成毛眞『amazon』肴に「アマゾン」を語る(上)--成毛眞

アマゾンがどんなことをしているのかについてご存じない方がかなりいっぱいいることに気がつき始めたんです。

 この『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)という本ですが、ご承知のとおり、私はIT企業のマイクロソフトの出身ですから、ITに関する知識は少しはある。そういう立場で見ると、IT業界の人は、アマゾンはAWS(アマゾンが提供するクラウドコンピューティングサービス)だと思っているんです。逆に言えば、AWSをやっている会社がアマゾンだ、と。

 一方で消費材を作っている会社とか流通業者から見ると、アマゾンはスーパーやコンビニと同じような小売業であって、「コンピューター関係のことなんてやってるの?」などと言う。感覚のいい人は両方やっていることは知っていますが、アマゾンがどんなことをしているのかについてご存じない方がかなりいっぱいいることに気がつき始めたんです。

 例えば株式関係者からすると、アマゾンの株を買う買わないということではなく、アマゾンがM&A(企業の合併・買収)する対象の会社がどこなのか、アマゾンがこんな戦略を持っているからそれに該当する会社の株を先回りして買ったり空売りしよう、という対象なんです。

アマゾンの事実だけを伝える

 本にも書きましたが、「デス・バイ・アマゾン」というインデックスがあります。インデックスというのは金融用語で言うところの指標ですね。これは何かと言うと、アマゾンが競合している会社で空売りされていて株価が下がっている会社のリストのことです。アメリカの場合、これを知らない金融マンはいない。そしてアマゾンが次に何をするのかはアマゾンの社員ですら知らないので、今後については未来を予測するしかない、みたいなところがある。

 だとしたら、アマゾンを皮肉ったり批判したり、こうあるべきだという意見を言うよりは、池上彰氏が番組で使っているような、ただ事実だけを伝えるという手法と同じにしようと思ったんです。だからこの本ではアマゾンをいいとも悪いとも書いていません。今後どうなるかも書いていない。ただ池上氏と同じで、皆さんのあんまり知らないだろうことを書きました。

 イベントや映画のチケット予約、意外と面倒くさいですよね。こういう時にアマゾンにサービスがあったらすごく便利かもしれない、と思いませんか。

 たとえば「成毛 amazon」と検索したら、この本と一緒に今日のイベントも出てくる。行こうと決めてボタンを押すと、そのままアマゾンに飛んで決済できる。

 こんなに簡単にアマゾンで予約できたら、イベントのケアをやっている会社はつぶれると思いません? 私は瞬殺されると思います。映画は複雑なシステムですから別ですが、イベント関連は危ない。ただ、アマゾンはこのことに気がついていないかと思います。

 そういう類いのことがこれから起こるんだろうと思うんです。そうなると、アマゾンがこれから始めようとする事業に関連する、吸収されたりつぶれそうな会社の株式を当然空売りするべきだし、そうすればすごくもうかります。それを可能にするアマゾンという会社は一体何なのかを、具体的に書こうというのが、この本の目的なのです。

巨大な時価総額

 アマゾンというと、まずは書籍販売を思い起こすわけですが、出版社にとっては、アマゾンは味方じゃないかもしれないけど敵でもない。書店にとっても、味方じゃないけど敵でもない。実はスーパーマーケットも同じように思っているふしがあります。

 本の中に詳しく書きましたが、アメリカの小売業におけるネット通販のシェアは、実はそれほど大きくなく、10%ぐらいだと思います。残りは現場の小売りなんですね。さらにアマゾンはそのうちの4~5割ぐらいしか持っていませんから、ものすごく小さいんです。だから、実際に独占禁止法を適用させようとすると、やれるならやってみな、ぐらいの大きさでしかない。

 それもあって、ポイントとしては、アマゾンは一体、本当の脅威なのかどうかわからない、というところから始まります。

 この本は大学1年生でもわかるような内容にしてありますから、ビジネスマンもしくは株をやっている人であれば、こんなこといちいち図版に起こすなよということまで図版にしてあります。

 たとえばこれは空売りの仕組みです(図1)。この仕組みがあるからこそ、先ほどから言っている、アマゾンによって滅ぼされる可能性がある会社の株を売ったり空売りすることで、もうけを出している金融マンたちがアメリカにはいっぱいいるということを説明しようとしています。  アマゾンは、時価総額的には結構大きいですよね。アップルを抜くのは時間の問題だと思います。実はこの1、3、5位を「GAFA」と言う人が多いんですね。グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルですね。

 それにしても、トヨタ自動車は日本最大の企業なのに、時価総額は24兆円にしかならない。あれだけものをつくって、世界中に工場つくっているのに、気の毒といえばほんとに気の毒です。  マイクロソフト日本法人の社長をやっていたときに、マイクロソフトの時価総額の予想額が、年によって70兆円ぐらいまでいったことがあります。そのころ――当時トヨタが20兆円、日立製作所が10兆円ぐらいあったんじゃないですかね――に、ビル・ゲイツに冗談で「ビル、日立とかNECとか買っちゃったほうがいいんじゃない、株式交換で」って言ったことがあります。そしたらビル・ゲイツが言うには、「成毛、それはやめておいたほうがいい。そうすると日本のマイクロソフトの社長は、今のNECの社長になるからお前はクビだ」と(笑)。。

「レンディング」というビジネスモデル

 楽天とアマゾンのビジネスモデルの違いについても書いています。

 たぶん皆さん御承知と思いますが、アマゾンは17~19の倉庫から配送している。楽天は、楽天と契約している会社が購入者に直接配送している。それだけの違いじゃないかと思うかもしれませんが、実はあるときアマゾンは気がつくんです。これは最大のビジネスになるかもしれない、と。

 どういうことかというと、結局アマゾンは物を預かっているわけですから、物を預けている会社に対して、例えば在庫管理だとか、マーケティングだとか、そういうサービスを提供することができるということなんです。

 そこまでは普通だと思うんですが、その次に始めたのが「レンディング」でした。つまり、アマゾンの倉庫で預かっている第三者の会社の商品在庫について、何が幾つあるかアマゾンは全部把握しています。アマゾンがうんと言わなければ出荷できませんから、これは鍵のかかったところに品物があるということを意味します。全世界の倉庫の中の品物の総量は恐らく20兆円とか30兆円分ぐらいあるはずですから、その在庫を担保にお金を貸すことを考えると思いません? これを「動産担保融資」と言って、動産を担保にした融資ですから、借りるほうも別に不動産とか命を担保にするわけではない。だめならその商品を安く買い取ってもらうだけの話ですよね。アマゾンは、その商品の6掛けとかでお金を貸しますよ、ということを始めている。これを「アマゾンレンディング」と言います。

 そのアマゾンレンディングを行う場合、日本だと日本の金利になりますよね。今だとゼロ金利。そこでアマゾンが超低金利の日本でお金を調達して、中南米かどこかの倉庫の動産を担保にして貸し付けると、20%ぐらいの利ザヤが稼げることになり、それはもうかりますよ。ですから、動産担保融資をやっている企業、または「エスクロー」というサービス(売り手から商品の、買い手から代金の預託を受けて取引を成立させるサービス)を取り扱っている銀行といった業者は、デス・バイ・アマゾンのトラップに引っ掛かる可能性が必ず出てきます。

 実は、ぼくがインスパイアという会社を興したときは動産担保融資もやっていたんです。「アセット・バンク・レンディング」と言うものです。最初に取り組んだのが、冷凍のうなぎ。これは結構お金を貸しましたね。セットアップして、冷凍うなぎを持っている会社と銀行との間に入って、ペーパーワークしているみたいなイメージです。それでも規模的には40億円から50億円ぐらいいきました。もしあの時にうなぎを持っていた会社がつぶれたら、うちにうなぎの現物がものすごく来て、どうしようという話になっていたと思う(笑)。これは「うなぎ・アセット・バンク・レンディング」と呼んでいました

 次にやったのが、「冷凍イチゴ・アセット・バンク・レンディング」。イチゴの最大の消費月はケーキ需要がありますから12月で、年間消費量のほぼ4割になります。でも採れるのは春ですから、当然、冷凍イチゴです。そのときもつぶれたらどうなるんだろうと思いましたけどね(笑)。

 この動産担保融資は、セットアップも銀行とのやりとりも結構面倒くさく、その割に規模は小さいんですが、地球レベルでやるとすごい金額になるんだということに、アマゾンは気がつき始めた。楽天は自分の倉庫がないですからできないんです。

莫大な設備投資

 次はアマゾンの事業規模(図2)。これを見ると、意外と小さいですね。ですから、あんまり問題にならないように見える。これが10兆円規模になってくると、いろいろと言い出す人が出てくるのでしょうが。

 でもたぶん、10兆円にはしないと思います。物流が間に合わないですよ。10兆円にならない理由は、そういう限界があるんだろうということだと思います。もしも限界を外そうとしたら、自分で物流を始めるしかないですが、それはさすがにやらないんじゃないかと思います。20年もしくは10年ぐらい前だとまだ失業率が今ほど低くないので、人が寄ってきますが、今はなかなか難しいんじゃないでしょうか。

 次は純利益の比較です。これは、ものすごく質素です。低い。にもかかわらず、株式的には評価されているわけです。

 アマゾンは株の配当を払ったことが1度もないということをご存じの方も多いと思いますが、それは本当にこの純利益がすごく低く、純粋に配当に回せるお金がないということなんです。ではどうして低いかというと、自分が売り上げた利益を全部設備投資に使っているからなんです。

 設備投資にどのぐらいお金を使ったかというところで見ると、少なくともソフトバンク並みにはもうかっているわけですね。

 アマゾンのキャッシュフローを見るとわかりますが、フリーキャッシュフローがすごいいきおいで伸びてきています。純利益は2016年ぐらいから少し出してきましたけど、それ以前はほとんど出てこないにもかかわらず、キャッシュフローがすごいいきおいで上がってきている。すでに1兆円になりますよね。恐らくこれから先は毎年、1兆円以上ずつ投資にまわしてくると思うんです。その投資は、倉庫とサーバーをつくるための設備ですし、来年は半導体工場を持つと思います。(つづく)

成毛眞 中央大学卒業後、自動車部品メーカー、株式会社アスキーなどを経て、1986年マイクロソフト株式会社に入社。1991(平成3)年、同社代表取締役社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。さまざまなベンチャー企業の取締役・顧問、早稲田大学客員教授ほか、「おすすめ本」を紹介する「HONZ」代表を務める。著書に『本は10冊同時に読め!』『日本人の9割に英語はいらない』『就活に「日経」はいらない』『大人げない大人になれ!』『ビル・ゲイツとやり合うために仕方なく英語を練習しました。 成毛式「割り切り&手抜き」勉強法』など(写真©岡倉禎志)。

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(2018年9月4日
より転載)