日本は「貧血大国」だ――妊娠を考えている女性は、貧血の恐ろしさを認識してほしい

実は、我が国は「貧血大国」だ。我が国の妊婦の30-40%が貧血だが、これは先進国の平均である18%とは比較にならず、発展途上国の56%に近い。
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大学に入ったころ、何度か献血に行ったことがある。しかし、一度も献血出来たことがない。ヘモグロビン(以下Hb)濃度が11.0g/dLと、基準を満たさないからだ。当時、「女性は貧血になりやすいから仕方がない」と思い、放置していた。しかし、病院実習が始まり、貧血が妊娠中の胎児に影響するということを耳にし、不安になった。「貧血のまま妊娠したとしたら、妊娠が分かってから貧血の治療を始めたとしても、遅いのではないだろうか」と。

不安に思っていた矢先、ある論文を読んだ。アメリカのハーバード大学の研究者たちが、妊婦と鉄剤に関する論文48報と、妊娠中の貧血に関する論文44報のメタ解析を行ったものだ。妊娠中に鉄剤を服用していた妊婦のHb値は、平均で4.6 g/L高く、貧血リスクが50 %減少していた。さらに驚くべきことに、低出生体重児を出産するリスクは19 %も低かった。一方、妊娠初期から中期にかけて貧血であった妊婦の子どもは深刻だ。低出生体重のリスクが1.29 倍、早産リスクは1.21 倍も上昇していた。

このような状況は、鉄剤の服用量で改善する。妊婦の鉄摂取量が、1日あたり10 mg増加するごとに、妊娠中の貧血リスクは12 %、低出生体重児出産のリスクは3 %も減り、子供の出生体重は15 gも増加するという(1)。

妊婦の約30~40 %は貧血だ。妊娠すれば、母体だけでなく胎児にも酸素や栄養を与えなければならず、多くの血液が必要となる。当然、鉄の需要も増大する。しかし、「つわり」がおこると、食事がとれなくなる。鉄摂取が不足し、体内に備蓄されていた鉄が減るため、貧血となる。また、妊娠中は分娩時の多量出血に備え、血漿量が最大47 %増加し、赤血球は17 %増える。相対的に、血漿の方が赤血球よりも増加するため、血液中に占める赤血球の割合が低下する。血液が薄まり、貧血は更に悪化する。

妊婦の貧血を緩和するには鉄を補充するしかない。重症の場合、医師が処方する鉄剤を服用する。その一つにフェロミア錠がある。この薬剤には、1錠あたり鉄50 mgが含まれている。1日2~4錠(100~200 mg)を、1~2回に分けて服用する。鉄剤は吐き気をもよおす。つわりに悩む妊婦が、我慢して飲むことが多い。

ところが、何とか鉄剤を飲んでも、問題は解決しないことがある。それは、鉄剤の服用を開始してから、貧血が改善するまでに1-2ヶ月を要するからだ。妊娠が分かるのは、通常、妊娠6週くらいである。この時点で、すぐに鉄剤を始めても、妊娠10週程度にならないと貧血は改善しない。

実は、この時期こそ、胎児の発達に重要だ。それは、妊娠3~8週に、循環器系・呼吸器系・消化器系・神経系が形成され、妊娠8~11週に実際に臓器が働き始めるからだ。妊娠が分かった時点で、すぐに鉄剤を始めても間に合わないことになる。

どうすれば、いいだろうか。結局、妊娠前から貧血に注意するしかない。ところが、このことは、驚くほど認識されていない。そもそも、妊娠可能年齢の女性は、月経により鉄を失い、貧血になりやすい。また、無理なダイエットにより、鉄摂取は不足しがちだ。例えば、コンビニで売られている幕の内弁当には、一食約3.0 mg 程度の鉄しか含まれない。この年代の女性の、1日の鉄の必要量は12 mg 、妊婦では20 mg となる。1日3食すべてを外食で済ませれば、鉄は不足する。まして、体型や体重を気にする女性が、毎食コンビニ弁当を残さずに食べるとは思えない。さらに事態は深刻だ。

実は、我が国は「貧血大国」だ。我が国の妊婦の30-40%が貧血だが、これは先進国の平均である18%とは比較にならず、発展途上国の56%に近い。妊娠していない状態でも、50 歳未満の日本人女性の22.3 % はHb値が12g/dL 未満であり、25.2 % はHb 値が10g/dL 未満の重度の貧血であったという報告がある(2)。このように考えれば、貧血は大きな公衆衛生学的問題だ。

では、どうすればいいのだろう。世界各国では、鉄欠乏を改善するために、様々な対策がとられている。例えば、中国・ベトナム・タイでは、鉄を添加した醤油を学校給食に積極的に使用することが推奨されている。また、米国などでは、小麦粉・とうもろこし粉・砂糖・食塩・シリアルなどに、鉄を添加している。米国でよく摂取されているシリアルには、一食分(30 g)あたり1.4 mgの鉄が含まれている。

一方、日本では、このような対策は全く採られていない。あくまで、個人の意志に委ねられている。知人の29歳の女性は、「子供はいつ授かってもいいと思っているが、特に貧血について意識したことや考えたことはない」という。おそらく、これが若年女性の平均的な認識だろう。こんなことでいいのだろうか。

特に私が貧血の重要性を伝えたいのは、妊娠を考えている20-30代の女性だ。労働力不足に悩む我が国では、今後も女性の社会進出が進む。ある程度、高齢出産が増えるのは避けられない。2008 年の「国民衛生の動向」によると、第一子の出産年齢は30歳以上が44%だ。35 歳以上は11.7 %にも及ぶ。高齢出産は一定のリスクを負う。健康な赤ちゃんを産むため、彼らは懸命だ。

ところが、我が国では、この問題に適切な対応をとっているとは言いがたい。私は、妊娠を考えている女性に、貧血の恐ろしさについて、正しく認識してほしい。妊娠してから治療したとしても、お腹の中の赤ちゃんに多大な影響を与えるということ、知ってほしい。自分の鉄の不足程度を把握し、一刻も早く治療を開始し、貧血を治してほしい。そして、健康で元気な赤ちゃんを産んでほしい。生まれてくる赤ちゃんのためにも、自分のためにも、貧血の重大さを認識する女性が一人でも多くなることを、一人の医学生として、そして一人の女性として期待したい。