「君の名は。」「聲の形」「この世界の片隅に」など、2016年は邦画アニメーション映画が躍進した「当たり年」となった。その一方で10月期のテレビアニメでは放送延期などが相次ぎ、ネット上では「アニメーション制作者の労働環境が劣悪なのでは」という声が取り沙汰される。実際、アニメーション制作者をめぐる労働環境はどのような状況なのだろうか。
いくつかの報告書やデータをもとに紐解くと、若手にとっては厳しい労働環境が見えてきた。一方で、アニメーターとして実績を積むことができれば、民間企業の平均年収を超える収入を得られるチャンスもあるようだ。
若手アニメーターの支援活動をするNPO法人「若年層のアニメ制作者を応援する会(AEYAC)」は12月12日、経験年数3年以内のアニメーターを対象にした生活実態調査を調査結果(速報版)を公式サイトで発表した。調査結果からは、回答者の半数以上が「家族から何らかの経済的援助を受けて働いている」という実態が浮き彫りとなった。
AEYACでは、若手アニメーターの生活実態を「単純に賃金や労働条件の観点だけではなく、より多角的な観点から把握」することを目指し、労働条件や居住形態、奨学金の返済状況などをインターネットを通じて調査した。回答者数は153人(男性29%、女性69%、その他2%)。
【※】グラフが表示されない場合は→こちら
居住形態については「実家暮らし」と回答した人が全体の35%。一方で、「実家暮らしでない」と回答した人のうちの31%(全体の18%)が「実家から仕送りを受けている」と回答。回答者全体の53%が、家族からの何らかの経済的援助を受けている結果となった。
また、「奨学金を返済しているか」という設問に対しては、「返済している」と回答した人が全体の33%にのぼった。AEYACは「日本学生支援機構の奨学金の貸与割合(37.7%)と同水準である」と指摘した。
その上で、「アニメーターの生活を苦しくさせている要因として、業界の問題としての低賃金問題だけではなく、若者の労働問題に共通する要素である奨学金の返済負担の問題がある」と分析している。
調査全体の結果については2017年2月に発表する予定だとしている。
■「アニメーター」の平均年収は332.8万円
政府はこれまで、アニメや漫画などを日本独自の文化「クールジャパン」として海外発信を強化している。その一方で、ここ数年「アニメーターの労働環境が過酷だ」と指摘する声が多い。実際のところ、どうなっているのだろうか。
アニメーターなどでつくる業界団体の日本アニメーター・演出協会(JAniCA)の「実態調査報告書 2015」(2015年4月発表)によると、アニメーション制作者の労働時間は平均11.03時間と、長時間労働となっていることが伺える。またアニメーション制作者の平均年収は332.8万円(2013年)で、民間企業の平均年収(413万6000円[2013年])よりも低くなっている。回答者の平均仕事経験年数は11.5年だった。
ただ、一口に「アニメーター」といっても、監督・脚本・絵コンテ・原画・背景美術・音響・動画・制作進行など、アニメーション制作に携わる部門は多岐にわたる。2014年〜15年に放送されたテレビアニメ「SHIROBAKO」では、アニメーション制作に携わる様々な職種の人々の熱意や悲哀が巧みに描かれ、人気を集めた。
部門ごとの平均年収を見てみると「監督」(648.6万円:平均年齢41.5歳)「総作画監督」(563.8万円:平均年齢42.7歳)「プロデューサー」(542.0万円:37.8歳)など、作品全体の統括をするポジションでは、他の民間企業の平均年収を超えている。才能に恵まれ、キャリアを積み、業界内で生き残ることができれば、場合によっては安定した収入を得ることもできるようだ。
JAniCAの調査によると、監督のうち「配偶者がいる」と答えたのは73.7%、「子供がいる」と答えたのは47.4%だった。また「持家一戸建(自己所有)」は15.8%、「分譲マンション(自己所有)」は21.1%だった。
一方で、原画をもとに動きをコマ割で描く「動画」と呼ばれる部門の平均年収は111.3万円と低い。制作現場の末端である「動画」は若手が担当することが多く(平均年齢24.4歳)、労働時間によっては東京都の最低賃金を下回る状況になっている。
アニメーターの雇用形態が、正規雇用ではなく非正規雇用や業務委託契約が多いことも、不安定な生活に拍車をかけているようだ。アニメーター全体のうち、厚生年金に加入しているのは20.7%だった。
■アニメ産業全体の売り上げ額は拡大しているが…
ではアニメ業界全体の市場規模は、どのくらいなのだろうか。一般社団法人・日本動画協会の「アニメ産業レポート2016」のデータが参考になりそうだ。
【※】グラフが表示されない場合は→こちら。
周辺業界も含めたアニメ産業全体の売り上げ(ユーザーが支払った金額を推定した広義のアニメ市場[グラフ1])は、2002年の統計開始時は1兆948億円だったが、2000年台半ばにかけて海外販路の拡大で成長。2006年には1兆3499億円となったが、その後は北米を中心にDVDの販売が不振に。
直近の2015年ではアジア圏など海外での売り上げ拡大(78.7%増)やライブ興行の伸びもあり1兆8255億円に。6年連続の続伸、3年連続で最高売上を更新するなど好況が伺える。ただこれは、2008年以降、遊興(パチンコ・パチスロ)の売り上げが調査結果に反映されたことも大きい。
アニメ制作企業の売り上げ(商業アニメ制作企業の売り上げを推定した狭義のアニメ市場の推移[グラフ2])も、市場全体と同じような推移を見せている。ここ数年はテレビアニメの制作・放映権収入の割合が増えているが、売り上げ全体は「リーマンショック」翌年の2009年に減少。その後は小幅な上昇に留まっている。
アニメーション産業の規模は拡大し、TVアニメの制作タイトル数も6年連続で続伸。アニメ制作の仕事そのものは増えているように見える。一方、かつてと比べ今のアニメーションでは高い作画クオリティが求められ、そのため制作コストは上がるが作業効率が低下し、アニメーターの報酬単価は上がっていないという状況が読み取れる。
2016年10月期には、制作スケジュールの遅れによるアニメの放送延期も目立った。10月から放送が始まったテレビアニメ『ろんぐらいだぁす!』は12話完結予定だったが10話で一旦終了。残り2話は2月放送にされる事態となった。『第502統合戦闘航空団ブレイブウィッチーズ』も、4話が「制作スケジュールの遅れ」を理由に放送延期が発表された。
アニメ制作の本数が増加する一方、クオリティを担保しつつ〆切に間に合わせることが難しく、制作現場が追いつかないという状況が垣間見える。市場規模が拡大しても、現場のアニメーターの待遇向上につながっていないという面があるようだ。
■アニメーターは「1人前になるまで3年かかる」
独立行政法人 労働政策研究・研修機構「コンテンツ産業の雇用と人材育成―アニメーション産業実態調査―」(2005)によると、アニメーターのキャリアは以下のように進むという。
典型的なパターンでは、まず作業指示に従って、原画と原画の間を描く「動画」部門からキャリアがスタート。動画検査を経て、中核アニメーターの「原画」部門へと進む。その後、「作画監督」を経て、演出力が認められれば「監督」に抜擢される。背景部門の作画では「美術監督」になる。
制作部門(プロデュース)も「制作進行」から「制作デスク」「プロデューサー」への専門キャリアがある。そこから演出力や絵コンテ力によって、監督になるケースも多いとされる。なお、アニメーターや制作部門についてのヒアリング結果からは「1人前になるまでおおむね3年程度を要する」とした企業が多いという。
▼画像集が開きます▼
【※】スライドショーが表示されない場合は→こちら。