ニューヨーク・タイムズが掲載した、アマゾンの〝職場環境の内幕〟を描いた調査報道の信憑性をめぐり、元米大統領報道官のアマゾン副社長とタイムズの編集トップが、ブログサービスの「メディアム」を舞台に、それぞれ長文のブログ投稿で応酬するという一幕があった。
告発型の報道に対し、当事者が否定や反論をすること自体は珍しくもないが、今回はメディア出身の元大統領報道官が、調査報道に対する〝検証記事〟のスタイルで、証言の一つひとつを個人攻撃も絡めて否定しており、従来の〝反論〟とはかなり様子が違っている。
しかも自社サイトへのプレスリリース掲載などではなく、掲載先は外部ブログ。即座に反応したタイムズも、やはり自社サイトではなく、同じ「メディアム」に掲載。ソーシャルな文脈を優先したようだ。
「メディアの地平は随分変わった」。そんな感慨も出ている。
●「机で泣く同僚」
タイムズが記事を掲載したのは今年8月、「アマゾンの内幕:苛酷な職場でビッグアイディアと格闘する」と題した5700語にも及ぶ長文記事だ。
アマゾンの〝社員に苛酷な企業文化〟について、半年がかりで100人以上の現職・元職の社員をインタビューしたという。
「ほぼすべての同僚の、机で泣いている姿を目にした」「ワーク・ライフ・バランスとは、仕事が第一、生活は第二、そのバランスを考えるのは最後、って社内ジョークがある」
そんな内情が、実名や本人の写真を含む証言などから描かれている。中には、がんや流産に苦しむ社員が不当に評価され、追い出されたなど、ショッキングなエピソードも。
記事は反響を呼び、ネットのコメント欄には、6000件近いコメントが溢れかえった。
アマゾンCEOのジェフ・ベゾスさんは早速、社内向けメモでこう反論した。
記事が描いているのは、私が知っているアマゾン、私が毎日一緒に働いている、思いやりあるアマゾン社員とは別物だ。
●パブリック・エディターの指摘
この記事には、社内からも物言いがついた。
読者の声を代表するパブリック・エディター、マーガレット・サリバンさんは、記事には他紙からも評価があるとする一方、バランスと文脈に欠けるとの批判も紹介。その上で、エピソードを中心に構成されており、データによる裏付けがない、と指摘した。
ただ、この指摘に対しては、タイムズの編集トップ、編集主幹のディーン・バケーさんが「この種の報道が、エピソード仕立て以外の何らかの方法で可能だという考えを、私は認めない」と全面否定してみせた。
●元大統領報道官の検証
アマゾン側から本格的に火の手が上がったのは、記事掲載から2カ月が過ぎた今月19日朝。
アマゾン上級副社長ジェイ・カーニーさんがブログサービスの「メディアム」に、「ニューヨーク・タイムズが報じないこと」と題した1300語のブログを投稿した。
カーニーさんはタイム誌で約20年のキャリアを持つジャーナリストで、2011年からの3年間はオバマ政権での大統領報道官も務めた人物だ。
ただこの間、情報漏洩への締め付けなどでメディアとの関係は芳しくなく、特にホワイトハウスでのイベントの撮影禁止が目に余るとして、メディア各社、プレスクラブなど約40団体の連名でカーニーさんに公開書簡を突きつける、という騒動もあった。
「メディアム」へのブログ投稿でカーニーさんは、記事に実名で登場した元社員の証言を一つひとつ〝検証〟。
そのうちの一人については、「業者に対する詐欺行為を図り、業務記録の改ざんによる隠蔽が発覚、退職した」と、個人攻撃をするなどして、証言内容の信憑性を否定。
さらに、タイムズの記者は〝バランスのとれた記事〟にすると確約した、として記者から広報担当副社長にあてたメールまで公開している。
●編集トップの反論
カーニーさんのブログ投稿から約4時間後、今度はタイムズ編集主幹のバケーさんが、同紙のPRチームのアカウントで、同じ「メディアム」にやはり1300語のブログ投稿「ディーン・バケー、ジェイ・カーニーのメディアム投稿に応える」を公開した。
バケーさんはこの中で、カーニーさんが指摘する実名の元社員たちの証言の信憑性に対する疑義を一つひとつ否定。
特に、カーニーさんが「詐欺行為」と名指しした元社員については、「当人は、詐欺行為や記録改竄の指摘を受けたことはないし、そのような事実もなかった、と述べている」と指摘した。
その上で、こう述べている。
この記事は多数のインタビューに基づいている。あらゆる反響に目を通しても、この記事の描写が正確であることに、疑いの余地はない。
これを受け、カーニーさんは「メディアム」への再反論でこう述べている。
結論としては、NYTは事実を確認するつもりはないということだ。
●変わるメディアの地平
この一連のやりとりはネットでも話題となり、タイムズも含む各メディアが記事として掲載した。
アマゾンCEOのジェフ・ベゾスさんがオーナーとなったワシントン・ポストのオピニオンライター、エリック・ウィンプルさんもこの騒動をブログで取り上げている。
ウィンプルさんは「アマゾンのニューヨーク・タイムズへの弱々しい攻撃」と題し、ベゾスさんがポストのオーナーであるとの情報開示もした上で、アマゾンには否定的な書きぶりだ。
アマゾンは、ニューヨーク・タイムズの記事の信用性を毀損するため、元社員の退職について極めてネガティブな詳細を公開した。そういう判断自体が、〝禁じ手無し〟の職場環境として同紙が描いていることを、裏付ける結果になっている。
フォーチュンの人気メディアライター、マシュー・イングラム氏は、この騒動をまとめた記事で、こう述べている。
編集長に抗議の手紙を送ったり、(反論の)プレスリリースを出したり、といった時代から、メディアの地平は随分変わった。
(2015年10月24日「新聞紙学的」より転載)