NewsPicksでの連載、個人ブログでいろいろな人にインタビューしたりしてきました。いろいろ表現して、目立つことが好きなんでしょうね(笑)。
――3月で卒業する予定ですね。その後はどうするんですか。
2017年の2月か3月くらいには、新しく本を出す予定もあります。『ブラック企業探偵団』が出た後もずっと様々な企業を調べているので、それをまとめます。どちらかというと、企業分析の仕方などもう少しビジネス書寄りになると思います。公開情報だけで最近話題となっている企業の意外な実態が分かるということをテーマにします。
大熊将八(おおくま・しょうはち)東京大学経済学部在学中。メディア業界の最新動向に興味を持ち、アメリカ東海岸への3カ月間の突撃取材をクラウドファンディングで企画、約100万円の資金調達をする。特技は競技ダンスで、元学生日本一。身長192センチ。
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