国内初の本格的な格安航空会社(LCC)であるピーチ・アビエーションがANAホールディングス<9202>の子会社となる見通しとなった。ピーチはもともとANAの新規事業として始まった会社だが、設立当初から外部の投資家を入れ、経営の自主性を保ちながら、低運賃や常識にとらわれないサービスを展開。
同業他社が苦戦するなかで、急成長することに成功した。ピーチが生みの親であるANAと文字通りの親子関係になる今回のディールがどんな意味を持つのか。様々なステークホルダー(利害関係者)の立場から考察する。
ピーチは2011年2月にA&F・アビエーションとして設立された。ANA、香港の投資家であるファースト・イースタン、官民ファンドの産業革新機構が33%、1000万円ずつ出資した。代表取締役最高経営責任者(CEO)にはANA出身の井上慎一氏が就任した。同年の11月に総額150億円の増資を実行。増資後の持ち株比率はANAが38.67%、ファースト・イースタンが33.33%、産業革新機構は28%に変化した。
ピーチは2012年3月に関西ー新千歳、関西ー福岡の各路線で運航を開始。現在は国際線13路線、国内線14路線の計27路線を運航する。ただ安いだけでなく、女性客を意識したピンク色の機体や制服、大阪名物であるたこ焼きを機内食として提供するなど「斬新さ」が話題を呼び、乗客数を伸ばした。
ほぼ同じ時期に参入したLCCのジェットスター・ジャパンや、新興航空会社の「元祖」とも言えるスカイマークが苦戦を強いられるなかで、ピーチの業績は順調に拡大。2016年3月期の売上高は前期比29%増の479億円、営業利益は約2.2倍の61億円だった。ファンドが株主となっていることからピーチは新規株式公開(IPO)をするという選択肢も十分にあったはずだ。
にもかかわらず、ANAとピーチはIPOではなく、M&Aの道を選んだ。ANAはファースト・イースタンと産業革新機構が持つピーチ株(合計で28.33%)を304億円で2017年4月に取得する予定。取得価格からピーチの現在の企業価値を試算すると1073億円となる。2011年11月の増資時の企業価値は150億円で、わずか5年あまりに7倍に跳ね上がった計算となる。
株式の一部を売却した2社がどのくらいのリターンを得られたのか。両社の持ち株比率の推移などから推定すると、ファースト・イースタンが140億円程度、産業革新機構が120億円程度の株式売却益を計上するとみられる。しかも、両社は売却後もピーチの株式をそれぞれ17.9%、15.1%を保有しており、これらの株式の時価を計算すると、192億円、162億円となる。
このように今回のM&Aディールは投資家に大きな利益をもたらした。いくらANAが関与していたとはいえ、LCCは成功するかどうかは未知数のリスクの高い事業であった。こうしたハイリスクの案件に事業会社だけでなく、海外投資家と国内ファンドが協調投資をするというのも珍しいスキームだった。
参入障壁が非常に高い航空産業において、当初から100億円単位の資金を投入して国産のLCCベンチャーを育成する取り組みは一定の成功を収めたと言えるだろう。日本のベンチャー投資は、数多くの企業に少額の資金を分散投資していくスタイルが主流で、1社あたりの出資額は数千万円から数億円にとどまるケースが多い。
ピーチの成功によって、社会的にインパクトが大きい分野に集中投資するようなベンチャー投資が広がることを期待したい。(M&A Online編集部)
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