森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化、エネルギーなどの話題を幅広く発信しています。7月号の「環境ウォッチ」では、環境ジャーナリストの竹内敬二さんが、「パリ協定離脱」を表明した米国政府の姿勢を批判しています。
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6月1日午後(日本時間2日未明)にあった米国による「パリ協定離脱」の発表は、世界に「まさか」「本当に言っちゃった」という衝撃を与えた。気候変動枠組み条約成立から25年、やっと米国と中国が中心になっての地球温暖化対策が始まろうとしていたところだ。今年、米国で就任したドナルド・トランプ大統領が、歴史の歯車を強引に逆に回したように感じられる。
世界には失望と怒りがあふれているが、よく聞くと批判にはユーモアも苦笑も交じっている。そこには「温暖化対策は止まらない」「トランプさん、考え直した方がいいよ」という余裕も交じる。世界は、大きく失望しながらも、これまでの温暖化対策の積み重ねに少し自信を持ち、米国抜きでも前進しようとしている。
「米国に不公平」という古い主張
米国内の報道によると、政権内はパリ協定の「離脱派」と「残留派」に分裂していた。離脱派は、スティーブ・バノン首席戦略官、スコット・プルイット環境保護局(EPA)長官ら。残留派は、トランプ大統領の長女のイバンカ・トランプ大統領補佐官、レックス・ティラーソン国務長官ら。残留に傾いていた雰囲気が最終盤でひっくり返ったという。
しかし、米国ほどの大国が、何年も国家として携わった国際交渉の結論を、そうした家族会議を少し大きくしたような枠組みで再議論し、それによって判断を変えるというのは、ちょっと信じられない光景である。
そこでのパリ協定の評価は最低だ。「パリ協定は米国にとって不利なもの。雇用を奪い、賃金を下げ、工場を閉鎖し、経済生産を縮小させる」。今米国がぶつかっている経済苦境を、さらに悪化させるものとみなした。具体的な内容では石炭産業への配慮が目立っていた。演説を貫く考えは「温暖化対策は国内経済に悪影響を与える」「パリ協定での米国の負担は不公平」ということだった。
これらは、かつての気候変動枠組み条約や京都議定書の交渉過程で議論されてきたテーマだ。先進国と途上国の問題でいえば、「共通だが差異ある責任」という考えが深まり、パリ協定でやっと、「先進国のリーダーである米国」と「途上国のリーダーである中国」が協力する国際枠組みにたどりついたところだ。トランプ氏の主張には、そうした議論と交渉の歴史が反映されていない。古い議論の蒸し返しで、歴史が後退した感が強い。
「演説で言及しなかったこと」も気になる。まず、パリ協定からいつ離脱するかの言及はない。親条約である気候変動枠組み条約から離脱するとは言っていない。また、「人為的な温暖化はうそだ」といった懐疑主義的な主張もしていない。
ピッツバーグ市長も反論
トランプ大統領は「離脱したあと、公平なパリ条約に向け再交渉する」と主張したが、ドイツ、フランス、イタリアの3カ国首脳は即座に「パリ協定のモメンタム(勢い)は不可逆なもの( 後退しない)。再交渉はできない」とする共同声明を発表した。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、批判演説の中で、トランプ大統領の「米国を再び偉大にする」をもじって、わざわざ英語で「地球を再び偉大にする」と述べた。中国の李克強首相も「発展途上の大国として、パリ協定の約束を守る」と述べた。
コメントの中でなかなか辛辣だったのが、日本の麻生太郎副総理の「その程度の国だと思っていますけどね」だった。米国が第一次大戦後に国際連盟創設を主導しながら、自らは参加しなかった歴史などを重ねてしゃべったものだが、きつい一言だった。
また演説の中でトランプ大統領は「私はパリではなく、(製鉄業などが廃れた)ピッツバーグの市民の代表として選ばれた」と言った。トランプ大統領が好んで使うしゃれた対語的な表現だったが、すぐさまピッツバーグ市のビル・ペドゥート市長が「我々はパリ協定を守っていく」と反論した。
これから米国はどう動くのか。
パリ協定では「離脱の表明は協定の発効から3年が経過しないとできない」と決められているので、離脱するにしても正式にはまだ先になる。しかし、国内では温室効果ガスの削減目標(2025年には05年比で26~28%削減)をすぐに緩和するだろう。国内の温暖化対策は緊張感を失い、他の国にも悪い影響を与えるのは間違いない。
国際社会との関係でいえば、パリ協定はすでに発効しているので、「米国さん、要求を聞きますから戻ってください」という再交渉は考えにくい。国際社会には当面、米国抜きで進む覚悟が見える。しかし、米国は気候変動枠組み条約には残留するらしいので、その条約メンバーとして国際交渉にも参加するだろう。そこで、具体的に米国が何を主張していくのかは予測できない。
離脱は米国ビジネスに得?
16年前の2001年、米国は先進国に温室効果ガス削減を求めた京都議定書から離脱し、世界は大混乱した。今回の離脱発表にはその時の雰囲気と似た点もあるが、異なる点もある。最大の相違は「離脱がビジネスにどう影響するか」という点だ。
当時は温室効果ガスの削減が大きいほど経済へのダメージになるとも考えられたが、もう時代が違う。風力発電、太陽光発電の世界の導入量は16年前のそれぞれ約20倍、約100倍になっている。自然エネルギー、省エネルギーなどの分野で脱炭素の技術開発を競い、経済成長を進める時代が始まっている。
米国のバラク・オバマ前大統領は声明を発表し、「パリ協定に残る国々は雇用や産業育成の面で利益を得るだろう。米国はその先頭にいるべきだ」と、トランプ大統領と逆のことを言っている。
「パリ協定からの離脱は米国の経済にとって良くないのでは」という議論が国内のビジネス界から出てくれば、状況は大きく変わってくるはずだ。