金曜の礼拝時に二つのモスクが襲撃され50人の死者が出たニュージーランドでの銃撃事件。その後のジャシンダ・アーダーン首相の対応についての世界が賞賛する中、日本では十分な報道がされていない。
世界で最も若い38歳のニュージーランド女性首相がニュージーランド史上最悪の事件後に取り続けている対応とリーダーシップを世界中が賞賛し、彼女へのサポートを表明している。一部では、ノーベル平和賞へのノミネートを望む声も上がっている。
国の最悪の事態を、真の目的を持ったリーダーがどう行動をすべきかを実践的に示し、瞬く間に世界への影響力を持ったジャシンダ・アーダーン首相から日本や私たち個人が学べることは数多くある。
事件後すぐの記者会見では、「They are us. 彼ら(殺されたムスリム達)はわたしたち(ニュージーランド国民)だ」と強調し、思いやりや共感、愛を持って対応することを主張し、銃規制と被害者への経済的な支援も公言した。
翌日には(イスラムの女性たちのように)スカーフを被り、全ての政党の代表と共にムスリムリーダーたちを訪問し、アッサラームアライクムとイスラムのあいさつをした。多くのリーダーがするような一歩的なスピーチ(ショー)ではなく、報道によれば、ほとんどの時間をムスリムの人たちの話を聞くという形で時間を使ったという。これこそが、傷ついた人たちへの対応である。彼女は首相としてショーをするのではなく、一人の人間として悲劇直後の影響を受けた人間へ最も必要な心に寄り添う対応をしたのである。被害者の家族を抱きしめる彼女の姿を世界中の人々が目にした。
ヘイトを生まない。
今回の容疑者のような白人過激派を作り出しているリーダーともいえるドナルド・トランプ米大統領へ伝えたいこと聞かれると、アーダーン首相は「全てのムスリムコミュニティへ思いやりと愛を」とだけ述べた。
さらに、首相は一貫してテロを起こした容疑者の名前を伏せた。このような事件をおこすことで有名になりたいという容疑者を「名無し」とし、一切名前を口にしなかった。事件はライブ中継されていたがその動画も共有しないよう呼びかけ、Facebookを始めとするソーシャルメディアへの責任も指摘し、ソーシャルメディア各社に対し対テロ追加策を求めた。
これは単に容疑者を有名にしないという対応ではない。襲撃されている映像を見ることや容疑者の名前や情報を知ることは、人々の心に悲しみや嫌悪感、ひいてはリベンジ心を加熱させネガティブなエネルギーを拡大させてしまう。彼女はそれを食い止める為に、平和で安全なニュージーランドをつくるという明確な目的を持って、ムスリムの人たちからヘイト心が生まれるのを食い止めたのである。でなければ、ヘイトがヘイトを生む負の連鎖の渦にニュージーランドが飲み込まれてしまうことを知って。
襲撃の映像が繰り返し流れれば、世界のムスリム過激派の感情を加熱させ、より彼らを団結させるツールとして使われていたであろうし、リベンジする口実に使われていた可能性もある。被害者家族や国民も悲劇を繰り返し見ることで容疑者への憎しみを増強させていたはずだ。容疑者が意図したように有名になることで次の白人過激派を生み出すきっかけになっていたかもしれない。
首相の意図と意志はニュージーランドの人々に伝わっている。
事件から数日後、現地のムスリムが「人として犯人を嫌ってはいない、許す」と語っている。
事件が起こった翌週の金曜の礼拝時には非イスラム教徒で異なった人種、宗教、階級の人々が団結してモスクの周りに人の鎖を作り、礼拝するムスリムを守った。各地でハカというニュージーランドの先住民であるマオリの伝統的な追悼の踊りを学生たちが踊った。白人の非ムスリムの女性たちがヒジャブをかぶり、イスラム教徒への理解と支援をみせた。
“They are us”の広がり。
首相が事件直後に語った「They are us」をニュージーランド全体が彼女と同様に行動してみせたのである。
非イスラムがヒジャブをまとうことに異を唱える人も少なからずいる。しかしながら、事件直後の非常に不安な気持ちでいるムスリムコミュニティの人々が安全を感じられるように、不信を信頼へと導くために、すなわち、首相は自分の為ではなく、事件の影響を受けた今最大のケアが注がれるべきムスリムコミュニティの人々を主体とし、スカーフをまとうことでより「私たちはあなたと共にいる」というメッセージをビジュアルで送ったのである。非イスラムがヒジャブを被ることへの批判は様々であるが、アーダーン首相の明確な目的を理解できれば多くの批判が彼女の意図を理解していない、または違った視点での批判であることに気づくだろう。
容疑者を「テロリスト」と明言。
彼女の一貫した思いやり、共感、愛、ヒューマニティを前面に出した対応は、感情の火消しとして最も有効である。ニュージーランド内のイスラム社会の白人に対する感情を鎮め、白人や西洋に対する新たな嫌悪感を抱かせないだけではなく、逆に「ひとつのニュージーランド国民」として皆を団結させた。
「思いやりや愛」を行動規範にする国の代表が、ましてそれを実践して示せるリーダーがこの世界にどれほど存在するだろうか。
この悲劇の中、ネガティブな感情が拡大し伝染することを一貫して食い止め、安全で平和なニュージーランドという明確な目的に向けて一貫して行動し、結果、多様性を尊重し団結するニュージーランドを見事世界に発信した。
首相は学校を訪問し、ヘイトを撲滅するよう呼びかけた。平和で安全なニュージーランドを実現するためにあなたたちの協力が必要だと学生に訴えたのである。これからを担う若い世代への影響を考えての行動である。
さらに特筆すべきことがある。
アーダーン首相は今回の容疑者を明確に「テロリスト」と呼んだのである。
今回のような襲撃や銃撃で多くの人が亡くなる事件では世界的に容疑者(犯人)がムスリムであれば「テロリスト」、非イスラムであれば「過激派が起こした事件」などとしてメディアで報道される。これはイスラム教徒とテロリストを結びつける非常に偏った見方である。このことは以前から国際社会で議論の論点であったが、今回アーダーン首相は明確に今回の白人の容疑者を「テロリスト」と呼んでいる。国のリーダーが世界にむけてこう発言したことは意義深い。これにもイスラム社会や公平な見方を推し進める人々から賞賛の声があがっている。
これまで世界各地で起きたテロ事件がその国のリーダーの対応によってどのような負の連鎖を生んできたかはいうまでもない。
反する、アーダーン首相の思いやりと共感、愛を実践した迅速かつ人道的な対応がテロの時代の新しいリーダーシップとして賞賛されることに納得する。
今年1月のダボス会議で彼女は親切心や共感、幸福に焦点を当てた政治を行うことで国を変えていくと語っていた。まさかそれを実践し世界に示すことがこのような形で起きることは予想していなかっただろうが、彼女の有言実行の姿勢は世界から賞賛を浴びている。まるでリーダーとしてのお手本のようなテロへの対応に、ノーベル平和賞へのノミネートすべきとの声が上がっている。ドバイでは世界一高いブルジュハリファタワーにアーダーン首相の被害者を抱きしめる映像を投影し彼女への敬意を示した。
世界で最年少首相、さらに首相任期中に産休を取った国の女性リーダーのア―ダーン首相が今回世界に発信したリーダーシップは今後も我々は多くを学ぶことができるだろう。
【訂正 2019/03/27 09:27】
初出時、アーダーン首相を「ニュージーランド初の女性首相」と記載している箇所がありましたが、首相はニュージーランドで3番目の女性首相でした。訂正してお詫び申し上げます。