ここ数週間、「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)の武装勢力はイラクの複数の都市を電撃的に攻撃して制圧し、すでに分裂状態にある国を絶望の淵に追いやっている。ISISが急に台頭していることで、急速に、そして歯止めをかけられないほどの危機状態に陥っていると思わせるほど多くの混乱状態を引き起こし、世界の関心が再びイラクの複雑な政治情勢に向かっている。
ワールドポストは、現在の紛争状況について現ニューヨーク大学ジャーナリズム学部の准教授で、前「Newsday」中近東編集長のモハメド・バッジ氏に取材した。彼は2003年のイラク戦争とその後の状況についての記事を執筆している。バジ氏はアメリカのシンクタンク「外交問題評議会」の前フェローでもあり、現在はサウジアラビアとイランの間の代理戦争についての著作を進めている。
――ISISが急速に台頭しているのはどれほど驚異的なのでしょうか?
ISISの台頭は驚異的というほどではありません。このグループは何年も前から活動していて、イラクのアルカイダ組織が母体となっています。ただしISISは確かに2012年以降は着実に力をつけています。この年にシリアへの進出を拡大し、内戦後、荒廃した空白地帯を掌握したのです。
シリアでのISISの戦略は政権と直接対峙するものではありませんでした。シリアの反政府勢力がすでに掌握したものの、運営・管理が不十分なため影響力が及ばない領土を取りに行くことが多かったのです。ISISはそのようなところに侵入し、実権を把握しました。
しかしISISがいとも簡単にモスルとティクリートを制圧したこと、そしてあっという間にイラクの治安部隊が崩壊したこと、ISISがこうした都市を今でも掌握していることは驚くべきことです。
――他のグループができなかった方法を使ってISISが領土を統制できているということですが、どこに違いがあるのでしょうか?
ISISが最初にシリアで最大限活用した戦術は、アフガニスタンのタリバンが初期に採用した戦略でした。まず、無法地帯と化していた時期に住民に対しテロ活動を行っていた武装勢力を排除したのです。ISISは複数の場所で同様の戦術を用いました。彼らは、住民を支配し、さまざまな方法でテロ活動を行っていた武装勢力を追い出し、イスラムの法や秩序を打ち立てると主張した。自分たちの組織を国民の救世主のような存在に仕立てあげたのです。
しかしISISの法秩序には、制約がつきまといます。多くの場所で、軍政下の生活は耐えられないものになりました。彼らは、自分たちの厳しい社会規範を課すことで、無法状態、誘拐、街中いたるところで犯罪を繰り返す武装集団を一掃したのです。
――クルド人がキルクークとイラク北部を制圧し、ISISが国のイラク北部と中央部に影響を強めている中、この国は分裂してしまうのでしょうか?
イラクは、シリアと同じ道をたどって分裂してしまう恐れがあります。シリアは事実上、ほぼ分断されています。国土の多くはアサド政権の管轄下になく、さまざまな反政府勢力に制圧されています。
ここ数週間の出来事が、長期的に見てイラクの分裂に向かっているかどうかについてコメントするのは時期尚早だと思います。イラク政府がどのレベルの反撃をするかが分からないからです。アメリカがイラク政府を支援するために空爆を実施するかどうかも分かりません。ISISとその同盟部隊が南部に向かい、この地域を掌握するのは困難とみています。モスルとティクリートを制圧できたとしても、バグダッドに近づくにつれて障害は多くなるでしょう。
重要なのは、何千人とは言わずとも何百人という規模で、かつてのサダム・フセイン政権に関係しISISと同盟しているスンニ派武装勢力の役割です。実際の人数は不明ですが、この武装勢力は軍事行動全体に重要な影響を持っているようで、ISISそのものよりも重要になるでしょう。その理由は、この勢力はISISと現地のスンニ派を結び付けている存在だからです。現地の人と顔見知りであり、信頼を寄せられている勢力なのです。ISISのリーダーの多くはイラク人ですが、兵士の多くは外国籍であり、現地の信頼を得られていません。
――近い将来、クルド人兵士が管轄している領土はクルド人が引き続き統治するとみていいでしょうか?
そのように考えていいでしょう。キルクークを占領し、この地域の石油供給源を直接支配下に置くことは、2003年以降のクルド人の大きな目標でした。クルド人はこの目標に先週大きく近づいたのです。加えて、キルクークと油田地帯はクルド人にとって、新政権と対話する際の有力な交渉材料になるでしょう。
――多くの人は、イラクのマリキ首相の地位は危うくなり、危機のさなかで退陣を余儀なくされると論じている。彼に代わるべき人はいるのでしょうか?
数人の名前が挙がっています。1人はアジル・アブドゥル・マハディ氏。彼はながらく副大統領を務めていました。革命評議会のメンバーでイランに近いですが、アメリカとも2003年以降、良好な関係を保っています。アブドゥル・マハディ氏自身、何回かホワイトハウスを訪れており、アメリカ政府も彼に好感を持っているようです。2006年選挙での大統領候補でしたが、アメリカ政府の中にはイランとの関係を懸念する人もいました。当時のマリキ氏は清廉で、イランの影響を受けないと見られていたのは今となっては皮肉な話です。
――そのようにはならなかった。
[笑いながら] 確かに、そうなりませんでした。私が思うに、イラクのシーア派リーダーへの影響力という点で、イランは過小評価されていました。今ではマハディ氏は有力な候補です。 その理由の1つとして、彼がフランスで教育を受けたエコノミストであり、欧米に受け入れられやすい人物だからです。
もう一人名前が挙がったのはアフメド・チャラビー氏。過去の人物と見られてみましたが、最近急浮上してきました。チャラビー氏は2003年当時、アメリカのネオコンのお気に入りでした。彼が権力の座につかなかったのは、イラク人が彼を信用していなかったからというのも理由のひとつです。長い間亡命生活を送っており、国民から幅広い支持を得られていません。私の考えでは、チャラビー氏の見込みは薄いでしょう。
――政権交代に対するイランの立場はどのようなものなのでしょう? マリキ氏が権力を維持する後ろ盾となりましたが、イランは変化に対してオープンと考えていますか?
イランは自分のカードをとても近いところに置いておくことがよくあり、第三者がその意向を読み解くことは難しいですね。現在のところ、イランはマリキ氏の背後にあって、同氏とその政権が現下の危機を乗り越えてほしいと願っているはずです。イランはISISの脅威を除くためにあらゆる手を尽くしていますが、最終的にマリキ氏の政権が揺らぐまでそのようにするでしょう。
イランは実利を優先する国で、マリキ首相がイランにとって脅威となれば、排除するでしょう。現在、その状態に至っているかどうかは分かりません。イランは圧力を受けて妥協するのを拒む傾向があります。それは、イランがまだマリキ氏側についている理由の1つだと思っています。
――アメリカとイランは、イラクに関してどの程度の利害を共有しているのでしょうか?
アメリカとイランの上層部の最優先事項は、ISISにさらなる領土侵攻を認めないことです。ISISはおそらくイランにとって脅威の存在です。その理由は、過激派がこの戦闘に夢中になってシーア派を一掃しようとしているほか、シーア派の寺院にとっての脅威、イラン人が深刻に受け止めている脅威となっているからです。
イラクで安定した政権を作ることもイランとアメリカに共通する利害ですが、この点では両者の立場はやや異なります。バグダッドに強力なイラク政権を作ることがアメリカの関心事なのです。これに対し、イランは強力な中央政権を求めるものの、同時にイランに従属した政権が望みなのです。イラクが国としてあまりにも強くなりすぎるのはイランの国益とはなりません。
つまり、イランはイラン・イラク戦争で経験したような形で再びイラクと対峙したくないのです。 イランはどのような形であれ潜在的に脅威となるイラク政権にはしたくないのです。バグダッドに強力なシーア派政権、イランが容易に影響力を行使できる政権、というのがイランの狙いなのです。
――将来のイラク政権についてイランと対話を進めることのほか、イラクに関してアメリカの選択肢はどんなものがあるでしょうか?
アメリカは地上軍を派遣することは可能です。これはオバマ大統領が退けましたが、おそらく泥沼化し、高コストになるでしょう。オバマ政権が「限定的空爆」と呼んでいる作戦を命令するという選択肢もあります。これは、ISISがイラク軍から奪った施設に対する空爆を指しますが、アメリカにとってはきわめて皮肉な話です。この施設はアメリカがイラクのために提供したものであり、これを破壊してしまうという話だからです。標的となる空爆は別の意味でもリスクが高いものです。なぜなら、ここで標的となるのは都市部、とりわけモスルだからである。もしアメリカ軍が現地の民間人にかなりの損害を与えることになれば、スンニ派住民はさらにアメリカやイラク政府に敵意を抱くようになるでしょう。
――最後に、イラクに関するメディア報道で欠けているものは何でしょうか?
少々驚いていることは、メディアの多くが、マリキ氏が3選を目指さないと公約したことを忘れているとみられる点です。この公約は「アラブの春」の最中に発表され、マリキ氏は革命がイラクに及ぶのを懸念していました。彼は180度行動を転換し、かなりの期間にわたって3期目に向けた活動を行っています。
マリキ氏の変心は大局から見れば些細なことのように見えますが、その歴史を認識することは重要なことです。私はマリキ氏こそイラクにとって元凶であり、退陣すべきと書いてきましたが、イラクにも、後継首相の問題を超えた、構造的に深い問題があります。
――それは政権交代だけでは修正されないということでしょうか。
その通りです。政権交代、中立的な首相の擁立は変化に向けた最初の第一歩です。しかし実際には、イラクのコミュニティは経験豊かでオープンな人物を求めています。シーア、スンニ、クルドの人たちはもっとオープンになってお互いに協調しなくてはなりません。もっともこれは、非常に困難なことであるのは明らかですが。
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