胸が大きいのは「性的なアピール」じゃない。「それ本物?」見知らぬ人に触られる日常

私のMカップある大きな胸は、公共物であるかの様に見られることがよくあります。胸が大きいだけで、性的なアピールをしているかの様に思われるのです。
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著者のフィッシャーさん
COURTESY OF GILLIAN FISHER

この前、ある男性との2回目のデートで、ファーストキスをしました。公園を散歩しながら、仕事のことや、新型コロナで外出禁止中に焼き菓子作りに失敗した話で会話は弾み、湖の前のベンチに腰を下ろしました。

もう少しおしゃべりをした後、彼は私に近づいて、キスをしました。その瞬間、彼の手が私の胸に触れたのを感じて押し退けると、彼は本気で戸惑った様子で私に聞きました。「何でダメなの?」と。

このタイミングと状況を考えると、説明が必要なことに驚きましたが、できるだけ友好的に「まだ早すぎる」と伝えました。残りのデートはあまりよく覚えていないけれど、最終的に「もう帰らなきゃ」と言ってその場を後にしました。

実のところ、私の胸はHHカップ(日本のMカップ)あって、その大きな胸は、公共物であるかの様に見られることがよくあります。体の一部というよりも、まるで珍しいモノのように。そして、ヒヒの赤いお尻が発情期を表すように、私は胸が大きいだけで性的なアピールをしているかの様に思われるのです。

もちろん、誰かが私の胸を自由に触ろうとしたのは、今回のベンチでの一件が初めてではありません。スーパーで見知らぬ人の胸を触ったり、通勤中にカップサイズを聞いたり、バスを待ちながら「あなたの胸、すごく大きいね」なんて言うことは私には考えられません。でも、これらは全て実際に私に起こった出来事です。

そして、私の胸はいつも性的なものとして見られますが、実際はベッドシーツにくるまっていようがお茶を淹れていようが、常に胸郭に付いているのです。

望まない性的行為は、多くの女性にとって偏在する問題です。綺麗な足やお尻がある女性なら、それに対してセクハラの様な言葉を言われたこともあるでしょう。でも、巨乳には「淫ら」といったイメージが付きまとうのです。いい例として、多くのポルノ女優は豊胸手術をした胸をしています。胸以外でこれほど収益化された体の部位はあるでしょうか? 胸を売りにしたスポーツバーもあるし、イギリスでは豊胸手術は最も人気の美容整形手術で、2019年には7000回以上も行われているんです。

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イメージ画像
Peter Dazeley via Getty Images

私は他の胸の大きな女性たちから、クラブで触られたり、電車で怒鳴られたり、他人から変な要求をされたりする、という話をよく聞きます。腰痛や、高額のブラ、運動中に揺れるおっぱいの痛みに耐えると同時に、多くの女性が最終的に胸の縮小手術を受けたと言います。理由の一部は望まない注目を避けるためですが、その注目は男性からだけではないのです。女性たちが胸のことを揶揄したり、クラブのトイレで「それ本物?」と聞いてくることも、苦情としてよく上げられます。

例の公園デートの後、自分の服装が間違った印象を与えてしまったのではないか、と少し考えました。数週間前、同じく失敗した、30代のジャーナリストとのファーストデートでも同じ服装をしていたことに気づいたのです。その夜は、相手に後ろから胸を掴まれ(キスさえせずに)、「こんなチャンスないと思ってた!」と叫ばれて終わりました。

私はその後、自分の洋服に疑念を抱いた自身を叱責しました。特定の服装がその人の体の自主性を奪うという反フェミニスト的な考えは馬鹿げています。Tシャツに「どうぞ触ってください」とでも書いてない限り、どんな服装でも着ている人が性的な視線を求めているわけではないのです。

それでも、私は慎重に服装を選びます。50年代のピンナップ写真が流行らせた胸の谷間を強調したスタイルが好きなのですが、ビスチェやハート型のネックラインは「やりすぎ」と揶揄されそうなので避けています。

胸の小さい友達が胸元に切り込みの入ったドレスを着ても「素敵」と言われるのに、私が着ると「淫ら」だと言われるのです。他の人の言うことなど気にするべきではないのですが、それも簡単ではありません。それに、私の安全と正気を守るために、洋服は戦略的に選んでいます。

フォーマルなイベントもなかなか難しいものです。エレガントなイブニングドレスも、胸元がきつく布を圧迫していると、下品に見えてしまうことがよくあります。暑い季節も大変です。幅広いストラップのブラの上にキャミソールトップを着ると変になるし、ストラップレスのトップスなんてもってのほか。バンドゥトップはちょっとずれただけで胸がポロリです。

それでも、話を聞いた他の女性とは違い、私は自分の胸が大きいことを気に入っています。

私の肩や膝、ぽっちゃりしたお腹のように、私の胸は体の一部で、私を乗せて人生を歩み、さまざまな形で周りと交流するための乗り物の特徴なんです。私の胸は、自分が選んだ恋した相手と、同意の上でのみ、性的な意味を持ちます。

私の胸は、他の誰とも関係ありません。公園のベンチにいる男性たちや社会全体はそろそろいい加減にそのことに気づき、尊重するべきです。
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著者:ジリアン・フィッシャーはロンドン在住のライターで、カルチャー&ライフスタイルのジャーナリズムの経歴を持っています。

ハフポストUS版の記事を翻訳・編集・加筆しました。