91歳、タブーを破ってセックスを語る。「性にノーマルなんてない」

1980年代のアメリカに衝撃を与えたドクター・ルース。性をオープンに語ることで、多くの人たちを救ってきました。
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Photos by MAYUMI NASHIDA
ドクター・ルース

性について鮮やかに語り、性の悩みを抱える人たちを救ってきた女性がいる。セックス・セラピストのルース・K・ウエストハイマー、通称ドクター・ルースだ。

6月に誕生日を迎えて91歳になったドクター・ルース。彼女を有名にしたのは、1980年に始まったラジオ番組「セクシュアリー・スピーキング」だった。

性やセックスをメディアで取り上げるのが珍しくなくなった今とは違い、1980年代アメリカでは、セックスを語るのはタブーだった。

そんな時代に、ドクター・ルースはラジオを通してオーガズムやマスターベーション、オーラルセックスなど、性の話をオープンにしてアメリカ社会を驚かせた。

「バイブを使っていたら、男性よりバイブが好きになっちゃって」。「ペニスが大きくて、いつも女性が怯えてしまうんです」。ドクター・ルースのラジオ番組には、誰にも言えなかった悩みが次々に寄せられた。

当初15分だった番組は、爆発的な人気になり2時間の生放送に。

「性にノーマルなんてない」「ペニスのサイズと女性の満足は関係ありませんよ」。愛情あふれる語り口に多くの人たちが魅了され、ドクター・ルースは誰もが知る人気セックス・セラピストになっていく。

91歳になった今も、テレビやラジオ、大学講師、著者として活躍し続けるドクター・ルース。彼女の一生を追った映画「おしえて!ドクター・ルース」の日本公開が、8月30日から始まった。

タブーを破ってでも性について語るのがなぜ大切だったのか、ニューヨーク在住のドクター・ルースに聞いた。

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Photos by MAYUMI NASHIDA
著書は、40冊に近い

女性にも、性的欲求はある

80年代は特に、女性の性的欲求に目が向けられていない時代だった。「セックスの話はタブーで、女に性的欲求はないと信じていた」とドクター・ルースは映画の中で語る。

そんな時代にドクター・ルースは、女性も性的な満足を得ることが大切だと、力を込めて語った。

その理由を「性について語っていないことが、女性を不幸にしていたから」と、彼女は明かす。

「当時は、女性の性が間違って理解されていました。日本でも有名なフロイトですら、性的には無教養。『オーガズムがない女性、またはクリトリスを刺激されなくてはオーガズムを得られない女性はみんな、未熟な女性である』と言っていたのです」

「こういった間違った考え方のために、多くの女性たちがどうやってオーガズムを得ればいいのかわからず、幸せではありませんでした」

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『おしえて!ドクター・ルース』
91歳の今も、スケジュールはパンパン。大学や大学院でも教える

ドクター・ルースが信頼された理由

ドクター・ルースがセックス・セラピストになるために師事した、コーネル大学のヘレン・シンガー・カプラン博士は、女性は自分の性や性的欲求に、積極的になるべきという考えを提唱していた。

カプラン博士から「パートナーに教えるために、どうやったらオーガズムを得られるのかを、女性は自分で知らなくてはいけない」と学んだドクター・ルースは、女性たちに自らも主導権を握って性を語ることの大切さを伝えた。

 「女性が性の話をするのは恥ずかしくない。もっと自分の性に積極的にならなくちゃ」と言うドクター・ルースに、多くの女性たちは戸惑いながらも、夢中になって耳を傾けた。

ドクター・ルースが多くの人に信頼された理由は、彼女がコロンビア大学やコーネル大学で学んだプロのセックス・セラピストという背景もあるだろう。ドクター・ルースの話は知識に基づいたものであり、いつでも性のプロフェッショナルとして語った。また、わからないことは「わからない」と言った。

「わからないことをわからないと言うのはすごく重要なことで、だからこそ人が信頼してくれるのだと思います」

「その時にわからなければ、後で調べますと伝えることもありますし、その問題がセックス・セラピストに解決できることでなければ、産婦人科に行かなくてはいけませんとか、性病科に行かなくてはいけないと、具体的な相談先を伝えます」

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Photos by MAYUMI NASHIDA

どんな人にも敬意を払うべき

彼女に救われた、という人もたくさんいる。 

ジャーナリストで、ゲイのジョナサン・ケープハートは、少年時代にドクター・ルースのラジオ番組を聞いて「持て余していた自分の性的指向を肯定された気がした」と話す。

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『おしえて!ドクター・ルース』
ケープハートの番組に出演したドクター・ルース

1980年代は、エイズが流行して多くの人が亡くなった時代でもあった。

その中には、多くの同性愛者たちも含まれた。彼らが社会的にバッシングされる中、ドクター・ルースは「同性に魅力を感じる人たちもいる」「彼らに最大限の敬意を払うべき」と、同性愛者たちを擁護した。

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『おしえて!ドクター・ルース』
「私がひたすら訴えてきたのは、皆に敬意を払えということ。ノーマルなんてない」

「私は『同性愛者も、自分達らしく生きられなくてはいけない』と言い、同性愛者を批判する人たちには『他人を批判をするのをやめて、自分の人生を生きなさい』と言ってきました」

ドクター・ルースが同性愛者の人たちを擁護した背景には、彼女の生い立ちが関係している。

ドイツ生まれのユダヤ人であるドクター・ルースは、幼い頃に両親や親族をホロコーストで失った。自身は生まれ故郷を追われた後、スイス、イスラエル、パリ、ニューヨークと居場所を変えて生きた。「人間以下だと見なされた人々に無関心ではいられなかった」と映画の中で語る。

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『おしえて!ドクター・ルース』
ホロコースト記念館を訪れた、ドクター・ルース

セックス・セラピストになって、多くの人に感謝されることは、彼女にとっての喜びになっているという。

「私の言葉に、救われたと言ってくれた人たちがいます。そうやって、毎日どこかで誰かに『あなたに命を救われました』と言われるのは、本当に素晴らしいことです」

セックスって大事なものですか?

「セックスはまさに相手を知ることよ。時間をかけて互いに耳を傾け、語り合う行為」。

性を語るのがタブーだった時代から、セックスを通してのコミュニケーションの大切さを伝えてきたドクター・ルース。彼女のセックスを語る言葉は、いつも前向きだ。

そんなドクター・ルースに最後に聞いた。パートナーとの関係の中で、セックスというのは、かならず必要なものだと思いますか?

「間違いなく必要です。ただし、セックスがすべてではないとも思っています。それから、関係性について話し合うこともとても重要だと思っています。二人の関係について語り合えることは非常に大事です」

「お互いにとっていかに良いパートナーになれるのかということも非常に大切なことです。それは単に、セックスについてだけ言えることではありません」

「それから、セックスだけではなく、パートナーがやることにいかに興味を持ってあげられるのかということも非常に大事なことだと思うのです」

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『おしえて!ドクター・ルース』
たくさんの人たちがドクター・ルースを信頼し、彼女の話に耳を傾ける

※ドキュメンタリーとご本人への書面インタビューを元に構成しました。

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