数年前から、理工系の女性を指す「リケジョ」という言葉が使われ始めた。理工系でがんばる女子学生、女性社員の姿がメディアを賑わせていたが、その数はまだまだ少ない。日本における理工系分野で活躍している女性の数は、諸外国に比べると今でも格段に少ないのは変わっていないのが実情だ。
しかし、働く女性の数が少ないからといって、理工系の仕事が女性に向いていないわけでは決してないと、中央大学理工学部の竹内健教授は指摘する。むしろ、海外では多くの女性が活躍しているように、理工系ならではともいえる「働きやすさ」や女性だから実現できるキャリアパスなど、魅力的な点がたくさんあるというのだ。
では、具体的にはどのようなメリットや将来性があるのだろうか。竹内教授は、以下の7つのポイントを挙げた。
1.女性を採用したい企業側の追い風が強い
近年、理工系の女性を採用したい企業は増えてきている。少子化や高齢化などの社会的背景も踏まえて、多様な人材が働く環境を実現しないと会社の未来がないからだ。そして、その中でも特に必要とされているのが、理工系の知識があり、やる気のある女性だ。
しかし、企業側の採用ニーズは大きいものの、理工系女性の絶対数が少ないために志望者が少ないというミスマッチの現状がある。企業側の追い風があり、かつ競争率が低いことによる就職のしやすさは、女性にとっては大きなメリットであるはずだ。
ではなぜ、そもそも理工系に進学する女子学生が少ないのだろうか。まず、身近にロールモデルがいないため、理工系の仕事で女性が活躍するイメージを抱きにくいことが挙げられる。また、本人だけでなく、親や周囲の理解不足という点も大きな要因のひとつだ。「女の子なのに理工系に行くの?」「女の子が大学院に行くなんて……」という偏見が未だに存在しているという現実もある。
2.年齢、性別、学歴に関係なく評価される
理工系の仕事では、基本的に数字や結果が評価基準になる。例えば、「自分が技術設計をしたら消費電力が何ミリワットに減った」、「私の研究や実証実験でこんなに良い結果が出た」という客観的な指標で勝負がつくのだ。
結果がすべてということはつまり、性別だけではなく国籍や学歴、年齢さえも関係ないということ。理工系には、幼い時から機械が好きで、電子回路を組み立てることができたり、プログラミングのスキルを習得していたり、といった人がめずらしくない。高卒ながら、「その道10年」のようなプロフェッショナルも多く存在するのだ。
例えば、高校を卒業し、世界中を旅して帰国した後、独学で設計や製造を学んで家電メーカーを立ち上げた人もいる。大学で学問として基礎知識や応用力を学ぶことももちろん大切だが、好きなことや興味のあることをとことん追求して結果を出す。理工系は、プロとしての個人の技量が認められ、評価される世界なのだ。
3.ワークライフバランスがとりやすい
理工系の仕事は結果重視、つまり裁量労働制であるため、自分でスケジュールを管理して仕事をすることが比較的可能だ。例えば、子育て中、急に発熱した子どもをお迎えに行ったりすることも、成果さえ出せれば自分次第で調整できる。セキュリティの問題さえOKなら、自宅のパソコンからリモートで仕事をすることだって充分に可能だ。
実際に妊娠、出産を経て子育てをしながら長く働いている理工系の女性は多い。むしろ、「子育て」という究極の時間・リスク管理の経験は、仕事のマネジメント能力にも存分に活きる。自分で効率化やリスクヘッジをしながら、突発的な事象にも対応することは、まさに仕事に求められるマネジメント能力そのもの。ワークライフバランスが保てるだけではなく、そこで培われる能力が、その後の仕事にも活きるという、ふたつの意味でメリットがあるのだ。
そしてそれは女性に限らず男性にも言えること。家事や育児と仕事を両立できる人、日常的にマネジメント能力が磨かれている人は、きっと社会でも活躍できる人に違いない。
4.様々なキャリアパスやキャリアチェンジの可能性がある
IT社会となった現代においては、理工系のスキルを持ちながら文系の職種から入ることで、興味のある企業や業界に就職するチャンスが広がることも特筆すべきポイントだ。
例えば、いま日本の商社が海外に新幹線や電力などの社会インフラを売ろうとしているが、そのためには、技術を理解した上で説明するための知識やスキルが必要とされる。他にも、対象によって出す広告を変える「ターゲティング広告」を運用している大手広告代理店やIT企業の担当者は、カメラの技術やシステムがわかっている理工系出身という事例もある。
また、理工学部を卒業し、企業の法務部に入った後、弁護士の資格を取って起業をした人もいる。周りが文系ばかりの中、理工系のバックグラウンドがあるという強みを活かして、セキュリティや特許などの相談は独占状態となり、お客さんもつきやすい。このように、文系中心のフィールドにいる理工系出身者はとても重宝され、就職先のすそ野が広がることも往々にしてあるのだ。
5.理工系の素養は、今やあらゆる業界・企業に活きるスキルである
日々の生活で使う物、利用するサービスの裏には、開発のための研究やデータ解析、実験、製造など、理工系の技術がたくさん詰まっている。メーカーはもちろん、流通やサービスなどの様々な分野で、確率や統計、最適化といった理工系の知見やスキルが役に立つ。
例えば、コンビニや自販機では、売れ筋や欠品商品、購入者などのデータを解析して商品管理に活かしている。世界的な衣料品メーカーも、日々膨大なビッグデータを分析することで、あれだけバリエーションのある服を次々と作ることができている。
理工系の素養は、ものづくりの要であるだけでなく、あらゆる業界に関わるスキルや経験として、一度勉強しておけば一生の財産になるのだ。
6.IoTでは女性ならではの視点やアイディアが求められている
通信技術の発達によって、世の中の様々なモノがインターネットに繋がれる、 IoT(Internet of Things)の時代が到来した。そして、これからのIoTには、まさに女性の視点が求められている。
日々の生活や家族と暮らす空間のリアルを知っていること、いろいろな経験があることは、IoTにまつわるアイディアを思いつくための大きなヒントになる。自動運転や介護・家事ロボット、ドローンを使ったセキュリティ、ゲノム医療など、テクノロジーによって可能になることを、日常の中にどう活かすか。日々の気づきや問題意識をテクノロジーとかけ合わせる発想力が求められるIoTは、まさに女性ならでの感性や能力が発揮される分野といえるだろう。
7.海外でも技術力で勝負できる
海外で働く場合、理工系の方が世界に通用しやすいという一面もある。世界で日本人が評価されているもの、それはモノづくりの技術である。日本の大学を卒業し、渡米してシリコンバレーの技術者として働き始めた日本人の年収が、新卒でも1000万円を超えるケースもめずらしくない。
一方、どんなに日本で優秀な実績を誇る営業のプロでも、海外で同じように活躍することは難しい。言葉の壁も含め、コミュニケーションが肝になる文系職の仕事では、その国の文化で育った人、その地域の事情に精通した人の方が有利であることは否めない。しかし、技術者として働くのであれば、言葉やコミュニケーションに捉われず、専門性と実力で勝負することができるのだ。
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今の時代だからこそ、色々な可能性を秘めている「理工系の仕事」。その舞台上では、女性の力、女性だからこそできるアウトプットが求められている。そんな追い風が吹く中、理工系を選ぶ女性も、理工系の仕事で活躍するビジョンを描ける人も、残念ながらまだまだ少ないと竹内教授は語る。
<竹内健教授プロフィール>中央大学理工学部 電気電子情報通信工学科教授。工学博士(東京大学 大学院工学系研究科 電子工学専攻)、MBA(スタンフォード大学 ビジネススクール)
「理工系の中でも、化学や生物、建築は比較的女性に人気があります。これは、食品会社や化粧品メーカーなど、その先の仕事のイメージがしやすいからです。一方で、電気、通信、機械、情報などの物理を必要とする学問は極端に人気がありません。しかし、そういうところも含めた理工系のあらゆる分野に、やりがいも将来性もあるキャリアが広がっていると思います」
では、竹内教授が考える、これからの時代に必要とされる、企業が求めている人材とはどのような人なのだろうか。
「これからは、子育てや家事、家族と過ごす時間、旅行、趣味などの経験からも、実社会の現状や課題を見つけ出すことができる人が、男女問わず活躍するようになると思います。そうすると、妊娠や出産に限らず、好奇心旺盛で行動力のある女性への期待は必然的に高まります。理工系に進むかどうか迷っている女子学生も、キャリアパスに悩む社会人女性も、勇気を持って新しい分野に飛び込んでいってほしいと思います」
理工系の分野で活躍する女性が増えることで、産業やテクノロジーの発達だけでなく、企業の在り方や一人一人の働き方など、日本の未来も大きく変わっていくことを期待したい。
(監修:竹内健/執筆:石狩ジュンコ)
旭化成は、内閣府男女共同参画局が推進する「理工チャレンジ」(リコチャレ)プロジェクトに賛同し、女子高校生の理工系選択やその分野での活躍を支援するために、見学会やセミナーを開催しています。2016年8月に実施した、『“リケジョ”のシゴト、知ろう、触れよう』の様子は下記スライドショーでご覧いただけます
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