「野球クジ」でスポーツ振興より「野球界」自ら再生努力せよ--小林信也

一体なぜ、NPBは野球クジに反対しなかったのか。
Open Image Modal
Getty Images/AWL Images RM

 2015年、超党派で作るスポーツ議員連盟が唐突に野球クジ導入を提案し始めたとき、野球界は否定的、実現はないだろうという空気が大勢だった。実際このときは、全球団によるオーナー会議で野球クジ導入が否決されている。何しろ、巨人の現役選手だった笠原将生投手らが、野球賭博に関与していた事実が発覚し、「無期失格」処分を受けてまもない時期でもあった。

 それでなくても野球界は、『黒い霧事件』(1969年~1971年)という衝撃的な教訓を抱えている。複数の選手が八百長に関与し、永久追放処分などを受けた事件。以来、球界は賭博および反社会勢力との関わりを厳しく戒め、遠ざけてきたのだ。

 ところがつい先日、「野球クジが2020年春にも導入される見込み」「12球団はおおむね了承。特に反対する球団はない」とのニュースが流れた。どうやら2017年5月、スポーツ議員連盟の一員でもある遠藤利明元五輪相が、NPB(日本野球機構)に再検討を要請、水面下で検討を重ねていたNPBは、「導入」に舵を切ったらしい。NPBが積極的に受け入れる姿勢に転じれば、野球クジ実現への動きは一気に加速する可能性が高い。

 そんなバカなことがあるだろうか。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるというが、賭博はもとより、金銭のやりとりを伴う行為を徹底排除すると決めたNPBが、わずか2年あまりで「賭けに加担する」。それを不自然に思わないほうがおかしい。

年間30億円の見込み

 一体なぜ、NPBは野球クジに反対しなかったのか。 

 新聞などの報道を総合すると、1つは昨年11月に就任したNPB新コミッショナー・斉藤惇氏の意向。野村證券副社長、日本取引所グループCEO(最高経営責任者)といった経歴を持つ金融マンの斉藤氏は、野球振興に力を注ぐ方針を打ち出し、そのための財源確保を課題に挙げている。いまNPBは、野球振興費として年間1億円を充てているが、「その費用があと2年で底をつく」と報じられ、しかし、「野球クジを導入すれば、年間30億円はNPBに還元されるだろう」との見込みがあるのだという。

 驚いたことに、球界関係者、元選手らの反応もおおむね前向きだ。

「野球振興の財源が確保されるなら賛成だ」

「これで野球人気が回復するならいいこと」

「これまで野球に興味のなかった人たちも、野球クジの導入で野球を見るようになれば歓迎すべきこと」

 といった意見が語られている。元々、ギャンブルが嫌いじゃない、といった多くの日本人の本音も垣間見える。「国が認めた合法的なクジならいいじゃないか」という世論がすでに形成されつつあるようにも感じる。

 私自身、ギャンブルは嫌いではない。野球クジが本当に導入されたら、「一丁、勝負しようか」という気持ちがないわけではない。競技経験のないサッカーを対象としたスポーツクジの「toto」よりも、ずっとプレーし指導にも携わってきた野球なら遙かに勘も働く。一攫千金どころか、「かなり確率の高い収入源にもできるのではないか」といった思いさえ湧き上がる。

 だから、「野球クジ絶対反対」と、道徳論で真っ向否定する立場ではないが、今回の導入への動きはいかにもウソやごまかしが多く、本質的な野球人気回復につながるとは思えない。その意味で、はっきりと疑問を提示したい。

 まず、八百長防止のため「非予想クジにする」という基本方針。非予想クジとは、購入する人が予想するのでなく、コンピューターが無作為に結果を決める方式だ。サッカーの「BIG」(完全クイックピック方式)と同じで、購入者はただお金を払うだけ。そんなクジが野球ファンにとって面白いわけがない。

合わせて2万8000円

 私は、totoが導入された2001年3月から最初の約1年間は、ほぼ毎週このクジにチャレンジしていた。相当のエネルギーを込めて予想し、マルチ(試合ごとに選択肢のうちから複数選択することもできる投票方法)を基本に購入した。毎回1200円を上限に決めていたが、迷ったときには2400円まで手を広げたこともあった。

 2400円は結構な出費だが、当たったときの億単位の賞金、悪くても数千万円の見返りを夢見て、やり始めるとやはり熱くなり、1200円に自制するのは大変だった。しかも、外れ続けていたから迷いが生じる。マルチなので、例えば新潟と東京の試合結果を予想しきれないときには、どちらの勝ちにも賭ける、あるいは引き分けも想定するということができるからだ。するとすぐ、賭ける額が2倍、3倍と増えていった。その代わり、故郷の新潟と、いま住んでいる東京の、どちらのチームが勝っても、引き分けても喜ぶことができていた。

 全13試合の結果を的中させるのは、想像以上に難しかった。当時で言えば、ヴェルディ、アントラーズ、エスパルスといった上位チームでも、必ず勝利するわけではない。中位、下位同士の試合はさらに難しい。しかも、「レッズ(レッドダイヤモンズ)は好きだ」といった気持ちがあると、どうしてもレッズの負けを予想したくない。負けに賭けつつ、勝ちにも印をつける――、また賭け金が倍になる。

 その結果は、と言えば、なんと、1等を2度も当てた。熱心なtotoプレーヤーの中でも、1等を2度当てた経験の持ち主はさほど多くないだろう、と、自慢げに言っているが、その獲得賞金は、合わせて2万8000円程度にすぎなかった。マルチの予想で、いずれも順当なチームが勝ち、ひどく波風のない「正解」だった。そのため、配当が1等とは思えない額で、1回は7500円程度、1回は2万円程度。あまりに安くて、正確に記憶すらしていない。

 そんなわけで、私のtotoへの関心と意欲は、1年を過ぎたあたりで急速に冷え込んだ。

 その後、非予想型のBIGが発売され、ときどき気が向くと買ってはみたが、受け取った時点で大半の試合に0(引き分け)がついていたり、どう見ても勝ちそうのないチームが勝つと予想されていたりするクジを手にすると、その瞬間に損をした気分になる。totoを買ったときは必ずテレビや新聞で結果を確認し、少しドキドキしていたのに、BIGを買ったときには結果を見ようという気さえ失せていた。ちなみに、BIGは1度も当たった経験がない。

クジとJリーグは別次元

 導入から約15年が経過して、totoやBIGはすっかり街の宝くじ売り場の一商品として定着した感がある。だが、それでサッカー人気が高まっているかと考えると、あまり関係がないように思う。競馬と違い、目の前で展開される特定の試合結果で左右されるわけではないから、totoを握りしめてスタジアムで熱狂する風景はほとんど見られない。「totoの導入がサッカーに与えた悪影響はない」と言えるかもしれないが、サッカーくじとJリーグは、もう別の次元に存在しているように感じる。

 野球クジが非予想方式で導入されたら、いまのtoto以上に、球場で展開される試合とクジは密接にはつながらないだろう。まして野球クジは、1日の試合結果でなく、毎週ほぼ36試合行われる全試合の中からクジの対象となる試合を抽出する。しかもその発表は事前に行われないなど、八百長を徹底的に排除する形になっているが、さらに野球の場合は「雨天中止」もあるから、いっそう面倒だ。

 自分で予想できるなら、八百長防止のための的中が簡単ではない仕組み、例えば「全試合の勝敗と点数を当てる」といった難しい要求であっても、「当ててやるぞ」という闘志が湧くのではないか。しかし、まったく予想できず、ただお金を払うだけなら、それほど燃えはしないだろう。極端に言えば、非予想クジなら、いっそ1週間の最低気温と最高気温、それに平均湿度を当てるクジだって構わない。東京だけでなく、毎週、どこか特定の気象台の発表を基準にする。八百長発生の心配はない。天気予報の視聴率が上昇し、気象や自然環境への関心が高まる効果も期待できるかもしれないのだ(笑)。

思考停止の分野

 野球人気が低迷する要因は、当然のことながら「野球クジ」がないからではない。もっと他に理由がある。端的に指摘すれば、政府に持ちかけられて、「毎年30億円もらえるならば」と、安易に乗っかる程度の覚悟と発想しかないことが、何よりNPBそして野球界の非力を象徴している。

 いまの野球界には、「野球クジ」に頼らずとも、年間30億円程度の財源を生み出す潜在能力は十分にある。その努力をしないことが問題なのだ。

 Jリーグは、スポーツチャンネル『DAZN(ダ・ゾーン)』と10年で2100億円の契約を結んだ。それがJリーグの経営や今後を展望する上で大きな財源となり、新たなビジョンを描く下支えになった。実は、野球界も巨人を除く11球団が『DAZN』と契約しており、今季からは巨人主催のゲーム以外はすべて見ることができる。しかし、会見に応じた『DAZN』のCEOによれば、11球団全体でもJリーグとの契約金を下回るという。週1~3試合のJリーグより、毎週6試合を行うNPBの年間試合数の方が遙かに多い。伝統や人気を考慮しても、Jリーグより野球が低い評価を受けるのは納得がいかない、と野球ファンなら感じないだろうか。安く買われる一因は、球団が個々に籠絡されているからだ。12球団が一枚岩になって交渉すれば、もっと高額な契約が可能だろう。なぜなら、12球団一体なら、契約相手(この場合は『DAZN』)に対して、組織的な約束もできるし、共同で盛り上げる企画も実行できる。Jリーグがまさにそうだ。

 ところが、NPB内はバラバラ。これはMLB(メジャーリーグベースボール)との比較でも明らかだ。野茂英雄投手がアメリカのMLBに挑戦した1995年当時、日本のプロ野球(NPB)とMLBの年間売上額はいずれも約1400億円でほぼ同じだったという。ところが、ストライキの影響でファンが野球から離れる深刻な事態に直面したMLBは、全球団が結束し、再生に向けた動きを始めた。いわば、「MLB株式会社」とでもいうべき組織に改編し、コミッショナーは「CEO」かのように辣腕を振るった。各球団はMLBの傘の下で経営する「子会社」。全体方針を決める、放映権料などの契約を結ぶのはMLBだ。その結果、2016年までMLBの売上は7 倍以上に伸びたという。

 NPBも「野球クジ」で安易に得られる30億円を喜ぶのではなく、MLBのような根本的な改革を先に行わなければ、野球人気の先細りは救えない。

 さらに疑問なのは、その30億円をどう活用し、どんな方法で野球振興を図るのか、ということだ。

 日本では、ある年代から上の人たちは特に、「野球人気は抜群だ」「みんな野球をよく知っている」という印象があると思う。ところが、監督の采配や選手のふがいないプレーには熱く意見し、目くじらを立てるファンも、運営的な不足や改革案などを論じ合う習慣はほとんどない。高校野球で言えば春夏の甲子園を頂点とする仕組み、プロ野球で言えば12球団がセ・リーグとパ・リーグに分かれて競う60年以上変わらない体制への批判の声すら、ほとんど起こらない。恐ろしく思考が停止してしまっている分野なのだ。

ウソとごまかし

 非予想クジなら、野球界の健全性にはさほど影響を与えないかもしれない。だが、12球団を前提にした野球クジの導入によって、いま切実に変わらなければいけないプロ野球界が、むしろ「変われない理由」を持ってしまう。既得権を守ろうと改革に消極的な老舗球団の思うつぼになる恐れさえある。

 この問題は語ればきりがない。

 賭博に対して真っ向から否定する態度を取り続けて来たNPBが、政府の要請を易々と受け入れる。反社会勢力が行う違法賭博はダメで、政府が胴元を務める合法賭博ならいいのか。賭けやクジといった行為そのものへの問いかけや吟味を疎かにしていないだろうか。カジノ法案の審議の中でも、ギャンブル依存症対策が声高に議論されているではないか。

 toto導入のときも、クジを計画しながら「射幸心を煽らない」などと意味不明のことが語られていた。言葉にすれば「配慮した証拠」とでも言いたげなウソとごまかし。

 東京五輪の開催費用をはじめ、スポーツ振興予算が足りないからという理由でクジを導入するという安易さを見れば、国民より先に国や野球界が「ギャンブル依存症」にすでに罹患しているようにすら感じられる。スポーツ振興に充てる予算や財源だって、少し真剣に頭を捻れば、いくらでも方法はある。

 平昌五輪の盛り上がりで明らかなとおり、スポーツ振興は確かに国を明るくし、活気づける。それならば、スポーツは国家戦略の中でもっと重要な地位に置くべきではないか。合法賭博でお茶を濁すのでなく、国家予算をもっと積極的にスポーツ振興に投入すべきではないか。そんな問いかけや提言がほとんどされないことも、スポーツというメジャーのようでマイナーな分野の問題だと、ずっと思っている。

「野球クジ」の導入を許せば、国家予算の本筋を与えられない不遇な身の上を受け入れることにもなる。それならば野球界はこれまでの姿勢を貫き、国の援助に依存せず、自ら再生する道を歩むほうがいっそ清々しい。

小林信也 1956年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。『ナンバー』編集部を経て独立。人物評伝、ビジネス書など多彩な分野で著作を重ねる。テレビ、ラジオのコメンテーターとして、NHK《ラジオ深夜便》、フジテレビ《バイキング》などに出演。近著に『生きて還る 完全試合投手となった特攻帰還兵 武智文雄』(集英社インターナショナル)、『野球の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか』(集英社新書)。

(2018年3月19日
より転載)
関連記事