真の肉好きが行き着く先は赤身肉だという。ぎゅっと詰まった旨味と、弾力のある歯ごたえ、ほとばしる肉汁......。ジューシーな赤身肉は私たちの心と胃袋を掴んで離さない。近年話題になっている肉の"エイジング"(熟成)は、アメリカ産の牛肉と相性ぴったり。上質なアメリカン・ビーフをじっくり熟成し旨味を凝縮させることで最高のパフォーマンスを発揮する。
美味しいアメリカン・ビーフがどのように育てられているのか、生産農家をちょっと覗いてみたくなった。アメリカン・ビーフの流通は「Farm to Table」(農場から食卓まで)という理念をもとに行われている。出荷・加工・輸送において、徹底した品質管理を行い、政府の検査官による厳しい検査に合格した"選ばれしお肉"だけが日本に船で運ばれるのだ。
船で日本に到着するまでの2週間、チルド輸送中に低温で熟成され、旨味がどんどん増してさらに美味しくなり、ちょうど食べごろの時に、日本の食卓に届くようになっている。
アメリカから日本への輸送は船便で2週間程度。この間に熟成される。
アメリカン・ビーフと聞いて"かたいお肉"をイメージする人もいるかもしれないけれど、実はそうではない。2013年、輸入牛肉の規制変更により、骨つきのビーフやグレードの高い牛肉の輸入が可能になり、より高品質で美味しいアメリカン・ビーフが日本でも食べられるようになったのだ。ようやくお肉大国・アメリカの本気の牛肉を味わえるようになったというわけ。
こうした背景が、昨今のエイジングビーフ人気を後押ししたのだろう。国境を越えて美味しいお肉が私たちの食卓へ、お口へ、胃袋へやってくる。ありがたくいただこう。
広い空、澄んだ空気。広大な自然の中で、家族で営むジョージ農場
アメリカ・ワイオミング州の西部、ハートマウンテンの山陰に「ジョージ農場」はある。ワイオミング州という地名は聞き慣れないかもしれないが、ポテトで有名なアイダホ州のお隣に位置する州だ。
ジョージ農場の3代目主人であるアダム・ジョージさんは、妻のメーガンさんと4人の子どもたちとここに暮らし、農場を営んでいる。家族のほかに、従業員は9名。1400エーカー(東京ドーム約121個分)もの広大なジョージ農場では、国内外に出荷する600頭の乳牛と100頭の食肉牛を放牧している。
広い農場内に設けられた畑や水田では、トウモロコシ、牧草など、牛のための飼料も育てられているそうだ。私たち日本人が普段食べているアメリカン・ビーフは、新鮮な空気に包まれた、このジョージ農場のような環境でのびのびと育てられているのだ。
ジョージ農場のアダム・ジョージさんと、子どもたち。
「農場の仕事は、春夏秋冬・季節によって異なる作業があり、多様性のある仕事なので面白いですよ。毎年自分の仕事の成果が明確に見えるのもうれしい。牛が生き生きと成長する姿を見ているのも好きです。牛を育てる仕事は朝早くから夜遅くまでのハードワークですが、働きながら家族と一緒にいられることがなにより幸せです」(ジョージ・アダムさん)
美味しいお肉を育てるために大切なことは "牛への理解"
アダムさんは、アイダホ州のブリガムヤング大学の生物学部で経済・経営を専攻し理学士号を取得した後、ネブラスカ大学のリンカーン校にて農業専攻でMBAを取得した。その後、フロリダ州の農園でのインターンシップを終え、家業であるジョージ農場を継いだ。
アダムさんは、大学で学んだことを活かして、牛の飼育に必要な一連のデータを管理するコンピュータープログラムを導入し、そのシステムを構築したという。全ての牛の生年月日、子牛の親(母牛と父牛)、各種ワクチンを受けた日、出産日、子孫のデータを記録・管理しているのだ。この取り組みについてアダムさんはこう説明する。
「いつも高い肉質の牛を育てることに情熱を注いでいます。このシステムにより、それぞれの牛たちが今、農場のどこにいるのか、飼料の量や種類などのニーズも把握しています。おいしいビーフを育てるためには、牛一頭一頭を理解することが大切なのです」(ジョージ・アダムさん)
妻のメーガンさんと協力して品質向上に努めている。
荒野から豊かな牧場へ。伝統あるファージング牧場
日本へ届けられるアメリカン・ビーフを育てている牧場はほかにもある。ところ変わって、チャーリー・ファージング一家が営む「ファージング牧場」はワイオミング州東部に位置する。ここは、代々カウボーイの文化を大切にしながら牛を育てているという伝統ある牧場だ。
ファージング牧場の歴史は深い。1902年にチャーリー・ファージングさんが、船長だったという人物から1エーカー3ドルで土地を購入したことから始まる。安く荒廃している土地に、せっせと貯水池や水路を作り牧場を構築していったのだ。
そうしてできたファージング牧場は、3代目となる2人の息子たち、トムさんとライアンさんに継がれている。2人は、ワイオミング大学在学中に出会った同級生と結婚し、子どもをもうけ、現在3世代の家族がともに、ここファージング牧場に暮らし、牧場を営んでいる。
大自然の中、3世代で営むファージング牧場。
牧場に嫁いだ2人の女性。牛を育てる仕事に魅せられカウガールに!
トムさんの妻・サラさんは、牧場の仕事だけではなく、都市の病院で外科手術の担当助手として外科医や麻酔医とチームを組んで働き、往復145kmもの距離を7年間通勤していたという。それを経て今は、家族で過ごすことを優先し、母親業と牧場の仕事に専念することにしたのだ。子育てを機に、病院の仕事を辞めたことに悔いはないのだろうか?
「牧場生活では、家族と一緒に仕事ができることがとっても幸せ。美しい景色に囲まれて、様々な野生動物もいる。そして様々な大地の景観を楽しむことができるわ。美しい丘に見飽きたら牧場の逆側に行って、広々とした平原で仕事をするの」とサラさんは楽しそうに笑う。
そして「牧場の仕事で生きがいにしていることは、牛の出産期のお手伝い。何百頭もの子牛たちが生まれて、私たちはその母親、乳母、看護師の役割を担っているの。こうして伝統あるファージング牧場の素晴らしい歴史の一部になれたことを本当に光栄に思うわ。私たちが育てている牛の肉質の良さや、伝統を維持していくために、主人と子どもたちと共にがんばっていきたい」と語ってくれた。
笑顔あふれるファージング家。サラさん(左)とリタさん(右から2番目)は結婚してファージング牧場にやってきた。
ライアンさんの妻・リタさんは、ライアンさんと同じように、牧場生まれ、牧場育ち。そのためファージング家に嫁ぐことに何の迷いもなかったと語る。
「牧場で馬に乗って牛の世話をすることができれば、それだけで幸せ。私にとって、
最高の人生です。牛を育てることに対する情熱を分かり合える相手と共に歩んでいける。私はこの上ない幸せ者です」(リタさん)
美味しさに自信。農家が教えるビーフをより美味しく食べるコツは?
彼女たちは、自分たちの育てたアメリカン・ビーフに誇りを持つ。日頃、家族のために作る料理——そのレシピは至ってシンプルなのに、味わいは深い。愛情を込めて育てたビーフをどう調理しているの? 彼女たちにコツを聞けば、その自信がよくわかるだろう。
「ビーフを美味しいステーキに仕上げるには、塩とコショウさえあればOK! ローストを作る場合は低温でじっくり火を入れるのがポイント。そうするとお肉本来の旨味が引き出されてより美味しくなるの」(リタさん)
「子どもたちの好物はビーフステーキ。とくに"ミディアムレア"で食べるが大好き」(サラさん)
大自然に囲まれた広大な土地で、子どもたちも、牛たちものびのびと育つ。牛への感謝を忘れず、大自然の中で食べるアメリカン・ビーフは格別だろう。わたしたちを魅了する美味しいお肉の秘密は、愛情たっぷりの農場暮らしから伝わってくる。作り手の愛情こそが、どんなレシピにも勝るのかもしれない。
お肉。アイラブお肉。