グアンタナモ湾収容キャンプから駐韓米国大使に:アメリカ式軍閥の出世街道

2018年5月24日は日本で最も重要な意味を持つアメリカの東アジアでの役割が、ターニングポイントを迎えた日だった。
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Emanuel Yi Pastreich

2018年5月24日は日本で最も重要な意味を持つアメリカの東アジアでの役割が、ターニングポイントを迎えた日だった。しかし、東京では少数の人たちだけしかその深刻さをわかっていない。一面の見出しで中国との経済的・文化的・技術的・軍事的な戦争を招く恐れがある二つの措置が取られたことを報道する日本の新聞社はなかった。

安倍政権はこの危機に巻き込まれることを実質的には願っている。しかし、はっきり言えることは、この戦いで日本は勝者にはなれないばかりか、実際には 危機に直面するということである。

5月24日に起きた第一の危機は、トランプ大統領が金正恩に送った書簡である。この書簡は普通の書簡ではなかった。この書簡はアメリカ大統領が今後、外国に対して権力を行使する場合、議会や専門家、そして、いかなる他の者からの承認を受ける必要がない「最高指導者」であることを宣言するものであった。その後北朝鮮の金英哲 副委員長は ホワイトハウスを訪問し、トランプ大統領と笑顔で対話したが、お互いに何の信頼も得られないようであった。米朝会談を元通りすることと決まったにも関わらずその傲慢な書簡の事が北朝鮮当局の記憶からはなかなか消えていない模様だ。 米朝会談を元通りすることときまったにも関わらずその傲慢の書簡が北朝鮮当局の頭の中からなかなか記憶が消えていない。

マスコミはこの書簡は複雑な交渉の段階であり、最終結論ではないと報道した。トランプの書簡では交渉内容には一切触れてなかったため、おおかた楽観的に捉えてもよいものだと思われていた。確かにそうかも知れない。

しかし、それよりも説得力のある解釈は、この展開の裏に隠されている本当のリスクから大衆の注意をそらすために、そういったポジティブな変化をマスコミに積極的に宣伝させたというものである。

首脳会談の時期が多少延期されたことはさほど問題ではない。

北朝鮮が外信記者の立会いの下に豊渓里(プンゲリ)核実験場廃棄の爆発作業を行なった当日、金正恩に無礼で威圧的な書簡を送ったことは明らかに侮辱的な行為であった。豊渓里核実験場の爆破は北朝鮮が約束を果たすために計画された一連の友好的なジェスチャーの中で一番最初に行なわれたイベントであり、世界との関係を根本的に変えることができるものだった。

今まで北朝鮮はトランプとの首脳会談を実現させるために多くことを妥協してきたので、この書簡はとても侮辱に値するものだったといえる。

一方で、もう一つ重大なイベントが5月24日に中止された。

トランプ政権は米太平洋司令部がハワイで実施予定だった「環太平洋合同演習(リムパック)2018」に、中国、正確に言えば、中国人民解放軍の海軍の招待を撤回すると突如発表した。リムパックは中国海軍や米軍が一緒に協力して、意見を交換する重要な場として進化し続けてきた。軍事専門家たちの間でもリムパックは太平洋で向き合う二つの強大国間の協力を確実にするための努力の一環だと高く評価している。

トランプ政権は2017年5月に公式に中国をリムパックに招待したのだが、中国政府が根回ししてきたシンガポールでの首脳会談の中止が発表されたその日に中国のリムパックへの招待を突如撤回した。

こういった行動は中国に対する侮辱以外の何ものでもない。日本の一般市民はこういった行動の意味は理解できないであろうが、中国で軍事計画に携わる人たちならばこのことが持つ重要性は疑う余地がないものであることはわかるであろう。

これは露骨な挑発である。

その後、中国はアメリカに南シナ海から身を引くように要求したのだが、短期間で起こったこうした一連の事件が両国間での武力行使に繋がる恐れも出てきた。

アメリカ政府が5月24日にこうした超強硬な措置に講じた背景を理解することがまずは大切なのだが、この一連の動きは米太平洋司令部のハリー・ハリス司令官が「隠された手(hidden hand )」である可能性はとても大きい。

ハリスはアメリカが中国との大々的な対立を準備している真っ只中に駐韓米大使に指名された。赴任地での彼の仕事によっては子どもたちの未来が変わってくるかもしれない。

多くの日本の人々は質の低いニュースにしか触れる機会がない。日本の人々はアメリカが行った中国や北朝鮮への意図的な侮辱については何もわかっていないであろう。しかし、中国や北朝鮮への次の措置には軍事対応が必要な攻撃がとられることが報道されるのは確かであろう。

ハリー・ハリス司令官

ハワイに位置する米国太平洋司令軍のハリー・ハリス(Harry Harris)司令官は駐豪国大使に任命され、本来ならば、今月中には業務を開始する予定だった。しかし、4月24日、トランプ政権は突如ハリス司令官を駐韓大使に指名したと発表した。

あらゆる面でこういったドタバタ指名は前代未聞である。韓国政府が北朝鮮との平和モードを作り出そうとしている時期に、米軍のトップが大使に任命し、韓国や東アジアに派遣するということはただならぬことである。日韓の間には未だに植民地支配による敏感な問題を抱えていることを考えると、日本の極右に近い米軍のトップが任命されたということもただ事ではない。母親が日本人で、日本生まれであるということだけでハリス司令官の指名を反対することはできないが、彼が駐韓大使に指名された瞬間、彼に「旭日章が授与された事は、まさに奇妙である。

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駐韓米国大使に指名された米国太平洋司令軍のハリー・ハリス司令官
AFP/Getty Images

グアンタナモ湾収容キャンプで拷問や虐待が繰り返される間、彼がやってきたことについて考えてみる必要がある。拷問や虐待は周到かつ綿密に法の死角内で行われてきた。一般的にこのような世間を騒がした不法行為に介入していれば、キャリアはストップしてしまうのが普通である。

しかし、ここ近年の事態は尋常ではない。

当初、オーストラリア人の多くは好戦的で反中感情が非常に強いハリス司令官の豪国大使任命を歓迎していなかった。マルコム・ターンブル(Malcolm Turnbull)豪国総理は、前総理であるトニー・アボット(Tony Abbot)やケビン・ラッド(Kevin Rudd)よりもさらに中国とは一線を置く立場であったが、保守的な財界の反対は未だに抑制できていない人物であるからだ。

しかし、米軍内の反中勢力にとっては中国との戦争に反対するオーストラリア国内の世論を押さえるためにはハリス司令官の存在は是が非でも必要だった。そのため、中国の経済圧迫、採掘、農業、教育等、オーストラリア国内の懸案のためゴールドマン・サックスでさえもターンブル総理の足を引っ張っていた。

ハリス司令官の豪国大使任命は自然な手順であった。しかも彼は アジア全域で軍事的、経済的、文化的に中国に対抗できる動力を引き出せる適任者であった。そして、彼は格式や軍の規則にとらわれず、嘲弄や挑発的な言動を吐くことでも有名な人物であった。

ところで、中国に立ち向かうためにはもう一ヶ国重要な国があるが、それは言うまでもなく韓国である。韓国でも良好な対中関係を保つために努力するべきだと考える世論は多い。

駐韓米国大使には極右派の退役陸軍将校であるジェームズ・サーマン(James Thurman) 前司令官が早くから内定していた。しかし、どうしてマイク・ポンペイオ(Mike Pompeo)米中央情報局(現国務長官)はぎりぎりになって、ハリス司令官に変更することを要請したのだろうか。

 この急展開に関する資料は我々の生涯を通して未公開のままかもしれない。しかし、意図は明らかである。

 朝鮮半島では最近、11年ぶりに南北首脳会談が行われ、4月28日に発表された共同宣言を見ると、両国は相互協力を推進するため全般的な意見交換が行われたことが伺える。これにより、近いうちに朝鮮半島の休戦状態に終止符が打たれるかもしれないという平和的な雰囲気が作り出された。アメリカが平和協定を望んでいるか否かは、さほど重要ではないかもしれない。

このように急激に南北関係が進展してしまい、トランプ大統領の後ろでまごついていた米軍部が許容できる水準を超えてしまうと、彼らは韓国を逃すまいとハリス司令官のような大物の存在が必要だと判断したのである。

ハリー・ハリスは会談の成功がアジア地域でのアメリカの立場を揺るがし、今までアメリカが戦闘機、軍艦、潜水艦の増加を正当化するために中国との対立関係を助長してきた最終段階で軍縮の方向に向かうのではないかと心配しているのではない。むしろ、彼は中国との広範囲な軍事対決を図る方面から大きな声を挙げてきたのだ。

よりストレートにいうと、アメリカの政府内にはハリー・ハリスほど容赦なく果敢に決定を下す事ができる人物はまずいない。

韓国が日本、中国、ロシアと政治、経済的な協力を推し進め、それと同時に北朝鮮との和解への道に進み始めたため、これが巨大な波になる恐れがあるので、アメリカにとっては躊躇せずこの流れにブレーキをかけられる人物が必要だったのである。

ハリー・ハリスの出世街道

ハリー・ハリス司令官は2006年3月から翌年の6月までグアンタナモ湾収容キャンプ〔1〕の司令官に服務して以降、飛躍的な出世を成し遂げた。(ブッシュ政権時にはジェネーブ条約の対象外だった)この秘密軍事施設は囚人に加虐行為を行う場所であったということは収容所の元2等軍曹だったジョーゼフ・ヒックマン(Joseph Hickman)の著書「Murder at Camp Delta(キャンプ・デルタでの殺人)」で詳しく描写している。

 この本の中でヒックマンは、ハリスの在任期間中に生じた三人の囚人の死について多くのページを割いている。当時、死亡原因は「自殺」と発表されたが、最初の報道によると、囚人は(実際に自殺だったかどうか確信がないが)布切れを喉の奥に深く突っ込んで自らの命を絶っていたという。6年間調査を行った結果、ヒックマンはこの収容所で向精神薬の副作用があるマラリア治療薬を意図的に濫用投与し、囚人を精神的に破滅させようとしたという結論に至ったと述べている。そこで起こった全てのことはハリスの黙認、または監督の下で実行された。

 ヒックマンが「アメリカの戦闘試験室」と称したこの場所で投薬の決定を下した人物はまさにハリスなのである。

当時、行われた拷問プログラムに関連して牢獄に入れられたのは前CIAのジョン・キリアコ (John Kiriakou)一人だけなのだが、驚くべきことは、犯罪行為を一般に公開したという理由で刑に処されたということである。彼はハリスが行った拷問プログラムについて次のように述べている。「このプログラムには人体実験も行なわれたと確信できる主張もあります。想像を絶します。本当に惨いことです。」

 この行為は生きている囚人に隠密に人体実験を行ったことで悪名が高い旧日本陸軍731部隊に類似している。

トランプ政権になって昇進した拷問キャンプの管理者はハリスだけではない。現在CIA局長に任命されたジーナ・ハスペルもやはり拷問プログラムに広く関わり、その結果、着々と昇進することができた。

当時、ハリス司令官は囚人たちの死亡原因について調査要請をしなかったのはもちろんのこと、囚人たちの自殺についてもおおっぴらに次のように侮辱するような発言をした。

「彼らは賢くて、創意的で、闘志があります。彼らは我々の命も、自分たちの命にも興味がありません。彼らは絶望したのではなく、我々とは非対称的な立場にあることの一環として自殺したのだと思われます。」(マザー・ジョーンズ、Mother Jones

彼は惨い精神的虐待で命を絶った囚人たちの死を非人道的な敵軍の邪悪な陰謀として片付けた。

このようなにずうずうしい言動にもにもかかわらず、彼は起訴もされず、解雇どころか、立て続けに昇進して、終には2013年太平洋艦隊の司令官任命までに至った。同年の5月には予想に反してハワイ所在の太平洋司令部全体を担う司令官に抜粋された。

しかし、一連の昇進の時期も決して偶然ではない。

当時、太平洋司令部は米軍の戦略的計画や責務を弱体化させた、盲目的な軍国主義に不満を抱いていた。太平洋司令部には気候変動を最も重要な安保脅威として扱うべきだと公言して、安保概念を完全に再確立させようとするグループが重要な分派を形成していたのだが、その中の多くの者が気候変動やその他の安保問題に関しては中国との協力が可能で、ひいては、アメリカのためには中国との協力が必須的だと考えていた。過去数十年の間に、太平洋司令部は電気バッテリーやその他の代替エネルギーインフラの開発に大掛かりなプロジェクトに専念しており、太平洋・東アジア地域の国家とともに協力をして気候変動に対応して、関連災害の発生時、人道主義的な支援をするネットワークを形成するグローバルプロジェクトを始めたことがある。

言うならば、太平洋司令部は気候変動に対応していくパートナー国との新たな同盟の礎を築いていて、そのプロジェクトが拡大すれば、朝鮮戦争以降、米軍を定義してきた軍事同盟体系に直接的な影響を齎すような挑戦になったであろう。(アンドリュー・デウィット、Andrew DeWit

結果的に太平洋司令部は気候変動への対処等、各々の協力分野において中国と幅広い論議をすることになった。こういった努力は2016年9月3日、杭州サミットで発表されたバラク・オバマ前大統領と習近平主席の首脳宣言によく現れている。この会談で両国は気候変動への対応に力を注ぎ、軍事協力も促進していくことに合意した。

しかし、このような良好な関係は高価な船艦や戦闘機を売り、多大な利益を生み出す(そして、軍の将校には退官後の安楽な生活を保障する)勢力が歓迎するはずがなかった。それに加えて、太平洋司令部が年2回行ってきた環太平洋合同演習、別名リムパック(RIMPAC)に中国海軍の参加する事も決めたので、保守派はさらに不満をあらわにした。このことは太平洋司令部が米軍内に存在する「中国の脅威」というスローガンを否定するものであり、アメリカ政界のロビーストや、単なる「中国の脅威」ではなく人種主義的政治の一環としてみなしているアメリカ本土の極右団体からは政治的独立を宣言することを意味するものであった。太平洋司令部内にいる多くのアジア系アメリカ人が彼らの思想を信じがたいと思ったのも無理はなかった。

保守陣営の反発は大きくなるばかりだったが、司令部内での気候変動への対応努力は衰える気配はなかった。このような対決の構図は2013年3月9日、当時の司令官であるサミュエル・ロックリア (Samuel J. Locklear III)提督が、ハーバード大学で行なった演説で、気候変動を太平洋地域での最も一次的な長期安保脅威として挙げたことによって頂点に達した。あまりにも当然すぎる話で聴衆はあくびをしたかもしれないが、含まれている意味を考えると、画期的な発言であった。(ボストン・グローブ、Boston Globe

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太平洋司令部サミュエル・ロックリア前司令官
JIM WATSON via Getty Images

ロックリア前司令官は気候変動を安保政策の第一順位として捉え、化学燃料の縮小を推進する太平洋司令部内の強力な分派を代表する。退役将校たちによって製作されたドキュメンタリー映画「The Burden」は化学燃料の悪影響を気候変動だけでなく軍隊の効率性にも悪影響を及ぼすとしてこれを暴く、司令部(そして、他の部署)での努力がふんだんに盛り込まれている映画であった。

 右派陣営が断固たる抗議をしなかったならば、ロックリア前司令官がハーバードで行なった演説がアメリカの戦略に根本的な変化をもたらしていたかもしれない。即ち、「テロとの戦争」からは手を引いて、気候変動に重点を置いた複合的な戦略が生まれていたかもしれない。

しかし、特殊部隊や情報部の予算で利益を追求したり、伝統的な航空母艦戦闘群や最新鋭の戦闘機で富を蓄積してきた軍部の勢力は、こういった状況を容認するはずがなかった。ロックリアは 即刻、軍内部から激しい攻撃を受けた。2ヶ月も経たないうちに彼は容赦なく司令官の地位から下され、その座はハリー・ハリスに代わってしまった。

ハリスはグアンタナモの時と同様な理由で太平洋司令部に配置された。反対派を押さえつけ、実務専門家の反対を押し切って、最悪の政策を貫徹するためだった。ハリスは中国との協力を終わらせたり、司令部の気候変動研究を中止させたりすることはできなかったが、そのために力を傾注した。

その過程において彼は、太平洋司令部では類をみない有力な政界の人事として浮上し、日本で何度も演説を行い 、またオーストラリアや他のアジア太平洋地域の国々でも演説を行なった。彼の演説は客観的に戦略を評価したり、深刻な問題を科学的に分析するのではなく、公な政治批判に近かった。

しかし、ハリスでさえも数十億ドルの資金を所有する独立研究団体は統制することができなかった。独立研究団体では再生エネルギーや環境関連のプロジェクトを行なっており、決してプロジェクトを諦めなかった。それでも、ハリスは安保関連の協議は自身が強調してきた「航行の自由(freedom of navigation)」〔4〕キャンペーンに焦点を合わせるように図った。結局、「航行の自由」とは、アメリカの軍艦を定期的に中国が領有権を主張する南シナ海の周辺海域や排他的経済水域の12海里を越えて派遣できるようにするべきたということを、聞こえのいいように表現しているだけであった。そして、このような不必要な挑発(中国の軍艦が定期的にハワイ海岸の近くまで航海したとしたら、または、アメリカのハワイ領有権を問題にするとしたら、アメリカはどのような反応を見せるか想像してみるといいだろう)が太平洋司令部の戦略計画のメインになった。

 2017年ドナルド・トランプが大統領に当選すると、軍部内で「中国との戦争」を推し進める勢力はトランプを強烈に支持した。トランプと長い間の付き合いがあったわけではない。自分たちの主張を後押ししてくれる人物が必要だったからである。

この勢力はとりわけロシアやイランとの戦争を企ている勢力、または「テロとの戦争」に巨額な資金を投資している勢力までも押しのけて、存在感を見せつけた。また、この勢力は気候変動等、非伝統的な安保イシューに当てられる予算、それと、巨額の予算が当てられる弱小勢力の予算までも統制しようと奮闘した。

軍部性格

ハリスもトランプのように度肝を抜いたマスコミ発言で注目を浴びるようになり、熱烈な支持者を確保するのに成功した。多少、手荒いスタイルではあるが、独特な魅力もあり、人々は彼を生真面目なほどに正直な人物だと評価している。

 ネイビー・タイムズ(Navy Times)は中国専門家のボニー・グレイザーの言葉を引用して、ハリスを次のように紹介している。

「彼は本音を言い、権力者にも本音で物を言うが、それを公の場で言う人間です。言い換えるなら、類い稀な人物です。」

 今年の2月に彼が軍事委員会で述べた次の発言は、こういった描写の典型的な事例であろう。

「太平洋司令部が今晩戦わなければならないのなら、私はこの戦いが正々堂々な戦いでないことを願っています。剣での戦いなら銃を、銃での戦いなら大砲を、それもアメリカの同盟国の全ての大砲で持って戦うつもりでいます。」

 米国太平洋司令部の司令官だからこそできる、猪突猛進であり、激揚した発言だといえる。実際、彼は過去500年の間、平和を維持して戦争を防いできた軍事慣例は自分には通じないと大きな口を叩いている。ところが、今まで誰も攻撃してこないため優柔不断な態度をとってきた政府官僚に飽き飽きしてしまった軍内部ではそういったハリスが新鮮でアグレッシブな存在に映ったのである。

 しかし、ハリスの影響力が増大したのは、単にトランプ当選以降「中国との戦争」を追及してきた勢力が浮上したからだけではない。アメリカの政府内で全般的に軍部の力が増大してきたことに関連している。

2016年の選挙以降、ワシントンの行政府が崩壊した。このことは結局、政府部署の中でまともに機能している部署が軍部しか残っていないことを意味している。米軍の深刻な浪費を考えると、この発言は途方もないことのように聞こえるかもしれないが、変なことに、軍特有の硬直性のおかげで、むしろ、政治家の直接的な介入からは保護され、それにより連邦政府のいかなる部署でも不可能な長期的な計画を立てることができる。

第二次世界大戦以降、アメリカが成立させたグローバル体系は次第に米軍主導でとり行われるようになったのだが、軍の将校が正義のために戦おうが、腐敗に耽溺しようが、軍は一般大衆にとってはなかなか接近できるものではなく、軍といえば、せいぜい探査報道という形でメディアで取り上げている程度なので、アメリカの政治は理解しがたくなってしまった。米軍の将校向けのガイドラインを見ると、民間人はもちろん、他の政府部署や軍部内の他の部署とも交流しないように指示している。そのため、その間、軍の影響力はとても拡大したが、実際はさほど大きくは見えないのである。

しかし、状況はそれよりもさらに難しい。軍の重要性が増したのは、政府崩壊が招いた結果ばかりでなく、市民社会の瓦解が招いた結果でもあるのである。学会、非政府機構、財界、その他の市民団体等、さまざまな領域でリードしてきた大物たちは拠り所を失って卑怯になってしまい、自分の声を挙げて勇敢で組織的な態度を見せられるのは軍人だけになってしまった。チェルシー・マニング(Bradley (Chelsea) Manning)、エドワード・スノーデン(Edwin Snowden) 、ジェフリー・スターリング(Jeffrey Sterling)の伝説や、その他に軍や情報局に知られていない多くの人たちがそうした結果だといえよう。彼らは明らかに軍国主義に反旗を翻したのだが、逆に彼らが軍内部に翻した反旗がむしろ軍の政治的役割を強化させてしまった。イランとの戦争のようなイシューを論じる場合は、民主党ではなく、軍が野党の役割することになった。

 今の時代の新たなヒーローはハリス司令官のような「各地域の戦闘司令部」(アフリカ司令部、中部司令部、ヨーロッパ司令部、北部司令部、太平洋司令部、南部司令部)の司令官たちである。彼らは各国家の大使よりも膨大な「責任区域」内で任務を遂行して、政治家の妨害工作にも左右されず自由に自ら予算を管理している。

 彼らの行動や予算使用の内訳は限られた者だけしか知ることができず、彼らの名前は力のない政治家のばかげた主張で埋めつくされた日刊紙には登場することもない。彼らはメディアから注目されることなく軍を動員して政策を実行できるという点においては、メディアに全面的に露出されて困辱されるトランプ大統領よりも大きな能力を持っている。(マイケル・クレア、Michael Klare

 太平洋司令部の司令官は数千億ドルの予算を執行することができ、有名大企業のCEOよりも強力な権限を持っている。また、太平洋司令部の司令官はワシントンの意味のない政争は無視して、政策の立案・実行ができる。

 ハリスはそれまで駐韓アメリカ大使候補だったビクター・チャ(Victor Cha)、ジョージタウン大教授とは全く違うタイプ人物である。ビクター・チャはワシントン内で幅広いコンサルティングを行ってきた学者で、北朝鮮を悪魔に見なして(そうすれば、コンサルティング業の契約もゲットできるので)、軍備増強の正当性を裏づけようとした。CSIS(国際戦略問題研究所)の韓国室長であり専任顧問でもあったビクター・チャは、主に軍事産業界の援助の下、軍事予算の増加のためにロビー・PR活動に力を入れてきた。一方で、単純な一般化を止揚しようとした実際的研究を通じて「敵対的提供(アメリカ、韓国、日本の三角安保同盟:Alignment Despite Antagonism: The United States-Korea-Japan Security Triangle)」という本を出版したこともある。

 反対に、ハリスは中国の脅威に集中して予算を拡大し、自分の権力も確保しようとする准将や少将のリーダーに近い存在である。彼らにとっては2018年1月19日に一般公開された国防戦略報告書がバイブルなのである。この報告書にある戦略を要約すると、情報部や特殊部隊は「テロとの戦争」を中断して、「競争国家」との「真の戦争」に備えて軍艦や戦闘機に膨大な投資を再開するころに重みがおいてある。

 また、この報告書は「規則による長期国際秩序の衰退により検証する国際無秩序」について言及しており、その原因としてアメリカの制度的、構造的な問題はもちろんのこと、中国、ロシア、テロ集団の攻撃を挙げている。

 トランプ政権が混乱に陥り、金融、貿易、貿易と安保の関係が崩れていく中で、ハリスもまた安保と経済、文化の境界を意図的にあいまいにして、自分の影響力をさらに増大させた。トランプは自分自身のために動いているが、ハリスは確固とした目標の下、実質的な予算や専門知識を持った将校たちの意見を代弁するために動いている。

 米国上院軍事委員会では2018年2月14日の聴聞会にハリスを単独証人に呼んだのだが、そこでハリスは世界最大級の米軍の予算が激増する中国の脅威に対応するためにどれだけ財源が不足しているかを何時間にもわたって訴えた。また、中国との戦争に備えることと日本、韓国、オーストラリア、フィリピン、タイの費用負担を大幅に上げることを要求し、フランス、イギリス、インドにはより積極的に中国への対抗策に参加することを要求した。

 ハリスの証言は多少オーバーであるが、現在、上院軍事委員会で論議中の2018年度国防守権法案の予算額、7170億ドル(非公開予算を含めると、はるかに多いと思われる)で購入する軍艦や戦闘機の生産・補修を担う企業に退役将校がコンサルティングをしたり、投資をすることで懐に入る額を過小評価してはならない。

 トランプ政権は政府機関に静かな戦争を宣布した。政府が敵である。共和党はこのような混乱はポジティブな政治状況として捉えている。トランプのスタイルは夜遅くツイートしながら政策を練るため、政策の検討や責任から逃れ、意思決定の前に専門家の意見を聞く必要もなくなった。このようにホワイトハウスが政策の細かい内容を軽視した結果、軍部内の派閥のパワーがさらに強化されてしまった。

 今やこれ以上引き下がることのできない段階、すなわち、クリントン政権後半から台頭し始めた軍の民営化は最終段階に到着した。

 戦争は以前にも増して金儲けの手段となってしまった。戦争は株価や軍の高位幹部の引退後の生活に直結する問題になった。軍はワシントン、上院議会、選挙だけにとどまらず、武器商人が喜ぶ産業がある地域、戦争をたぶらかすロビーストに資金援助をする投資銀行や技術銀行、軍事産業との関係がさらに密接になった。

 以前の米軍の将官たちはみな純粋で道徳的だったという仮説を支持支度はないが、ここ20年、軍のリーダーシップが目に見えて悪化していることは誰の目にもわかるだろう。今の米軍には洞察力があり博学才穎の政策専門家として1940年代中国の共産主義と民族主義間の和解のために力を尽くしてきたジョン・マーシャル将軍(General John Marshall)のような人材は見当たらない。マーシャル将軍は自分の任務だと思えば見返りなどは求めず、不可能なことにでもチャレンジしていく軍人だった。元帥だったドワイト・アイゼンハワー(Dwight Eisenhowerもやはり退任の挨拶で「軍事産業複合体」に対して警告したことがある。アイゼンハワーが金儲けのために軍事産業とコンサルティング契約を結ばなかったことは歴然としている。

実際、当時はそういった契約を結ぶということ自体が羞恥的な行為であっただろうが、今日、そういう契約を断ればむしろ馬鹿者扱いをされるだろう。

議会のリーダーシップ弱体化はさらに顕著である。ジェイコブ・ジャヴィッツ(Jacob Javits) 、ジェームズ・フルブライト(James Fulbright) 、アドレー・スティーブンソン(Adlai Stevenson) 等、20世紀中頃の政治家たちは自分の欠点を素直に認め、公共サービスの向上に献身して、昼夜問わず政策の細部まで細かく検討し、長期的な戦略を講じたことは周知の事実である。

今やこのような政治家はどこにもいない。おそらく1997年に退職したポール・サイモンが最後であっただろう。今日、「政治家」と呼ばれる人たちは政策の意味を正確に理解していない。まるでアイスクリーム屋の前にたたずむ子どものように、単に金儲けや好印象を与えて票を得るために時間や努力を惜しまない存在に没落した。それに比べて、ハリー・ハリスは今の時代の政治家よりもよっぽど専門家に見える。

ここ数年、中東や中央アジア、そして、その他の地域では外交の軍事化が進んでいる。中東の主要国家の大使たちが宴会の場でエビを揚げようか、それとも、茹でようかということ以外には何もしゃべらないというのは誰もが知っている周知の事実である。

 我々は今、米連邦刑務所局(Federal Bureau of Prisons)の長官に任命された元陸軍のマーク·インチのように、トランプ政権になってからは今まで前例がないほどの数多くの軍出身者が内閣や連邦政府の最高位職に就任するのを多く目にしている。昨年の11月にはアメリカの最高シンクタンクであるブルッキンズ研究所の所長に海軍出身のジョン・アレンが就任した。ブルッキンズ研究所の前所長は高度な知識を備えた有能な民間人のストローブ・タルボットだった。タルボットの前任者も優れた外交官出身のマイケル・アマコストだった。

ここで我々はワシントンでの和平関連の議論ではシンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が際立った役割を担っていることに特別な注意を払うべきである。CSISは一時、国際関係においてとても重要な情報源であったが、そこは今や民営化した外交・安保の国家機関を監督するコンサルティング会社に変貌してしまい、以前ほどの役割は果たせなくなっている。12年まではCSISのセミナーにリベラル派の大物が発表者として招かれたりすることもしばしばあった。当時、CSISは世界で最も開放的な機関ではなかったとは言え、そうとう有意義な討論の場ではあったのである。しばらくの間、CSISで行なわれていた論争の調整はアメリカの外交政策での二つ談論の間に形成された磁場で決定されたこともあった。

そういった議論の一方で、外交・安保政策の民営化を通じて、自分の民間国際コンサルティング会社のキッシンジャー・アソシエーツ(Kissinger Associates)と契約を結ぶことを通じて利益を得る手段としてCSISを利用してたヘンリー・キッシンジャー前国務長官がいた。キッシンジャーはアメリカの歴史上、最も冷笑的な政治家の一人であるリチャード・ニクソン前大統領と密接な関係を築き、権力や莫大な富を築いてきた。

 それとは対照的に、カーター政権時の国家安保担当問題担当大統領補佐官だったズビグニエフ・ブレジンスキーがいる。彼はオープンな姿勢で様々な分野の人と協力して仕事を進めていたし、ただ単に富を追い求めるよりはもっぱら学者として、また公務員としての任務を遂行する人物だった。            

 私がブレジンスキーについて友好的なことを書くたびに、しばしば彼のことをアメリカがアフガニスタンで犯した大きな過ちの考案者であり、あらゆる機会でロシアには批判的で強硬派の冷戦戦士だと思っている人たちからひどい攻撃を受けることもあった。

 ブレジンスキーの業績やこういった評価について私はとやかく言いたくないが、いざ会ってみると実際の人物像はずいぶん違っていた。

 ブレジンスキーは政治的迫害を受けた人たちへのサポートには努力を惜しまず、イランとの戦争に向かおうとする勢力には断固たる姿勢でそれについて厳しく非難するのを何度も目にした。

 安保政策において気候変化の持つ重要性に関連して、私が提示した提案に対して彼は何度か細かい回答を送ってきてくれた。

 ブレジンスキーは自分の任務は真摯に受け止め、また、真摯な姿勢を持つ者に対しては手を差し伸べてくれる人物だった。ブレジンスキーが3年間の闘病の末、2017年この世を去ってからCSISには急激な変化が起こってしまった。

 現在のCSISはや軍需企業や外国の政府が資金援助をするプログラムに支配されている状態である。その上、政治コンサルティング会社にすぎないトランプ政権では外交・安保関連の政府機能が次第に連邦政府からCSISに委託されるようになった。ブレジンスキーがこの世から去ったことはアメリカの国政が混沌とする中でトランプが台頭したことに匹敵するほど重大な出来事のような気がしてならない。

アメリカの軍閥時代

 ハリスは共和制時代、元老院の権力を乱用したローマ帝国の植民地の総督のようである。それよりも実は(19世紀後半から20世紀初めにかけて) 清王朝で急浮上した軍閥に近いようにも見える。中国帝国の軍閥は自国の占領民と緊密な経済関係を形成し、独立した経済的、政治的な存在として相当な政治権力を手にした。

 清王朝の腐敗が深刻になると、軍閥は(いろいろな外国勢力の助けを借りて)中国帝国を支配力が行使できる地域に分けてしまった。軍閥は1940年代には絶大な権力を振るった。

 軍閥は西太后の周囲の取り巻いているどの人物や集団よりも遥かに高度な専門知識を持っていた。絶望した改新派勢力は当時、中央政府が概念さえ理解していなかった改革を行なうため、進歩的な軍の指導者に目をつけた。それが袁世凱だった。しかし、袁世凱も自ら皇帝になろうと企んでいたので、次第に無能な政治家になってしまった。

ハリスのでの任務

 アメリカの連邦政府の権限が縮小して、米軍の各司令官の権力が増大していく中、日本人は次第に混乱を感じてきていることだろう。例えば日本の専門家が 抜け殻になってしまったアメリカの国務省が未だに朝鮮半島問題の決定権を持っているものだと思っている。国防省長官の太平洋司令部への命令と指揮は名目上だけのものという事実、そして今、世界中の多様な権力機関と複雑な関係を形成する過程にいるということを正確に理解している人はさほど多くない。国防省や司令部が非公開で結んだ軍事、情報、経済等の協約は第一次世界大戦を引き起こした秘密外交と類似した弊害を伴っている。日本のメディアはハリスという人物や彼のバックグラウンドについて深く掘り下げて報道はしていない。

ハリスの役割は 韓国がアメリカとの軍事同盟から遠ざからないようにすることであろう。米軍内の大多数派はこの軍事同盟こそが中国への脅威に立ち向える手段だと信じている。しかし、いくら努力をしてみても、いくら保守的な韓国人であっても、実体がない中国の脅威には歩調は合わせられないのである。

中国の経済が成長するにつれて東北アジア地域でアメリカの外交力が低下したという現状、そして、露骨な人種差別を掲げているトランプ政権の性格を秘密に付することはできない。国際法や気候変動への対応から手を引いたアメリカの決定はやはり言葉に表せないほどの莫大な損失を抱えることになった。

もしハリスに与えられた任務がイランとの戦争に韓国軍も動員させることならば、ハリスは今後、相当な困難が予想されるだろう。韓国には紛争に巻き込まれることを望む者など誰一人としていないからである。当然、中国の脅威も歓迎してないが、軍事行動によって起こりうるロシアとの最終決戦など全く望んではいないのである。

ハリス司令官の駐韓大使任命は昇進なのか、降等なのか、この問題は世間を騒がせた。確かなことは、彼は権力をさらに強化するために韓国に派遣されたのである。

しかし、気候変動問題を深刻に考えてない太平洋司令部の分派が今度どう行動するか疑問である。ハリスは韓国、日本、オーストラリアとともに中国との全面的な衝突に備えることしか頭にないだろう。

 今年の5月2日にアメリカのアジア政策専門家であるクリス・ネルソン(Chris Nelson)が発刊した「ザ・ネルソン・リポート(The Nelson Report」にはワシントンで開催された日本の笹川平和財団の「日米同盟」年例セミナーで行なわれた興味深いやり取りを引用している。

 ネルソンは日本の元海上自衛官である武居智久に日本とアメリカ、オーストラリア、インドの海軍が中国と力を合わせて気候変動やそれにともなう海水面上昇に対応する計画を立てるべきだと提案したのだが、その会場にいた者の中で誰一人として反対しなかったと述べている。

 現在、この時点で米国太平洋司令部は安保、とりわけ、海上でさらに災難な様相を見せている気候変動についてどんなビジョンを打ち出せるのだろうか。海軍軍歌の歌詞にあるように「鯨のいない洞穴ではオキアミが王の振りをするものだ」