2014年5月、「鳥獣保護管理法」が成立しました。これは、「鳥獣保護法」の改正により成立した法律で、野生鳥獣の法的な「管理」という側面が、従来の目的よりも強調される形になったものです。この「管理」が意味するところは、農林水産業に被害を及ぼしている野生鳥獣の個体数や生息域を、「適正な水準」に減少または縮小させること。しかし、増え続ける被害への対策は、本当にこれによって適切になされるのでしょうか? 人と野生動物の共存は実現できるのか? 鳥獣保護の現場と、この法律が抱える課題に注目が集まっています。
狩猟法から鳥獣保護法へ
日本における狩猟の諸規則を定め、野生鳥獣を保護する法律として、長年にわたり運用されてきた「鳥獣保護法(正式名称:鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律)」。
その歴史は、1896年(明治28年)に成立した「狩猟法」、すなわち、狩猟に際しての安全の確保や秩序の維持などを目的とした、「狩猟の管理規則」を定めた法律に始まります。
この法律では、大正時代から昭和にかけての法改正を経る中で、狩猟の対象としてよい「狩猟鳥獣」と一般獣とが分けて定められ、徐々に鳥獣保護の意味合いを持つようになっていきました。
1963年(昭和38年)の法改正では、「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」に名称を変更。
鳥獣保護事業の実施や、暮らしや農林水産業、また生態系に鳥獣が及ぼす被害の防止、さらに狩猟の際の危険を予防する規定などを定める法律として、一般に「鳥獣保護法」と呼ばれるようになりました。
1971年には、この法律を管轄する省庁を、林野庁から新設された環境庁に移管。以後、日本の野生動物に関する重要な法律の一つとして、運用されることになったのです。
時代に取り残された鳥獣保護法
しかしその後、国内各地では、この法律が本来の目的を果たしているとは言い難い状況が生じてきました。
里山・里地などの中山間地域における、人と野生動物の関係の変化に応じた法改正が、十分に行なわれてこなかったためです。
そもそも日本では明治時代以降、人口の増加にともなう耕作地や居住地の拡大が続き、多くの野生動物が生息する中山間地域でも、たくさんの人が生活するようになりました。
その結果、一部の鳥獣は生息域や個体数が減少。絶滅が危惧されるようになったり、地域によっては姿を消してしまう例が、実際に見られるようになったのです。
しかし時代がさらに移り、全国的に少子高齢化が続き、大都市圏に経済や人が集中するようになると、中山間地域では過疎化と、耕作地や里山の荒廃が進行してきました。
逆に、数を回復させ、農林水産業に被害をもたらす野生鳥獣が出現。さらに、気候変動の影響を受けて、冬季の積雪量が減り、生息可能な環境が増加するなど、野生鳥獣をめぐる状況が大きく変化しました。
その一例が、近年のシカやイノシシ、サルなどです。
こうした野生鳥獣は、市街地にも姿を見せ、人との衝突を起こすこともあるほか、地域の植生を食い荒らし、生態系のバランスそのものを損なってしまうほどにまでに影響が拡大し始めています。
「鳥獣保護事業計画」の限界
こうした鳥獣被害に、どう対応するのか。
鳥獣保護法には、その対策についての規定が盛り込まれています。その一つが、同法の第4条で定められている「鳥獣保護事業計画」です。
これは、国の基本方針にそって各都道府県が策定するもので、保護区の設定や、野生生物の生息状況の調査、さらに被害防除の考え方などが示されており、現在は第11次鳥獣保護事業計画にもとづいた施策が、全国各地で行なわれています。
しかし、この「鳥獣保護事業計画」は、鳥獣による被害の現場に、十分な問題解決をもたらすことができていません。
原因の一つは、各都道府県はこの計画の策定を義務づけられているものの、実際に計画を実行したかどうかの評価や罰則がないこと。
さらに計画がある場合も、多くの自治体で実際に行なわれてきた鳥獣被害への対応が、ほぼ狩猟と有害捕獲による「個体数の管理」に終始。
それが、農作物等への被害を減らす上での十分な成果につながっていないのです。
年々、シカやイノシシなどによる被害と、その有害捕獲(有害駆除)が増え、人と野生動物との共存のあり方が問われる中、WWFジャパンをはじめとする45の自然保護NGO(民間団体)は1999年、「野生生物保護法制定をめざす全国ネットワーク」を設立。
野生生物に関わる法律について、国や自治体への問題提起や提言活動を開始しました。
その、最初の取り組みとなったのが、1999年(平成11年)の鳥獣保護法改正に際しての、政府に対する提言活動です。
地方分権の動きと「保護管理」の強化
この時の鳥獣保護法の改正で、全国ネットワークは、政府の改正案にあった「野生生物の保護管理」という言葉の中身に対し、強い懸念を表明しました。
示されていた「保護管理」の中身が、狩猟と有害捕獲による個体数管理に偏った内容になっていたためです。
その一方で、野生生物の調査や希少な種の保護についての施策は、おざなりな状況になっていました。
野生生物の現状を把握しないまま、ただ狩猟や有害駆除の数を増やすばかりの「管理」が、強化されようとしていたのです。
さらに、この年の法改正には、地方分権の推進に向けた動きの強化も色濃く反映され、鳥獣の保護管理についても、環境省から各自治体、内容によっては、市町村レベルの自治体にまで、権限を委譲する方針が採られました。
たとえば、農地や市街地に出没した野生鳥獣の駆除を決定する権限です。
この権限が市町村レベルの自治体にまで委譲された結果として、野生動物が隣の自治体との境界を越えたとたんに、害獣として撃たれる、という事態が生じる可能性が出てきました。市町村によって、野生鳥獣への対応が異なるためです。
仮に、ある自治体が保護を優先し、野生鳥獣を誤って捕獲したあと、山へ返す方針を取っても、隣の自治体が駆除を優先していたら、それはその野生生物を「種」として保護することにはなりません。
NGO全国ネットワークは、人間の引いた境界線に関係なく生息する野生動物との共生を考える上で、これには非常に大きな問題になると指摘。
結果的に、当時の改正案はほぼ政府が提出したとおりに可決されましたが、NGOの意見の多くが、衆議院と参議院の附帯決議として、改正法に付されることになりました。
そしてその中には、実情に見合った鳥獣保護法の定期的な改正を促すため、「3年後」の法改正を求める項目も含まれていました。
特定鳥獣保護管理計画と「保護管理」の3本柱
この時の改正では、従来の「鳥獣保護事業計画」の下に、新たに「特定鳥獣保護管理計画」制度を新設することが決まりました。
これは各自治体が策定するもので、個体数が増えすぎたり、減少しすぎた「特定鳥獣」を定め、その科学的な保護管理を集中的に進めるものです。
現在までに、特定鳥獣とされた野生動物は、ニホンジカ、イノシシ、ニホンザル、カワウ、ニホンカモシカ、クマ(ヒグマ、ツキノワグマ)の6種。
これらの野生鳥獣と人との軋轢を解消し、減少した鳥獣の回復を図るため、生息状況や分布状況、被害状況を把握し、科学的なデータに基づいて、適正な個体数管理や生息環境の整備、被害防除を計画的に実行する、というのが、この制度に求められた役割でした。
また、この特定鳥獣保護管理計画制度が策定された時、次のような「保護管理」の3本柱が立てられました。その内容は次の通りです。
1.個体数管理
2.被害防止
3.生息地管理
この3本柱は、その後、2008年に成立した上位法の「生物多様性基本法」の第15条2項にも明記されるなど、野生鳥獣の「保護管理」を進める上での、重要な要素と目されるようになりました。
しかし、これまでのところ、個体数が著しく減少した種を保護するための「特定鳥獣保護管理計画」は、非常に乏しいのが現状です。
そして、鳥獣被害の減少についても、この3本柱をふまえた特定鳥獣保護管理計画は、十分な効果をあげることができませんでした。
原因の一つは、各自治体で予算が不足し、鳥獣の保護管理のスキルを持った人員が十分にいないこと。さらに、この計画の立案は任意であるため、計画自体を持たない自治体も多く、効果的な策定と実施が阻まれてきたのです。
目的条項に加わった「生物多様性の確保」
結果として、この1999年の鳥獣保護法改正を経ても、農林業などへの被害が減らない現状と、絶滅寸前でありながら適切な調査や保護の措置が取られない野生動物の実情が、大きく変わることはありませんでした。
そうした状況が続く中、1999年から3年後の2002年に、再び鳥獣保護法の改正が行なわれました。
結果としてみると、この時の改正もまた、現場の課題を解消するような改善策が乏しいものに終わりました。ですが、法律の内容としては、変更された点がありました。
まず、カタカナ表記されていた法律の条文が、ひらがな口語体による記述へと改められたこと。
古くは明治の「狩猟法」に始まり、以来、現代ではすっかり読みづらくなってしまったカタカナ表記の法律の文言が、これによって改められることになりました。
もう一つは、この法律の目的条項に関する記述です。
法律の目的条項は、法律の基本的な姿勢やその目的を示す、重要なものです。2002年の改正によって、鳥獣保護法では第一条に次のような条項が設定されました。
1)鳥獣の保護を図るための事業を実施すること
2)鳥獣による生活環境、農林水産業や生態系に係る被害を防止すること
3)同時に猟具の使用に係る危険を予防すること
4)これらに取り組むことよって、鳥獣の保護や狩猟の適正化が図られ、生物の多様性が確保され、生活環境の保全や農林水産業の健全な発展に寄与すること
これらはいずれも、同法に対して課されていた目的であり、従来から指摘されていた課題の解消を迫るものに他ならず、特段、目新しいといえる内容ではありません。
それでも、一つだけ新しい要素がありました。「生物の多様性の確保」という言葉が、加えられたことです。
これまで、鳥獣の保護管理を謳いながら、その根幹にある生物多様性について言及してこなかった鳥獣保護法は、この時初めて、その目的に「生物多様性の確保」が組み込まれることになったのです。
また、鳥獣保護法は、生物多様性条約に対応する国内法の一つであり、同条約の趣旨を踏まえた内容でなければなりません。この言葉は、その具体的な文言としても意味を持つものとなりました。
「鳥獣保護管理法」の成立
しかし、鳥獣被害の現場では、深刻な事態が続いていました。
2007年(平成19年)、各地の農林業家が寄せる被害防止を求める声を受け、政府は議員立法による「鳥獣被害防止特別措置法(鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律)」を成立させます。
これはいわば、「個体数管理」による被害防止に重きを置いた農林水産省が所管する法律で、「生息地管理」にも触れている環境省所管の「鳥獣保護法」と、十分な連携が図られていませんでした。
結果として、この「鳥獣被害防止特別措置法」の成立は、現場での鳥獣被害の防止に、鳥獣保護法が十分な効果を挙げてこられなった現実を示すものとなったのです。
役割とその実効性が問われる中、鳥獣保護法は2014年に改正されました。
過疎化が進む地域で、より大きな問題となりつつある、サルやイノシシの鳥獣被害。特に、1989年度から2011年度までの20年あまりで9倍にも増えたとされるシカ。
そうした状況の中での法改正は、従来以上に「管理」を強く意識したものとなりました。
この改正による最大の変更は、法律の名称そのものです。
改正後の法律の正式名称は、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」。すなわち、「鳥獣保護管理法」となりました。
鳥獣保護法の時代から、「管理」の視点がより強く示される形となったのです。
事実、政府は国会に提出した改正案の中で、野生鳥獣の「保護」と「管理」に明確に二分し、「管理」を従来よりも重視する方針を打ち出しました。
その具体的な施策の一つは、猟友会などの狩猟者団体に頼っていた有害捕獲を、事業化し、一定の技術をもつ企業・法人が実施できるようにしたことでした。
各地で狩猟者が減少し、かつ高齢化しているために、狩猟や有害捕獲頼みの個体数管理そのものが、将来的に成り立たなくなる可能性を考慮したものです。
しかし、捕獲技術を持つ事業者が、はたして野生鳥獣の生態などに関する知識を十分にもっているかどうかはっきりせず、問題の早期解決につながるのか疑問が残ります。
この他にも、改正前の条文にあった、生態系を保全するために鳥獣の捕獲や販売の許可を制限する文言が、改正法では大幅に削除されるなど、とかく「管理」を偏重した傾向が見られました。
また、希少な野生動物を保護するため、生息数が著しく減少したり、生息地が縮小している鳥獣を「第一種特定鳥獣」として、その保護に関する計画を策定することも可能となりましたが、これまでの「特定鳥獣保護管理計画」と同様、実際に計画が作られ、運用されるのかは、はなはだ疑問です。
さらに、鳥獣保護やその被害の問題を解決する上で、決め手のひとつとなる予算の問題についても、積極的な措置が講じられるのかどうか、明らかになっていません。
そもそも、特定鳥獣保護管理計画の立案と実施は、国からの補助金はあったものの、都道府県の予算で取り組まれてきました。しかし、いずれの場合も、適切な予算と人員に乏しく、結果が出せずに今に至っています。
これらが改善されない状況での「個体数管理」の偏重は、今後も施策の実効性に疑問を残すものといわねばなりません。
カギとなる人材の育成
「保護」と「管理」を分けるやり方は、本当に効果を挙げるのか。科学的な手法や調査に基礎をおいた、計画的な捕獲事業は実現できるのか。
何より今、四国で求められているような、増えすぎたシカの獣害対策を行ないながら、絶滅寸前の四国のツキノワグマ個体群も保護するという、2つの側面を持った施策を講じることができるのか。
数々の疑念を残したまま、「鳥獣保護管理法」は2014年5月23日、国会で可決成立しました。
上記の点を含め、WWFなどの自然保護団体が指摘し、改善を求めていた問題点は、法案に反映されることなく可決されました。ただし、要求の多くは、衆議院で15項目、参議院で17項目の附帯決議として、次の法改正までに取り組まれるべき点として付される形になりました。
しかし、改善がまだ見込まれていない、重要な問題点も残されています。
その一つが、各自然保護団体がこの問題の抜本的な解決につながる大きな論点として指摘してきた、「人材の育成」です。
保護管理の「3本柱」を機能させるためには、地域の実情にあった保護管理施策が欠かせません。
どんな野生動物が、どこに、どのくらい生息しているのか。どこで繁殖しているのか。またどこで何を食べているのか。生息の実態をつかみ、増減の大きな要因を科学的に把握した上で、施策を講じることが求められます。
こうした取り組みに従事できる「鳥獣保全管理計画専門官」(仮称)ともいうべき行政職の人材育成と配置を、WWFジャパンを含むNGOは1999年の鳥獣保護法改正時から、国に対して提案してきました。
2014年の改正に際しても、他のNGOとの共同提言書や、衆議院の環境委員会に参考人として呼ばれたWWFジャパンのスタッフによる意見陳述の中でも明確にこの課題を指摘。
すでに兵庫県が独自に設置・導入している「森林動物専門員」のような、専門的人材の登用を、全国に広げるべきことを訴えました。
現在までのところ、こうした専門的人材を都道府県へ配置する制度の導入は見送られていますが、将来的に問題の抜本的な解決を目指すならば、こうした「人」の育成こそが、大きなカギとなることは間違いありません。
問われる人と野生動物の共存
農林業被害を減らすための個体数管理に注目が集まり、生息地の保全や生物多様性の確保が、後回しになり始めている、日本の鳥獣行政。
対処の中核となる改正鳥獣保護法、すなわち「鳥獣保護管理法」が、今後どのような役割をはたし、効果をもたらしてゆくのか。
それは、日本の山野の未来の姿を左右する大きな要素の一つです。
日本国内で現在までに確認されている哺乳類は約130種。鳥類は約650種にのぼり、中には深刻な絶滅の危機にさらされている種も、少なからず含まれています。
これまで「特定鳥獣」とされてきたシカ、イノシシ、ニホンザルなどの動物だけではなく、こうした日本産の野生鳥獣のすべてが、鳥獣保護管理法の対象なり得るということを、まず忘れるべきではないでしょう。
問題を起こしている動物だけでなく、ほかの野生生物とのつながりを含めて自然環境を捉え、生息地を適切に保全することが、生態系全体のバランスを保ってゆく上で必要な視点なのです。
そして、その取り組みは、この20年間で急激な変化を見せてきた、日本における人と野生動物の共存のあり方を、今後に向けて模索する試みでもあります。
鳥獣保護管理法に基づいた具体的な施策が、現場でどのように実施されるのか。その結果は、どのようなもとのなるのか。同法のゆくえが注目されています。