貧血は重大な国民病だ。なのに、対策は遅れている

これまで社会も医師も、この疾病に対してあまり注意を払ってこなかった。
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Young woman wearing a mask
maroke via Getty Images

貧血は重大な国民病だ。ところが、これまで社会も医師も、この疾病に対してあまり注意を払ってこなかった。

6月16日、ナビタスクリニック新宿の濱木珠恵院長が『ドラキュラ女子のための貧血ケア手帖』(主婦の友社)という本を出版した。濱木医師とは、2000年以来の付きあいだ。長い間、一緒に活動してきた。

我々のグループからは、16年4月に光文社から出版された『貧血大国・日本 放置されてきた国民病の原因と対策』(山本佳奈著)に次いで二冊目だ。

山本医師の本が、医学的な背景まで踏み込んだ専門書であるのに対し、濱木医師の本は、どうすれば貧血にならずにすむかを、マンガも含めて説明したハウツー本だ。

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最近になって、貧血に対する社会の関心は急速に高まっている。週刊朝日は6月23日号で「男性や高齢者も要注意 "隠れ貧血"をあなどるな!!」、週刊現代は7月8日号で「「高齢者貧血」はこんなに怖い」という記事を掲載している。対象を若年女性から男性にまで拡張している。どうして、こんなことになるのだろうか。

身も蓋もない言い方だが、我が国の貧血対策が遅れているからだ。我が国の貧血の最新のデータは、2007年に虎の門病院血液科の久住英二医師(現鉄医会理事長)が日本血液学会誌に発表したものだ。50代未満の女性の22.3%が貧血だった。欧米先進国での貧血の有病率は4-16%だから、日本の貧血の有病率は先進国の中では突出して高い。

ところが、久住医師の論文から10年が経つが、事態は改善していない。そもそも、専門家は関心がない。血液内科や公衆衛生の専門家で貧血の疫学について論文を発表した人はいない。

世界は食品へ鉄を添加することで貧血を予防しようとしている。例えば、米国や英国では小麦粉に、フィリピンでは米に鉄を添加している。このような対策が採られ始めたのは1940年代だ。

中国では2004年から「鉄分強化醤油」推進運動を3年間実施した。現在、一部の醤油に導入されている。醤油は味が濃く、鉄が添加されても、味が損なわれにくい。このような議論は、日本では一切なされていない。

女性の社会進出が進み、その地位が向上すれば、独自の価値基準が形成されるのが世界共通の傾向だ。

キャリアウーマンの象徴である女医の場合、容貌や装飾品以上に体型が重視されやすい。ボストン在住の大西睦子医師は「スリムであることは自立した女性の最低条件と考えられている」と言う。

この結果、我が国の20代女性の一日の平均摂取カロリーは、1995年の1886キロカロリーから2013 年には1628キロカロリーに減少した。いまや女性の摂取カロリーは戦後の食糧難の時代(1946年1696キロカロリー)よりも少ない。鉄の推奨摂取量は10.5mg/日だが、20代女性は平均して6.6mg/日しか摂取していない。

女性貧血は次世代にも影響する。近年、世界中で、この点について研究が進んでいる。米国のハーバード大学の研究者らの報告によると、妊娠初期・中期に貧血であると、低出生体重児を出生するリスクが1.29倍、早産のリスクが1.21倍に上昇するという。

胎児の器官は、妊娠初期に急速に発達する。妊娠が判明してから鉄剤を内服したとしても、すでに遅い。また、妊娠初期は悪阻を発症する妊婦が多く、鉄剤の服用は困難だ。妊婦の貧血対策は、妊娠前から啓蒙活動が重要であり、公衆衛生学上の問題と言える。

幸い、世間の貧血に関する関心が高まりつつある。今こそ、医療界がリードして、その対策についてのコンセンサスを形成すべきである。