水深1万メートルの高圧下で生存可能な菌の秘密はたった一つのアミノ酸の違いにある、という意外な事実が立教大学や名古屋大学などの研究グループによって明らかにされた。
深海の高水圧に耐えて生息する生物は、耐圧性タンパク質を保有していることが知られている。
立教大学大学院理学研究科の濱島裕輝(はまじま ゆうき)特別研究員、山田康之(やまだ やすゆき)教授、名古屋大学シンクロトロン光研究センターの永江峰幸(ながえ たかゆき)特任助教、渡邉信久(わたなべ のぶひさ)教授と、海洋研究開発機構、広島大学の共同研究チームが詳しく調べたのは、シュワネラベンティカという菌。
世界でも最も深いマリアナ海溝のチャレンジャー海淵(水深10,898メートル)で発見された。大気圧(1気圧)以上の圧力の下で生育する菌を好圧菌というが、シュワネラベンティカは常圧(大気圧)の下では生育できない絶対好圧菌と呼ばれる菌の一種。
研究グループは、シュワネラベンティカが生育するのに不可欠なタンパク「イソプロピルリンゴ酸脱水素酵素(IPMDH)」に着目し、この酵素が水深1万メートル、1,000気圧以上という極限環境下でも機能を失わない理由の解明に挑んだ。
通常の圧力下で生育する菌が持つIPMDHとの構造の違いを高圧装置とシンクロトロン放射光を用いて調べたところ、常圧菌(米オナイダ湖で分離された菌シュワネラオネイデンシス)では266番目のアミノ酸がセリンであるのに、絶対好圧菌ではアラニンに変わっていることが分かった。
常圧菌のIPMDHのセリンをアラニンに置き換えて耐圧性を調べたところ、深海生物並の耐圧性を持ち、逆に深海生物のIPMDHのアラニンをセリンに置き換えると耐圧性を失うことも確かめられた。
これらの結果は、全部で364個あるIPMDHのアミノ酸のうち、たった一つのアミノ酸の違いで深海型酵素が陸上型酵素になり、逆に陸上型酵素が深海型酵素になることを示している。
これまで深海生物のタンパク質は複雑な要素が絡み合って耐圧性を獲得したと考えられていたが、たった1つのアミノ酸の違いによるという意外な事実が明らかになった、と研究グループは言っている。
研究グループによると今回の成果は、圧力を利用するバイオテクノロジー分野で工業利用酵素に耐圧性を付与するという技術開発や、食品科学分野などでの加圧によるアレルギー物質の分解や除去、さらに高圧バイオリアクターなどへの利用も期待される。
関連リンク
・名古屋大学プレスリリース「「マリアナ海溝の底に生きる深海生物の酵素タンパク質の耐圧性のメカニズム∼たった1個のアミノ酸の違いで酵素の耐圧性が変わる∼」
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・2014年7月4日テクノフロント・海洋研究開発機構 海洋生命理工学研究開発センター 深海バイオ応用研究開発グループ グループリーダー 秦田勇二 氏、主任研究員 大田ゆかり 氏「深海は有用な酵素の宝庫」
・2012年8月21日ニュース「世界最深エビから植物分解の新酵素」
・2007年7月26日ハイライト・海洋研究開発機構・極限環境生物圏研究センター長、東京工業大学 名誉教授 掘越弘毅 氏「異なる文化認めるところから新たな世界が」